第271話 迷宮で迎える晩と朝

石弾ストーン・バレットによる砲撃がうまく行ったので、その日は予定していた安全地帯とされる部屋まで進み、その日はそこで休息を取ことにした。


「見張りは二人、3時間づつ。最初はアーニャとタリアお願いできる。間はコゴロウとバーバラさんで。最後の3時間は小結界キャンプが切れるから、俺がアルタイルさん達とやる」


確認するとそれで問題ないとのこと。

うちの野営の準備は比較的楽だ。野営の準備は断熱効果をエンチャントした布を敷き、さらにその上にラグを引いて、布団を敷いて毛布を掛ける。

収納空間インベントリ質量軽減マスディクリースの組み合わせによって、どんなところでも快適な眠りのプロデュースが可能だ。

簡単な目隠し用の天幕を張るポールも持ってきているから、プライバシーも万全である。


全員収納空間インベントリを使えるようにしたから、鎧も靴も自分の収納空間インベントリにしまって寝床に入れる。あまりの徹底ぶりにあきれられた。

まぁ、今金属鎧を着ているのは俺だけ。俺の次に重装なアーニャも防具を新調して、魔蚕の服になめし皮を組み合わせた軽装に成っているので、何とでもなると言っていたけど。


夕飯も収納空間インベントリから暖かい保存食――保存している食事を取り出して済ませる。

思いのほかお腹が減っていて、少々多く消費してしまった。デザート付きだ。


「それじゃあ、一足先に休むよ」


最初の見張りであるタリアとアーニャに声をかけて寝転がる。

慣れない探索で着かれていたらしい。鎧を脱いで布団に入ると、あっという間に眠りに落ちて行った。


………………。


…………。


……。


「……さん、ワタルさん、そろそろ時間です」


ペチペチと頬を叩かれ、ゆっくり意識が覚醒する。ああ、もうそんな時間か。

大分疲れていたのだろう。夢を見ることも無く眠ってしまった。壁に反射した松明トーチの明かりがうっすらと照らす天幕の中。

目を開けると、隣にバーバラさんの顔があった。


「おはようございます、ワタルさん」


「…………なにやってんですか」


心臓に悪いからやめてほしい。


「お疲れだったようなので、せめて快適な目覚めを演出しようかと思いまして」


「……目は覚めたけどね」


そういうことをしてくるのはタリアだと思っていたので油断した。

天幕からバーバラさんを追い出して、清潔クリーンで身なりを整えて外に出ると、コゴロウは何食わぬ顔で大きくあくびをした。


「男女で天幕を分けたのに、なんでバーバラさんが起こしに来るんですかね」


「某も命が惜しいのである」


……こいつ、くっそっ。うちのパーティーは女性陣が結託してるので、微妙に立場が弱いのだが、コゴロウは即行白旗上げやがった。むしろ状況は日に日に悪くなっている。


「それでは某は休むのである」


「魔術は?」


「不要である」


安眠のために眠りの雲スリープ・クラウドを打ち込むという手もあるが、いらぬと断られてしまった。

バーバラさんも天幕へ戻っていった。


……静かだ。

火も焚いていないから、迷宮内で聞こえる音はほとんどない。ごくまれに、小さく聞こえてくる音は魔物と守護兵ガーディアンが戦う音だろうか。


『迷宮の中とは思えない快適さですね』


『いかに快適に過ごすかに心を砕いてますからね』


アルタイルさんと二人、警戒しながら時間を潰す。

ここは守護兵ガーディアンの順回路から外れているので、魔物が集まってこなければ平和なものだ。


『アルタイルさんはダンジョンや迷宮に潜ったことは?』


『昔、クーロンのダンジョンになら少しだけいたことが有りますね』


『へぇ……こことは違いますか?』


『迷宮とは違いますし……ダンジョンの方も、クーロンより管理が洗練されていますね。あそこは雑多な国ですから』


『凄い活気があるって聞きますけど』


『嘘ではないですね。でもあの国は格差が大きい。ワタル殿がクーロンに入る前にハオラン・リーを捕まえようとしていたのは正しい選択だと思いますよ。あそこで人探しは別のトラブルを引き起こしそうですから』


クロノスより暖かく、生きるだけならそれだけで十分な国とは聞くが、実際には格差が大きく、魔物の活動も活発でなかなかに大変らしいな。食材は豊富で、そう言った面での文化は豊かなようだが……。


『私が潜ったことのあるダンジョンは、ここのような天然洞窟タイプでは無く、建物のような感じでしたね。階層を跨ぐ落とし穴も多く、部屋がゆっくり移動しているなんてものもありました』


『ああ、アマツダンジョンですね』


確か入り口から昇る塔と、下に降りる地下に2つのルートがあるダンジョンだ。ギミックモリモリで、まだ最下層のダンジョンコアにたどり着いたものは居なかったはず。


『上層の遠投投石機を止めるのに常時人を募集してましたから、レベル上げには良い環境でした』


たしか最上階に遠投投石機があって、放置してると近くの集落を砲撃するとかいう糞仕様なんだよな。

ってか、投石機って呼ばれてるけど魔術式だから、記録に残って居る範囲だと弾道軌道で十数キロ先の集落に石の雨を降らせている。そんなダンジョン残しておくなよって気がするのだが、その辺がクーロンクォリティ。


守護兵ガーディアンはどうでしたか?ここまでこれたなら、良い突破法を見つけられたのだと思っていますが』


『ぶっちゃけ力押しですよ』


そう言えば、アルタイルさんには話していなかったなと攻略方法を情報共有。

でも、倒せているのは基本型の剣士、槍兵、弓兵の3種だけなんだよな。重装歩兵型や戦車チャリオット型なんてのもいるはずだ。

集合知やギルドの情報で分かっているのは中間地点とされる場所まで。そこから先は未知数。最奥に何が待っているのか、どれだけかかるのかは行ってみないと分からない。


そんな話をしていたら、そろそろ良い時間に成ったので朝食の準備を始める。

メインの米は昨日と同じく作り置きしていたものだけど、ベーコンと卵くらいは焼くか。それにお茶も入れよう。

コンロに鉄板を置き、加熱して厚く切ったベーコンを焼き始める。お茶はポットをそのままスキルで加熱して湯を沸かす。加熱のスキルは焼くのは違う感じになるけど、お湯を沸かしたり煮たりするのには問題ない。


ジュウジュウといい感じの焼き色がついてきたところで、まずアーニャが起きてきた。


「……朝ごはんだぁ」


若干寝ぼけているな。においに釣られて出てきたらしい。


「顔は……洗えないので、清潔クリーン。もうちょっと待ってな」


「ん……そのまえにトイレ」


「報告せんでいい!」


完全に寝ぼけている。アーニャは割と寝起きは良いほうなのだが、さすがに初めての探索で疲れたのだろうな。

アーニャが目を覚まして戻ってきたころに、タリアがばっちり身支度を整えて顔を出した。


「おはよう、いい匂いね。迷宮の中とは思えないわ」


「おはよ。ここは臭いで何かが寄ってくることも無いからね。朝食は一日の活力」


「それなら甘いものも食べたいわ。プリンまだあるわよね」


「あ、あたしも欲しい」


「……朝ごはん食べたらね」


「……良いですねぇ。飢えはしませんが、食事を楽しむことを忘れそうです」


「……はやいとこレベル50に成ります」


「期待していますよ」


死霊術師レベル50で覚えるスキルで、彼ら亡者の立場はがらりと変わるはずだ。

他の亡者にも催促されてるし、何とかしてレベルを稼がないといけない。俺の経験値の糧になる一万G級なんてそうそう居ないから、簡単にレベルを上げる事なんて出来ないんだけど。


更に少しして、バーバラさんとコゴロウが起きてきた。

大変申し訳ないと思いつつ、みんなが朝食中にアルタイルさんが荷物を撤収してくれたので、ささっと済ませて探索再開だ。

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□雑記

迷宮内でのおトイレですが、専用の天幕が有り、密閉できるツボにして収納空間インベントリに保管です。魔物ダンジョンだと、勝手にダンジョンが吸収します。そして稀に袋に入った肥やしが魔物からドロップすることがあります。


本日4話公開目を公開しました!アーニャの冒険もよろしくお願いいたします!

アーニャの冒険~鍛冶の国の盗賊娘~

https://kakuyomu.jp/works/16817139559087802212

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