第216話 シーサーペント討伐作戦

アーニャが冒険者ギルドで腕試しの試験を受けてから丸二日。

俺たちは久々に基礎の見直しに時間を割いていた。アーニャの技術向上が目覚ましく、若干の危機感を覚えたからだ。


やっていたのは修練理解を用いた剣技などの修練と、ひたすらに魔力操作、そして感知の訓練である。

魔力操作に関してはに4人共常に起きている時は何らかの操作をしているのがだ、ここの所は装備の改良や実験などに重きを置いていたせいで、漫然とやっている事が多くなっていた。『ながら』でやるのは良くない。


そんな感じで基礎を叩きなおした結果、モーションに合わせて魔術を発動する技術――名前が無いので便宜的に舞踏魔技アーツと呼ぶことにした。ギルドに提案済み――の精度を向上させることができた。まぁ、魔術の効果にINTの分配量を変更することが出来るようになっただけだが。


全くどうでもいい話だが、手動魔術にも勝手に魔操法技クラフトと言う名前を付けた。

名づけは大事。手動魔術って語呂が悪いし、後で説明するときに困らない。こちらもギルドに名前だけ提案してある。


それはさておき。

二日半で出来ることはそんな多くない。やるべきことはやり、準備する者は準備し終えてから、シーサーペント討伐の船に乗り込んだ。


「大丈夫でしょうか。まだ魚のえさには成りたくありませんよ」


「……既に類似品の貴方が一番不安そうな顔をしているのはどうかと思いますよ」


一番顔色が悪いのはハオラン・リーだ。

今回は2次職の亡者5人もまとめてパーティー登録をしてあるから、総勢9人。このメンバーで輸送船1隻を守ることに成る。


「まあ、なる様になるだろう。俺たちゃ気楽なもんだろ?すでに死んでんだから。ハハハッ!」


一番気楽そうなのは冒険家のタラゼドさん。

この討伐戦の話をした時、死体なのだからそのまま海中探索できるのでは?と訊かれたくらいに乗り気だ。

余裕があったらほんとに重り抱えて飛び込みそうで怖い。


「マスターは生者なんですから、もう少し緊張感をですね」


俺の事をマスターと呼ぶアル・シャインさんに、スコットさんがうなづく。

守護戦士と騎士の二人はわりかし気が合うらしい。そしてまじめだ。


「皆さんお静かに。久々のシャバの空気だからと浮かれてないでください。死んでから一週間も経ってないでしょう」


アルタイルさんも落ち着いてはいるが言葉選びは気を付けてほしい。この亡者ども不穏当なのだ。


まぁ、それはさておき。

俺たちが乗り込むのは小型のガレー帆船。近海用の小型高速艇でである。

推進力となるのはその名前通りオールと帆で、どちらも錬金術によって魔力を推進力に変える構造になっている。


帆は受けた風の力を前進する運動エネルギーへと変換するコンバータ。

どの方面から風を受けても前に進む。ただ力の減衰があるので、自分の推進で発生した風で進み続けるような、永久機関的な動きは出来ない。


オールは振動運動を回転エネルギーに変換して自動で漕ぐシンプルな推進力。

MPの消費が半端ないから長時間の運用は出来ないものの、浮遊船ほどではない為戦闘時などに用いられる加速装置だ。これが片舷10本。両舷あわせて20本。


2つの推進力によって航行速度は時速20キロほどになるらしい。

目的の海域までの2時間ほどの航行。海は平静らしいが、俺に言わせれば若干荒れ気味で船酔いが心配だ。


船酔いは病気じゃないから治療キュア・シックなどでは治らないんだよね。

対策として平静カームダウンと言う、神経系の乱調を落ち着かせる魔術の詠唱を教えてもらった。治癒師が覚える魔術だが、俺にとっては使い道が薄く覚えていなかったやつだ。

ずっと揺れているので気休めでしか無いが、ないよりマシだろう。


それはさておき。

船に乗り込むのは俺たち渇望者たちクレヴィンガーズのメンバー9人と、船を動かすのに必要な水夫5名。それから今回の主戦力である魚人、人魚、鳥人、からなる海戦、空戦パーティーおよそ20名である。彼らが海中で戦っている間、この船を守るのが俺たち戦場組の役割だ。


今回の作戦では同じサイズの小型艇が五隻。旗艦として中型艇が一隻出陣しており、主要戦闘員だけでも150名を超える。皆、1次職二つ目の後半か、2次職以上の猛者たちである。

2次職後半で編成されたパーティーなら1万Gから2万Gの魔物を相手に出来る。敵がシーサーペントだけなら十分な兵力だろう。今回他に同様のクラスの魔物が数体居る事まで想定した作戦だ。斥候も出ているし、抜かりはないはず。


それでも運が悪いと船の一隻や二隻は沈むだろうし、1割くらいは死んでもおかしくない。

船上防衛がメインの役割とは言え、気は抜けないな。それに経験値も欲しい。チャンスがあったら積極的に挑戦していこう。


「船が出るぞ~っ!!」


作戦参加者たちが乗り込んでから間を置かず、4隻の船団はミスイの港を出港した。

残り2隻はとなり町の港から出るらしい。海上で合流したのち、目的地に向かう。


露払いの冒険者が、船に乗ってくる魔物を狩っているな。

これだけの一団が移動しているのだ。魔物も寄って来るし、向こうの本拠地もすでに気づいている事だろう。

迎え撃ってくるか逃げ出すかは五分五分らしい。それくらいの戦力に収めているともいえる。

俺たちは出来ることも無いので、甲板の上に陣取って瞑想中だ。


「……すげぇ。渇望者たちクレヴィンガーズたちだっけか?……極めし者マスターを始めとした2次職のパーティー……まだ始まっても居ないのに集中力が半端ないぜ」


甲板上で迷走する俺たちを見て、そんな話がされたとかされないとか。

まぁ、実際の所なんてことは無い。酔い止めの苦肉の策だ。

うちのパーティーで船酔いしないの、アーニャ、タラゼド、ハオランの3人だけなのよね。亡者が船酔いすんじゃねぇよ。戻すモノも無いだろうに。


30分もすれば外洋に出て魔物たちもまばらになって来る。

2隻の船も無事に合流して、後は目的の海域に近づくだけだ。船の周りで近海の雑魚を倒してくれてていた冒険者が離れていく。


そこから1時間は静かな物だった。船酔いに負けないよう、静かにして居るしかなかったという話でもある。

目的の海域が見えたのは日が天高く昇る少し前。今は6隻の船が海域を中心に横に展開している状態だ。このまま取り囲んだのち、徐々に包囲を狭めていく。目標海域の直径は1キロ無いくらい。今は半径2キロの円周に沿って船を展開している最中だ。


船の墓場と呼ばれる場所は幾つかあるが、ここは岩礁の無い、比較的深い海だ。

理由は良く分かって居ないが、この海域を囲む海底が40メートルほどなのに対し、そこだけ6~70メートルの深さがある。

この海域は季節によって海流が変わるが、その際流れに乗ってきた回遊物が一段深いこの場所で下に落ちてハマるらしい。それで近くで沈んだ船がこの周囲に溜まって、船の墓場と呼ばれているとか。


『そろそろ準備を始めても?』


『いや、まだだ。前の船からも連絡はない。まだパッシブサーチで十分なはずだ』


船長に確認をするが、まだ待機ステイと返される。

魔力探信マナ・サーチを使えば海中の様子が分かるが、それをすると敵に見つけてくれと言っているのと同じだ。

強い魔力反応を見つければそれだけ多くの魔物が集まって来る。勝手に始めるのは作戦をぶち壊す可能性がある、開始の指示は船長に任せられているが……。


包囲まで残り三分の一ほどに達した時、先行している船のそばで大きな水柱が上がった。

始まった!どうやら魔物が気づいて、一番先頭の船を狙ったらしい。


『総員、戦闘開始!大物が来ても焦るなよ!海上組は水面下を巻き込むんじゃねぇぞ!』


予想通り、所定の配置につく前に戦闘が始まったか。

さて、俺たちの敵はどこにいますかね。

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