第229話 アーニャの誕生会
「ハッピーバースデー、アーニャ!」
「「「「「「「成人おめでと~ぉ!!!」」」」」」」
昼すぎまで経験値稼ぎを行い、帰りがてら周辺の魔物を潰し、小さな訓練場で日課のトレーニングを終えた後、夕方からギルドの運営する食堂の一角を借りて、アーニャの誕生会が始まった。
「……ありがとう。でもなんか盛大な事になってて、ちょっと恥ずかしい」
一角を借りて、のはずだったのだが、食堂内では見知らぬ冒険者やギルドの職員たちが一緒になってお祭り騒ぎを始めていた。
どういうことかって? 騒げるときに騒ぎ、呑める時に呑む人種が集まっているのだから気にするだけ無駄だ。
まぁ、原因は分かって居る。
「厨房を借りて仕込みをしていたんだけど、においに釣られて人が集まっちゃったのよね」
から揚げ、カツレツ、ミニハンバーグにコンソメスープ、チーズにハムにピクルス、東群島の料理だと炉端焼きや炒飯。ぬか漬けは酒のつまみだな。食堂を占拠した冒険者たちが囲むテーブルにも、同じ料理が置かれている。
料理人のタリアがひたすら頑張った。ちょっと手伝っても貰った。お代は貰ったが、仕込みをだいぶ使ってしまったので作る機会を設けなければ。
そして俺たちのテーブルにだけは、生クリームをふんだんに使ったバースデーケーキが置かれている。生地を焼いたのは4度目かな。分量を試行錯誤した結果、かなり日本の物に近いしっとり感が得られるようになった。
「ケーキ……も捨てがたいけど、まずは肉!」
アーニャは肉が好きね。タリアは肉かケーキなら甘いものを取る。
ちなみにバーバラさんは酒で、コゴロウは米だ。俺は肉かなぁ。
「からあげのレシピ、売っちゃってよかったの?」
「良いんじゃない?肉や油の使用量や、コンロ無しの燃料消費考えたら簡単には作れないし」
二次利用に細かく条件も付けたから、アインス商会が東群島に進出しても問題無いだろう。
それに衣に混ぜたスパイスのブレンド比率などは教えていないし、胡椒も使っているから、それなりにお高い料理だ。同じものは早々出てこないだろう。
俺好みの味は東群島の醤油モドキが無ければ引き出せないから、この辺で安価な料理になるよう発展してくれるとありがたい。
「うめぇ!カツも旨いけど、やっぱあたしはから揚げが好きだな!」
アーニャみたいな獣人は嗅覚が人間族より優れているらしいから、香りが良いから揚げの方が良いのだろう。
「食べるのも良いけど、成人したんだからコレよ!」
そう言ってタリアはワイン瓶を、テーブルの上でズズいっと滑らせる。
「今日、私一押しのワイン。島に来てからとんと見かけてなかった白よ。飲みやすくて最初のお酒にピッタリだわ」
「……既に結構減っている気がするのだが?」
後、他にも瓶が見えるのだが?
「飲み比べなきゃお勧めなんて出来ないでしょう?」
……
「タリア、それはジュースみたいな物だと思いますよ?お酒なら、ここでは米酒がお勧めです」
ここでいう米酒は米焼酎の事。蒸留する前は濁り酒と呼ぶらしい。薄濁りと言うのもあるらしいが、ぶっちゃけよくわからん。
「……ドワーフに酒の好みはきいてないわ。そんな酒精の強い酒、好き好んで飲むのはあなた達だけよ」
「そんな事ありません!お酒は文化です!やはり、その土地でしか楽しめい物をいただくべきかと!」
「潰れて味も分からな無くなるだけよぅ」
「そんな勿体ない事しません」
するしないの話じゃないよ。
「コゴロウ殿はどう思われます?」
「ん?某は米酒も良いが芋酒であるな。米は食うもの故」
そう言ってハンバーグを乗せた焼き飯を頬張る。
「ワタルは?」
「……サングリアの炭酸割なら」
「あれこそジュースじゃないの」
炭酸飲料が飲みたくて作ったから間違っていない。そもそも俺は呑まないんだよ。
「あたしも当分ジュースで良いかなぁ」
「あら、めずらしいわね」
「前に院長のを一瓶がめて酷い目にあったからな」
……理由が非常に彼女らしい。
「……まぁ、お酒は飲みたい人が飲むのが一番ですね。むしろ飲みたくない人に呑ませるお酒はありません」
「……ドワーフには盃をかわすという概念は無いのであるか」
「呑める時には吞み切れないだけあるから、分け与えられるんですよ?」
「あんたら酒の話はもう止めろ」
平時とキャラが違い過ぎる。
「あ~、でも分かるぜ。肉やケーキがひと切れだけなら戦争だ。そういう事だろ?」
「わからなくて良いんだよ」
それとケーキとから揚げを交互に食べるのはどうかと思うよ?
「それはそうと、転職してみてどう?一気にレベル上げして、違和感ない?」
「ん~、身体はすげぇ軽くなったけど、そこまで違和感はないな。思った時にだけ力を使うのもそう難しくないし」
「DEXが高いおかげかなぁ」
俺は結構手こずって居たのだが。
「練習してた
「うん。でも転職してみてスキル超便利だって感じた。
「まぁ、だから研究する人が居なかったんだよ。その代わり、技術としては強かろう」
不意打ちで2次職だったコゴロウも倒せるくらいなのだ。
……逆に今の標準的な2次職じゃ、不意打ちされたら負ける程度のスペックなんだよな。正面切って戦ったら1次職数人相手に出来ても、殺すつもりの不意打ちをされたら死ねる。
特にVITのみの防御力は過信できない。コゴロウがやられたのもうっかり頭部に
「うん。ああ、でも
「む、すでに試しておったか。
「良いですね。わたしもキャンセルよりそちらを訓練すべきでしょうか」
「キャンセルも必要であるぞ。桜花斬など明確な死にスキルに成っているのである」
「ああ、長いですよねぇ」
侍のレベル50で覚える最終技なのだが、上下左右斜め8方向から斬撃を振りぬき突きで締める連続技。
途中で止められても攻撃を続ける二段切り系のスキルだが、発動すると八回斬撃を放つまで斬撃以外出来ることが無くなる。威力が上がるわけでもなく、その上一太刀毎に次に放てる斬撃のコースが減っていく。
当たるなら普通に斬るのと変わらないし、外せば的になるだけだし、実戦ではほぼ使えないとされている死にスキルだ。
三連斬りがあるのだから、それでやめときゃ良いのに。
「あたしが今日覚えたスキルで、キャンセルが意味ありそうなのは霞二刀くらいか?」
「かな。盗賊はそっち系のスキルが多いタイプじゃないし、練習するなら霞二刀から二段斬りにつなげるくらい。まぁ、他の
少なくとも人類にこの手の技術を扱っている先人が居ない。
ここから先は自ら開拓するか、
「わたしはその辺全然だけど、不要?」
「タリアは砲台だから。それに今の精霊使いも、巫女系2次職である神薙も使いこなすのに時間がかかる職だからね。使う武器に合わせて少し職はとってもいいかもだけど、普通にスキルの練習をするのが良いと思う」
精霊使いなら精霊との対話。神薙を取るなら、神との対話。どちらも寄り添った時間が能力に変わる。
「興味があることに手を出すのも良いけど、基本方針は忘れずにってとこかな。それに、とりあえず俺たちに必要なのは武器防具。ボラケに着いたら、アーニャの装備も準備しなきゃ」
彼女も2次職用の装備が必要だ。
「そうね。わたしの予想だと明日か明後日には天候が落ち着くと思うから、そしたら渡れるわよ」
巫女の知識と千里眼での天気予報はそれなりの精度がある。
「ん、期待しとく」
無為に過ごしているわけでは無いとはいえ、思い通りに動けていない感じもする。いつものことだけどさ。
余計な事は気にせず、
その後、ギルド長が挨拶に着たり、酔った冒険者が騒ぎを起こしたり、タリアが悪酔いしたり、バーバラさんが寄ったふりをしたり、コゴロウが逃げ出したりしたものの、誕生会はつつがなく終了した。
クロノスではまだ個別で誕生日を祝う風習は無い。
アーニャにとっては成人祝いも兼ねて、初めての経験だったろうが、終始楽しそうにしていたので一安心だ。
来年はウェイン少年も同じように祝ってあげられるのが、彼女にとっては何よりのプレゼントになるだろう。頑張らないとな。
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