第212話 水槍アパーム・ナパートと古の記録

「さて、最後はこの槍の検証か」


マッコウからかすめ取った、効果不明の魔槍。クラーケンの核であり、かなり古い時代の物であることがうかがわせられる。

長さは2メートル半に届かないほど。材質は柄が樫、石突が魔鉄、穂はおそらく微量な魔導銀ミスリルを含むと考えられる十文字槍である。穂の中央、十字の交錯点には、小さな青い魔石がはまっている。裏表で一つづつのようだ。


名は柄に刻まれていて、水槍アパーム・ナパート。古い東大陸語で書かれており、最近見つかっている封魔弾と同じ年代の物と推定される。ギルドの鑑定では卸値で1万5千Gほど。円換算だと200万ちょっとだろうか。

効果なし剣や槍が1000Gから名品でも2000Gの合間で収まる事を考えればそれなりのお値段。しかし2次職向けの装備が1万G以上することを考えると、今使っている剣とそう差はない。

美術品や歴史資料としての価値はともかく、実用品としての価値がどの程度あるかは使ってみないと何ともだ。


「アーニャ、とりあえず補正無しで巻き藁に全力で突き立ててみて」


「あたしがか?」


「うん。俺がやるとステータスの問題が出ちゃうから」


ステータス参照効果があった場合、ステータスが高いものが使ったほうが性能が発揮される。

アーニャのSTRは8で、これは変わって居ない。エンチャントのバックルを使ってSTRを補正しないと、この槍を振り回すのもちょっと大変だろう。しかしだからこそ検証の余地がある。


アーニャが巻き藁に槍を突き刺す。刺さった深さは小指の第二関節位だ。


「んじゃ、次に槍に魔力を流して、同じことをしてみよう」


「了解。……ちょっとだけ軽くなったかな?」


再度槍を突き立てると、今度は小指根元くらいまでの深さで突き刺さる。


「じゃあ次。魔力は止めて、STRを10だけ挙げて同じ感じで」


この一撃では20センチ以上深く突き刺さった。最後にSTRを強化してさらに魔力を籠めると、巻き藁を完全に貫いて反対側へと抜けた。


「ステータス参照と貫通力強化、それに軽量化の効果はありそうか。貫通力よりステータスの恩恵の方が大きいかな?」


アーニャの素のINTはまだ12なので――ひと月に1伸びているのは驚異的な成長ではあるが――魔力よりステータス参照の恩恵の方が大きかったのだろう。


「それだけでもなかなかの武器ですね」


「そうだけど、どの程度まで耐えられるかが不明だからね。これだけだとそんなに価値が上がらない」


ステータスによって人類の力が大きく伸びているこの世界では、レベルが上がると装備の耐久度が必ず問題になって来る。

武器が耐えられるSTRが100程度だとすると、それ以上の力で振るえば自らの能力で破損してしまう。


なので2次職の装備は、どれだけ耐えられるか、と言うのが必ず情報で存在し、どれだけ使ったて金属疲労などが溜まって居るかを推定するのもメンテナンスの内に入る。

全力で使ったら戦っている最中に壊れてしまうかもしれない装備など、怖くて使えない。武器や防具は信頼がおけてなんぼなのだ。


装備がどの程度まで耐えられるかは、作り手が作った時に経験的に導き出すもので、武器を見てわかるようなものじゃない。耐久力がどの程度減っているかは熟練者なら判別することが出来るが、結構な手間がかかる。

魔物に奪われた装備の価値が店売りより低くなるのは、この辺りの要因が大きい。


「他にも機能があるような気がするけど、あたしには使えないみたいだ」


「どういうこと?」


「槍に魔力を籠めた時に、もっと先がありそうなんだよ。MPじゃなくてINT参照かな。ワタルが使ってみればわかるかも」


「ふむ。どれどれ?」


アーニャから槍を受け取って魔力を籠める。予想通り軽量化などが発動していくが……これは……。


記録メモリー……なるほど、古の技術だな」


この槍には一定以上のステータスの者が使うと、その能力に応じて装備者に使い方を伝えるための付与魔術が施されていた。いわば所有者のステータスによって真の能力が解放されていく武器だ。


「軽量化、切れ味強化の先、INT値が100を超えると最初の機能がアンロックされる。一つ目は水投槍アクア・ジャベリン。MP10で一発発射。INT100につき1発が撃てるようになる」


ジャベリン系のMP消費は15なので、軽減スキル無しで3割以上コストが軽い。


INT300で沸き出す水ウォーターフィールド氷の刺突アイス・スパイク。どちらも中級魔術だ。石突で地面をたたく動作で発動できる。


INT500を超えると潮流穿孔撃アクア・パフレィション。槍の先端に高圧の水流をまとわせて対象を貫く技のようだ。


STR耐久度は約300。なるほど、いい装備だがなかなかに難しいな。

槍をメインで使う職業の多くはINTが高くならない。逆にINTが高くなる職だとSTRや他のステータスが不足する。この槍を使いこなせるのは複合2次職の魔槍兵かさらに上の職という事になるだろう。


スキルの追加はINT500までのよう。だけど魔力の入り方から、もう一段先が有りそうだ。

ブーストしまくってINT1000まで上げると、最後の記録が見えた。

これは……製作者からのメッセージだな。


この武器は錬金術と付与魔術の合作らしい。錬金術で作った装備に付与しただけでは無く、作る段階から素材にエンチャントを組み込むことで、双方の能力を高めた逸品。付与魔術師エンチャンター衰退で今は忘れ去られてしまった技術だ。


そしてこの武器に込められた記録は、さらにその上があると伝えている。INT1000。そこに到達してさらに上を目指すなら、【神の槌】の元を訪れろと。

おそらくだが、製作者が込めたこれより上の武器を与えるにふさわしい人物を集めるためのメッセージだろう。

指定場所はクーロン皇国本島の西、今は魔物の支配地となってしまっている街だ。


「大体そんな感じ」


使ってみてわかったことを3人に説明する。


「なるほど。私だと普通は水投槍アクア・ジャベリン、INTをブーストして氷の刺突アイス・スパイクまでですね」


「私は氷の刺突アイス・スパイクまでは行けるけど、INTブーストしてもまだ潮流穿孔撃アクア・パフレィションには届かないわね」


二人とも槍を持って記録メモリーにアクセスし、槍の使い方を把握する。

試しにタリアが沸き出す水ウォーターフィールドを発動すると、石突で着いた部分から水が沸き出して一面に広がっていく。もう一度地面を突くと、着いた部分が凍り、その氷が目標の巻き藁に到達するとそこから氷の刺突アイス・スパイクが発動した。


「これ、便利ね。消費するMP量で発動の形式も色々変えられるわ」


自身から目標に向かって凍結が進む技、全方向に向かって凍結する技、対象の足元だけを凍結させる技、さらには水投槍アクア・ジャベリンで濡れた部分から氷針を発生させるなんてことも可能だった。

付与魔術ではここまでの自由度は無い。もちろん、錬金術にもだ。


「その槍はタリアが持つのが良いね。雷縛の強化メイスは2次職用の装備じゃないし」


後でステータス強化用のアクセサリを作成して渡そう。精霊魔術士の極めし者マスターに成ってるおかげで、INT以外のステータスも上がっている。メイスはSTRとATKを強化していたけど、今持つならSTRとAGIを強化できるアイテムを持つのが良いだろう。


「それならありがたく使わせてもらうわ。修練理解の腕輪を頂戴。槍の使い方を覚えるから」


「ほいよ。……どうせなら、槍兵ランサーも取ろうか」


収納空間インベントリから腕輪を渡しつつ、ふと思っていたことを提案した。


「良いけど、シナジーだっけ?あるの?」


「多分ない。でも、いろんな職を踏み出す者アドバンス……とばりの杖で上げられる1次職レベル80まで上げようかと思ってる」


突然の提案に、タリアとバーバラさんは驚いた顔をする。


「いくらなんでも目立つんじゃない?」


槍兵ランサーの世界最高レベルは今55とかですよね?」


クロノスで封魔弾の量産が始まって2か月。踏み出す者アドバンスに到達した職は増えており、有名どころの1次職は8割方が51以上を輩出している。

それでも60まで届いた職は魔術師だけだ。


「目立つけど、邪教徒が本気で踏み出す者アドバンス極めし者マスターを目指し始めたら、多分普通のやり方じゃ手に負えない。俺は名前が割れているから、俺以外を80レベルにして、それから俺も複数職を80まで取ってスキルを増やそうかと思ってる。それでスキルキャンセルの対象になるスキルがいくつか覚えられるし。この際、なりふり構っても居られない」


最初にレベル80まで上げるのは、可能であれば亡者の誰かに成ってもらおうと考えている。

彼らなら普段は収納空間インベントリの中だから、名前がアナウンスされても見つかることが無い。


「そうね。それじゃあMPの都合を見て考えるわ」


そろそろ日が傾いて来ていて、さすがにMPも心もとない。今日は街から出るには時間が無いので、この後は自由時間だ。

まぁ、今日の検証で分かったことも多かったので、訓練時間に充てるのだけど。


皆、思い思いに身体を動かす。

タリアは槍の型の練習。バーバラさんは連続発動できそうなスキルの検証。

俺はアーニャに魔力の流れを見てもらいながら、魔術をモーションに乗せるトレーニング。


そんな事を小一時間ばかりして、茜色の空が陰り始めたころ。


「……遅くに申し訳ありません。冒険者パーティー・渇望者たちクレヴィンガーズの皆さま。ギルド長から招集のお願いが来ております」


冒険者ギルドから、連絡員がやってきたのだった。


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□雑記

記録メモリーは時の中級魔術です。

マジックアイテムに付与する形を取ると便利ではありますが、使用のハードルが高いのと、リソースを無駄に食うためエンチャントの衰退とともに廃れました。

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