第214話 アーニャの試験

「ん~……傷薬草の特徴は白い裏面。解熱草の特徴は連なった葉で、効果があるのは根。魔力草は蒼い花をつける……」


翌日、試験直前までアーニャはギルドカリキュラムの教本を見ながら、丸暗記に余念が無かった。


「まぁ、そんなに根を詰めなくても。二桁の足し算引き算が出来て、簡単な依頼書が読めれば、後は多少間違っても大体何とかなるから」


「そうは言っても、あたしはライリーの魔物や植物の植生何て知らないから」


ところ変われば生き物も植物も変わるもの。

アーニャは孤児院時代にも街の外での薬草集めなどをしていたが、この辺とはちょっと勝手が違うらしい。


想起リメンバー使わせてくれりゃ一発なのに」


「知識までマジックアイテムに頼るのは良くないね」


「そう言う自称異世界人のワタルは、筆記試験どうしたんだよ?」


「そんなもの集合知で満点さ」


「ずっるっ!」


「俺にこの世界のヘンテコ植物の特徴何てわかるわけないだろ」


そもそも、集合知が無けりゃ読み書きすらおぼつかないよ。

アーニャは唸りながら試験室へ入っていった。んで、小一時間で出てきて『思いのほか簡単だった』とのたまった。

まぁ、そうだろう。普段やらせている問題はそれなりに難しいぞ。


「次は実技だな♪」


「街の外で魔物を倒すそうだよ」


試験官に連れ立って、郊外へと移動。ちなみにタリアとバーバラさんは思い思いに作業中。

タリアは料理、バーバラさんは浮遊船をいじっているはずだ。


「今から魔香を焚いて弱い魔物を集める。そちらに行ったのを5匹倒せ。無傷とは言わないが、大きなダメージを受ける様では不合格だ」


魔香と言うのはこの東群島で作られているマジックアイテムの一種。

弱い魔物を避けたり、逆に集めたりするのに使われる便利アイテムだ。価値あるモノ現物での収集は何が来るか分からないが、魔香は魔力でその辺りを調整できるというメリットがある、らしい。


「アーニャ、温存でな」


「了解。いつでもいいぜ」


魔香が焚かれると、すぐに魔物たちが寄ってくる。

最初に来たのは大鼠ヒュージマウス大肉蠅スカベンジャー・フライ。試験官が大鼠を倒して、ハエがアーニャの方に行く。


「ほい」


短剣を一閃。真っ二つに成って消えた。

俺はこの飛び回るハエを倒すのにしばらくかかったな、懐かしい。


次に来たのは角兎ホーン・ラビット藁人形ストロー・ドール。試験官は兎を1匹だけアーニャの方に回す。彼女は兎の突進を避けると、急所に一撃入れてあっさり倒した。

またステータス強化も使っていないが、鮮やかなものだ。


「ふむ。……この程度では実力は見えないか」


雑魚を散らして、その次は餓鬼が2匹。クロノスだとゴブリン・キッド呼ばれるタイプの、人型の魔物だ。比較的素早いが、噛みつきくらいしか攻撃方法が無い。それでも強さは10G台に上がったな。

アーニャは飛び掛かって来る一匹目の腕を掴むと、身体を捻って魔物を一直線に並べる。その後に首をはねてまず一匹。消えた魔物越しの一匹に拳を入れると、怯んだ隙に短剣を突き立てて2匹目。

鮮やか過ぎて、これで何を測れるのか不明だ。

……武器が強すぎるな。普通の短剣だったら、さすがに2匹目はああは狩れない。まぁ、装備も実力の内だ。


そのまま続けてきたのは大鼬。……50G弱くらいはあるんじゃないか?

アーニャは攻撃をギリギリで躱しつつ、的確に短剣を当てる。3発目で前足の一つを切り落とし、7発目で片目を潰し、9発目で首筋を切り割いて止めを刺した。

……結局エンチャントアイテムは短剣以外使わずに倒してしまったな。


試験官も驚いている。ダメージは一打も貰っていない。……予想以上に強いのだが、理由がわからん。


「すごいな。最後、エンチャント無しでも余裕か?」


「そうなこと無いぜ。結構危なかった。でも、価値の低い魔物は魔力の動きが分かりやすいみたいだから、人より楽だな」


アーニャが言うには、弱い魔物は肉体より先にまず魔力が動くそうだ。

その魔力に反応すれば動きを読めるので、攻撃をかわすのに集中すればあの程度は出来ると判断したらしい。

……弱い魔物の肉体は皮だけを魔力で作った、いわばまがい物らしい。そのまがい物を魔力で動かしているという研究結果が集合知にあった。アーニャはその魔力の動きを見ているようだ。なかなかに高度な事をしている。


「最後の試験は港の外だ」


港に入ると、渡し船で沖合に浮かぶいかだへと案内された。大きさは一辺20メートルほどの正方形。

ここは牡蠣などの養殖用いかだを再利用した訓練場らしい。外洋に面していて、波の所為で結構揺れている。

渡しの小舟はもっと揺れているし、はっきり言って酔いそうだ。


「……ギルド長、暇なんですか?」


「魔物との戦いは問題無かったと聞いたのでな」


カモメ頭のギルド長は、試験官からの連絡を受けて興味を持ったらしい。仕事を切り上げて様子を見に来たとか。

ただ書類仕事に嫌気が挿したという可能性もある。


「実力を見る相手はうちの指導担当官だ。49レベルの侍。左腕の怪我にマヒが残り、両手で剣が触れなくなって引退したが、なりたての2次職程度には負けない実力者だ。試験内容は制限時間10分。イカダから落ちずに有効打を与えられれば勝利。問題無いか?」


相手は三十代くらいの人間族。武器は鍔の付いた打ち刀くらい木刀。防具はハードレザーアーマーかな。


ん~……どうしよう。ちょっと温いか。

アーニャのステータスをフルブーストすると、おそらくステータス的には10ちょっと違うかと言った所。

技術力の差はあるだろうが、初心者ノービスにもなってないアーニャの手動魔術は初見殺しだし、本気でやるとビットも使うからな。勝負にならんだろ。


「アーニャ、投擲武器と封魔弾とビット無し。後は全開で行っていい。ただし3戦するつもりでな」


「わかった。それくらいの配分でやってみるぜ」


アーニャがイカダへと渡る。互いに見合って10メートル離れた位置からスタートだ。


「何か制限を掛けていたようだが良いのか?慣れない足場だろうし、普通に考えれば勝負にならんぞ」


「足場は大丈夫ですし、全力でやったら試験の意味がありません」


うちのパーティーメンバーで、唯一航路で船酔いしなかったのはアーニャなんだ。俺とタリアは早々にリタイアして、起きている間は浮遊板の住人だったし、バーバラさんは騎士たるもの、と見栄を張って寝込んでいた。むしろ、不安は今あなたの隣にある。


「その様な短い剣でよいのか?」


「あたしにはこれ位のサイズがちょうどいいんだ」


アーニャはいつものショートソードと同じサイズの木剣だ。

半身になって剣を中断に突き出し、左手は後ろの腰に。フェンシングスタイルに近い。普通はあれで左手から投擲武器を投げる。


「それでは、はじめ!」


合図の瞬間、アーニャがスキル全開で突っ込む。

彼女が今使えるのはSTRなどのステータスを上げるプラス・ワン系を5種2重掛け。それに全強化Ⅰオールアップ・ワン聖闘拳セイクリッド・フィスト魔力強化マナ・ブースト。どれもエンチャントのバックルで発動だ。これでステータスの平均値は40を超える。

MPはディアナの首飾りで300プラス。今回は消費を100以内に収めるように言ってある。


「早い!?」


アーニャの踏み込みを見てギルド長が声を上げる。

その声が届く頃には、すでに二人の距離は切迫していた。


互いに正眼から、アーニャの突きは武器の切っ先狙い。弾いて間合いを詰める目的。

それが分かってるから、相手も逆にそれを利用していなす。

そうして剣と刀が触れ合った瞬間、相手の刀がおかしな方向に弾かれた。


「!?」


手動魔術の魔弾マナ・バレット。剣から発生させて、触れた瞬間に相手の武器をはじくのに使ったな。アレはやられないと気づかない。INTが40を超えているので、MP10でも普通に弾かれる。


相手は驚いているが、その余裕も無かろう。踏み込んで切迫、首筋を狙った斬撃。

身体をそらして避ける。それを見越しての足払い。これも足から魔弾マナ・バレットで威力を増強か。

完全にバランスを崩した相手は、空中で回転するように振り下ろしの一撃を狙う。が、あの体勢からじゃ見え透いてる。返した短剣であっさりいなされる。


倒れこむ所にアーニャの蹴りが顔面にヒット。ぶっ飛ばされてぐるっと回ってダウン。

魔物なら封魔弾を打ち込んで討伐完了だな。


「ばかな!?」


相手は転がって距離を取る。アーニャは追撃を避けたか。


「今のは有効打で良いですかね?」


「……ああ……ああ?いや、何が起こった??」


手動魔術なんて知らないだろうから、ギルド長にはあの試験官殿が勝手に吹っ飛ばされたように見えただろう。


「訓練の成果を発揮しているだけです。このまま続けさせてもらっていいですか?彼女がどこまで通じるかも見てみたい」


開始10秒で終わりとか、それもなかろう。


「ああ。私もだ。ユキミツ!本気で続けろ!」「承知!」


「アーニャ!今度は待ちから!」「了解!」


今度は侍が突っ込み、アーニャが受ける。

左手が麻痺と言っていたが、剣速は健常者と何らそん色はない。熱くならずフェイントを入れながら、コンパクトに斬撃を打ち込んでくる。

それをアーニャは器用に受け流す。ステータスの差があるので、相手が3手撃つ間に1手反撃と言った所。

しかしのその一手に魔術が乗ると、予想だにしない場所・方向への攻撃が大勢を崩させる。


「御免!」


数度の応酬の後、横凪の一撃がアーニャを捕らえた……ように見えた。

しかし次の瞬間、二人が交錯して、膝をついたのはユキミツと言う侍の方。わき腹を抑えている。


「霞二刀を見切った!?」


なるほど。1打目はスキルだったのか。

バーバラさんが使っていた霞正拳と同系統のスキルか。……幻覚耐性あるはずなんだけど、全く分からなかった。アーニャは回避動作を取らなかったけど何でだ?


「まだ続けるのか?」


「笑止!この程度のなら真剣であっても問題ない!」


防御力は相手の方が有利だからな。

付与ショートソードならバッサリ切られて死にかけだろうけど、普通の武器想定なら浅いとの判断だろう。


「加減は出来ぬぞ!風刃斬!」


「おっと」


飛翔する風の刃がアーニャを襲う。が、反応できない速度ではないな。


「危ないなぁ。アレは真剣と同じでは?」


「そう言う割には余裕そうだな。防具はつけているし、魔力の反応から言ってそうダメ―ジは受けないのだろう?」


「ええ、おそらくは」


当たっても盾で普通に弾かれて無傷な程度の威力しかないな。

ユキミツ氏はスキル連打で攻めるが、アーニャは手動魔術を使ってうまく迎撃している。

手数系のスキルを一打目で妨害され、二打目以降が空振りして隙に成っているな。そこで攻めきれればいいが、相手も受け流しパリィで持ち直している。


手数的にはユキミツ氏の方が有利で、少しずつ筏の端に追い詰められているが……アレはわざとか。

相手も分かって追い詰めてるな。


「これは受けきれまい!」


「大振り過ぎる!」


アーニャは飛び上がりつつ身を捻って、頭の上を飛び越えると同時に背中への一撃。

MP消費を高めた魔弾マナ・バレットだろう。それで背中から押されたユキミツ氏が海面に落ちて勝負あり。

……いや、強すぎじゃない?


「ユキミツがまるで子ども扱いとは……本当に未成年か?」


「ええ、なかなかの腕でしょう?」


「リターナー殿が大丈夫だという理由も分かりました。これならメンバーとして連れて行っても、足手まといになるようなことは無いでしょう」


ギルド長は納得してくれたようだ。

俺は何が起こったのか分からなかったところも多いし、後でちょっとアーニャに説明してもらおう。


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□雑記

冒険者ギルドの試験ですが、本来1次職に転職→登録の流れのため、魔物との戦闘試験はありません。ランク1→2もギルドへの貢献度(ドロップ品の売却や依頼の成功数と成功率)などで決まるため、直接戦闘の腕試しはかなりイレギュラーな条件になります。

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