第187話 人買いたちの事情を聴いた
「いい加減、機嫌直せよ」
ミャケの街から2時間ほど歩いた山中。
俺たちは街の兵士たちと連れ立って、行方不明となった商隊の生き残りの捜索に繰り出していた。
「ハオラン・リーの生首でサッカーする機会が無くなったのは残念だけど、別にそれが目的じゃないだろう?」
「いや、あたしそんな猟奇的な理由で不機嫌になってないからっ!」
「でも不機嫌じゃんよ」
「うっ……」
せっかく追いついたと思ったらウェインは見つからないし、主犯の男は既に死体に成っていて、アーニャとしては怒りのぶつけどころがない。
その上、ハオランがゲロった内容からすると、ウェインの立場はかなり危うい。気が気では無いのもうなづける。
「怒っても、焦っても、今できることをやるしかない。そうだろ」
「そうだけどさ。……あんな野郎の頼み事、聞いてやる意味あるのかよ」
俺がハオラン・リーの頼み、つまりウェインをクーロンに連れて行く手助けを承諾したことが不服らしい。
「こたえてやらない、ってのも選択肢に無くは無いが、後の憂いを絶つためには必要不可欠だよ」
今回の事件の発端は、クーロンの前皇帝が無くなったこと頃から始まる。
この世界の皇帝は神が与えた職業なので、皇帝職の継承は転職できたものが付くことに成る。皇帝のスキルも王や領主と同じく、民からの信頼によってその強弱が変わるため、クーロンでも伝統的に皇帝は象徴としてスキルを行使し、政治は宰相が行う風習がある。
政治的失策で皇帝への信仰が揺らがないようにするためである。
先代皇帝は龍人族と呼ばれる特殊な種族で、200年ほど生きておられたわけだが、複数いた妃の中で皇帝や宰相の地位を告げる男の子を生んだのは人間族の妻だけであった。
彼の子供たちには妻である人間族の特徴が強く出たため、当然、親よりも早く老ける。残念なことに彼の子の代で皇帝を継げるものは既におらず、クーロンの現皇帝は58歳となれた前皇帝の孫である。
クーロンの平均寿命を考えると、後10年在位するのは難しいのではないかと言われており、目下次の皇帝はその子世代になるわけだが、今回、ここで一つ問題が起きた。
現皇帝と同世代で、宰相に就任できる皇帝の血族がいなかったのである。
クーロンでは宰相経験者は皇帝になれないという不文律があり、人間の平均寿命がそう長くないこの世界、現皇帝の兄弟姉妹は皆宰相経験があるか、亡くなるか、嫁入りするかと言った状態で権利が無い。
そうなって来ると子の世代になるわけだが、筆頭に上がるのは当然、現皇帝の息子である。
しかし現皇帝のはそう長く在位出来ないであろうことは当人も理解しており、次期皇帝の座は息子に譲りたい。つまり宰相の任に着かせたくない。
逆にナンバー2以下の親族は、皇帝の継承権第一席である現皇帝の息子を宰相にすれば、自分たちに皇帝の座が巡って来る。
一国の政治トップが、ハズレくじになった瞬間である。
「そこで現皇帝派は、ほかに宰相の地位に付ける可能性がある血筋を探しました。その結果、出奔されて行方不明になっている現皇帝の兄君が、各地で子種を仕込んでいるらしい、と言う話が浮上したのです」
中々に最低な話だった。
「ちなみに、現皇帝とは腹違いで、龍人族とのハーフになります。クーロンの血脈的には龍神族の血が濃い方が正当な後継者としての地位が高くなりますので、クォーターなら問題ありません」
つまり、自分の息子に皇帝の座を譲りたい現皇帝が、兄貴の子供を宰相の椅子に座らせようとしているという事らしい。
ハオラン・リーの役目は、その現皇帝の兄が仕込んだらしい子供を探し出して、現皇帝派に届けることである。
そして当然、それを面白く思わない奴らもいる。皇帝の息子が宰相になれば、自分に皇帝の座が回ってきそうな他の兄弟たちだ。
「彼らにとっては宰相の代わりに成られるのも目障りですし、血筋的に皇帝になれるものが増えるのも目障りなわけです」
それがハオラン・リーたちが警戒していた敵対派閥である。
「また、
あいつらは『神の作ったスキルで堕落した国家を正す』的な思想で生きてるからな。
その国家にいいように使われたとあっては、黙っていまい。
ハオラン・リーから聞き出せた経緯はこんな感じ。
「ウェインが本当に皇帝の血族かは、ぶっちゃけ調べなきゃわからん。調べられる術者はクーロンにしか居ねぇ。ウェインが狙われなくなるためには、皇帝の血族ではない、事を確認してもらう必要がある。つまりクーロンに行くのが必須になるわけだ」
「もしほんとに皇帝の血族だったらどうすんだよ」
「他国の王都の孤児院に捨てられた赤子が?」
「……いや、万が一ってのもあるかも知れないじゃん。……ほら、そう言うおとぎ話的なのあるじゃん。……さすがに無いか」
「無いんじゃないかと思うよさすがに」
現皇帝の名前を聞いたが、その兄に当たる人物については、集合知で情報が得られた。
武勲に優れた竜騎士と言う3次職に就いていて、4次職も目前と言われていたはずだ。宰相の任期3年を全うした後国を出てどこに行ったかは知らないが、自分の息子を孤児院に捨てていくような人物ではないと記憶されている。
「仮に皇帝の血族だった場合、現皇帝派に保護してもらえるならそれはそれで悪くない選択肢だしね」
宰相の地位に着くなら早いほうが良い。
傀儡で構わないから3年任期を終えて父親と同じように引退すれば、晴れて自由の身になれる。
皇帝になりたい奴らは神に見初められる必要があるから、裏で黒い手段を取る、みたいなことはあまりできないのだ。やると素質が消えて皇帝になれなくなる。神は人道を踏み外した者に、統治者としての加護を与えない。
「どっちにせよ、見つけない事には話にならん」
街を出てからこっち、INTにブーストを掛けた状態で
反応がないまま、襲撃されたらしい森の中の宿営地まで来てしまった。
今はハオラン・リーたちを連れたミャケの兵長殿が、斥候と共に現場検証に当たっている。
「ここがそうです。そちらで焚火をしながら、幾つかの天幕で休んでおりました。……跡がありませんが」
「ふむ。どうだ?」
「……ずいぶん丁寧に偽装されていますね。時間をかけたものと思われます」
「それだけ用心深い相手か」
死体と話すのもなれたらしい。さすがこの世界の住人だね。
「それで、私たちはどうするのよ」
「タリアさんの千里眼でも、無作為に広範囲を探すのは困難ですよね」
「俺の探索魔術も範囲は広いけど、探す範囲を考えたら焼け石に水だしねぇ」
幸いにして、ウェインの死体が見つかっていないので死んではいないはず。殺すつもりならこの場で殺すだろう。
「手数をやすしかないんで、皆よろしく」
アルタイルの抱えた亡者たちの中から、探索が得意な何人かを見繕って周囲の捜索に当たってもらう。筆頭は冒険家のタラゼドさんだ。
「俺たちはここを中心に、スキルの際をグルっと回る形で探してみよう」
今のINTならそれで直径4キロくらいの範囲を調べることが出来る。
まずは地道なところから探索スタートだ。
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