第291話 神と精霊の話

『派手にやってるみたいだけどこれ近づいて平気?』


 念話で二人に声をかけると、アーニャから大丈夫との返答を受けたので林に入る。

 奥と言っても100メートルも離れていない広場。林の中にあるのは防音のためらしい。


 少し入るとすぐに開けた広場にたどり着く。

 直径30メートル位の円形の広場。地面は踏み固められており、下草は全く生えていない。

 所々地面がえぐれており、闘いの激しさを物語ってくれる。


「お疲れ様。どういう状況?」


 アーニャは広場の端でキューブと格闘していたが、タリアとローナさんは広場のど真ん中でお茶をしている。


「タリア姉さんがスキル解除中」


「なおのことわからん」


「神凪?の神降ろしってスキルを使ったんだけど、代償がMPだけじゃないんだって」


 それでお茶?


「解除までしばらくかかるから待ってろって言われてる」


 ……じゃあしばらく待つか。

 魔石で亡者分のMPを回復しながらキューブをいじっていると、10分ほどでタリアがごっちに向かって手を振った。どうやら終わったらしい。


「お疲れ様」


「うん、今日は早く上がったのね。座ったら?お茶を入れなおすわ」


「ありがとう。装備の破損が酷かったもんでね……ローナさん、お邪魔します」


「いいえ~、アーニャちゃんも休憩にしましょう」


 タリアが収納空間インベントリからお茶と御菓子を出してくれたので、休憩がてらゆっくりいただくことにする。


「ダンジョンの方は?」


「5階層の防御が厚く成ってて、なかなか進めない感じ。レベルは上がった」


「おめでとう。こっちは神降ろし3回目だけどまだ感覚に慣れないわ」


「スキルなのに慣れるとかあるの?」


「神降ろしはね、今の魔術分類でいえば、召喚と強化特性を持つスキルなのよ!」


 ローナさんが説明してくれる。『せっかくだから復習しましょう』と、どこからか黒板モドキを取り出して絵を描き始める。


「タリアさんが目標としてる精霊同化、これは神降ろしと同質の術なので、素質もあったので神凪に成っていただきました!杖は便利ですね!ダンジョンもあって、すぐレベルを上げられたので説明が楽で良かったです」


 とばりの杖で20レベルちょっとまでレベルを上げ、さらにダンジョンで1万G級を狩って30レベル。

 タリアは精霊使いも30に成ったので、2次職二つとも上級スキルに手が届いた形だ。外だとなかなかのエリートである。


「それでですね、神降ろしですが、これは名前の知っている神様を自らの身体に卸して戦うスキルです。これは神の力を宿すとともに、神の意識も宿します」


「意識?」


「人格と言ってもいいです。つまり、神の力を使えるようになるとともに、神へ自らの肉体を貸して戦ってもらう術でもあります」


「……死霊術で、人格再填リ・ロードを使っている亡者に、屍体操作コープス・マニュピレイトを使って同期する感じですか?」


「ワタルさんは鋭いですね!1つの肉体に2つの意識が入っている状態はまさにそれです。差異は、生者に上位存在を降ろす事ですね。死霊術や人形操作ドール・マニュピレイトは、下位存在に自分を降ろす術だと考えれば、その効果の差は明確です」


 念動力で操作された白墨が宙を舞い、黒板にかわいらしい絵が描かれていく。

 なるほど、確かに自分より強い者を呼び出すのは観点が違う。

 スキルの性質からすると、人形や死霊術は数で攻めるタイプ。神降ろしは高火力で攻めるタイプかな。


「降ろす神は名前を知っている神でなければ成りません。有名な神ほど強い力を持っていますが、自分との力の差が大きければ大きいほど、振るえる力は小さくなりますし、降ろしていられる時間も短く……つまりMP消費も大きくなります」


「……マイナー神の方が大きな力が振るえるって事?」


「相性、親和性も関わってきますが、その認識であっています。有名な神、つまり広い範囲を守護するような神は、降ろしても100の力に対して、一人には1の力しか注げなかったりします。ほとんど守護する範囲の無い10の力を持つ神でも、5の力を注げればそちらの方が強い力を振るえます」


「なるほど」


「精霊同化は神降ろしと同じで、降ろす対象が神から精霊に変わります。似たようなものですが、神と精霊の一番の差は、全であるか、個であるかです。精霊は概念に近いので、普通はどの精霊も有名どころの神と変わらないくらいの効率に成ります。しかもその概念に由来する現象しか起こせないので力は弱くなります。……契約していなければ」


「契約した精霊は術者にとっては個です。術者の能力が許す限り、精霊の力を最大限引き出すことが出来ます。強力な契約精霊の力を、人の意識と同じ速度で振るう。これが精霊同化強力な点です」


 精霊の力は強力だ。大地を割ったり、海を凍らせたり、とにかく消費MPに対してスケールがでかい。

 そして発動が遅いのが欠点。精霊魔術士も精霊使いも、スキルの発動に時間がかかり過ぎて接近戦には全く向いていない。もしスキルと同じように精霊が引き起こす現象を扱えるなら、それは確かに強力無比だろう。


「と、言ってもメリットだけじゃありません。デメリットもあります。それがMP以外の代償ですね」


「話を聞く限り、それは神降ろしの方が大きいけどね」


「どういうこと?」


「精霊より神の方が生物に近い分強欲ですからね。神降ろしの代償っていうのは、例えばお茶だったり、御菓子だったり。美味しい物、きれいな歌、睡眠、それにエッチな事とかもですね!」


 なんでみんな揃ってこっちを見る!?


「ようは、肉体を持たない神を肉体に降ろした時、身体を得ることで発生する神の欲求、欲望を満たすこと、これが必須ではないけれど神降ろしにかかる代償です」


「必須ではないんですか?」


「ないですが、満たしておいた方がいいです」


「どうして?」


「そうしないと、降ろしてる人の方が神に近づきます」


「……?」


「欲求が薄くなっていくんですよ。精神的にはわっち達に近くなる、と思ってもいいです。欲求っていうのは、食欲、性欲、睡眠欲などの基本欲求、さらには生存欲求も薄くなります。でも、それよりも消えやすいのは執着ですね。タリアさんで言えば、家族に会いたいという欲求でしょうか」


「……それは……大丈夫なのか?」


 タリアにとってはそれが一番の活力だ。


「神を人に近づける、つまり神側の欲求を満たしてあげれば影響はありません。ここでデーブルを出してお茶をしていたのはそういう事ですね」


 神降ろし、情報が無かっただけに中々にリスクが高いスキルだな。


「精霊同化はその影響は殆どありません。現象である精霊が代償として求めるのは、現象の対局、個としての経験だからです。なので、精霊使いが力を行使するときでも、精霊同化を使う時でも、話をして、一緒に肉体を操って何かをする。これが対価に成っています。そういう意味で、精霊同化の方が安全な術だと思います」


「……その、精霊同化に当たるスキルはあるんですか?」


「わかっている限りありません。この技は神降ろしから派生した術で、歴史的には数百年しかないんです。神降ろし……巫女系職がイレギュラーな職なので、4次職でもないと思います」


 3次職の大精霊使いは存在が分かっているからな。

 あるとしたら未発見の4次職だけど……精霊魔術士系統のスキルを考えると、おそらくないだろうな。


「それで、精霊同化ですが、基本的には神降ろしと同じプロセスをたどります。神様を地上に呼び出して、その後肉体を同化する。呼び出すところは契約精霊を呼ぶことで解消できるため、やるべきなのはどうかです。これは体内魔力の制御も必要になって来るので、神降ろしを体験して、その流れを覚え、制御を磨くのが近道です」


「と言っても、なかなか難しいのだけどね」


「こればかりは練習しかないですね。……まぁ、タリアさんは神降ろしが十分強力なのでそちらでも戦力強化になるのは間違いないと思いますけど」


「精霊がヤキモチ焼くから」


「それは神も同じですよ~」


「どういうこと?」


「天啓があったらしいわ」


「祈っても無いのに天啓が来たのは久々でしたよ~。適性があるから、神凪にしたらいいんじゃないかな?って感じで」


始まりの小人ビギニングはそんなこともあるんですね」


「神が意図的に鑑賞できるのはわっち達からですからねー」


 神はシステムを通じてしか人類に干渉出来ないらしい。進人類ネクスト達は人を導くが、同時に神からの干渉も受ける。進人類ネクスト絡み、神絡みで問題が発生した場合に対処するのは彼ららしい。


「はい、そんなわけで神降ろしで術の感覚を掴みつつ、精霊同化を習得するのが現在のトレーニングなわけです!ついでに同化した状態で動くトレーニングとしての模擬戦もやってます!」


 説明終わり!と黒板に書き込まれた。

 ふむ……術の概要は理解できたけど、一つになることがある。


「タリアは今神凪ですよね。契約精霊を召喚することはできないと思うんですけど、同化の訓練ために毎回転職しているんですか?」


「いいえ、必要ないですよ!契約した精霊は、職業が変わってもタリアさんの側に居ます。精霊の力を振るえないのは、精霊を認識できない事、それからMPを送れない事が原因です。スキルで言うと、精霊知覚より1弾上、精霊視認を持っていて、呪文書を経由せず自分の魔力を精霊に渡せれば関係ありません。これもトレーニングで何とでもなります!」


 全ては訓練らしい。そもそも神界の呪文書にアクセスしなくスキルじゃなくても魔術が使えるようになるのを目指しているのだから、努力で何とかするしかないのだろう。


「さて、しばらく休みましたし、トレーニングに戻りましょうか!」


「そうね……精霊視の訓練はしんどいけど……ワタルはどうする?」


「ん~……聞きたい事聞けたし、ちょっと亡者たちと親交を深めて来るよ」


「あたしはもうちょっとやってく。『体動強化』と『反作用低減』の訓練もしたいし」


「了解。それじゃあ、気を付けて」


 二人を残して林の広場を後にする。

 その後は羽根を伸ばしている亡者たちの様子を見たり、将棋で新たな戦術を生み出そうとする対局を応援しつつ、キューブの攻略を進めた。進捗は今一であった。


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現在4話公開中のスピンオフ、アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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