第140話 新人訓練・元患者たちの場合
「おはようございます。今日も半日、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします!」
時刻は朝の9時。
自宅の工房にはアース健康増進軒で治療を行った元患者たち7名が、本日の仕事のために出社してきている。
彼らはこれからここで封印付与を用いて封魔弾、封魔矢の作成を行うのだ。
「納品は10本単位でお願いします。INTの調整は自分のリングを使ってください。提案がある人は、粘土板に文字お越しをしてからこちらに持ってくるようにお願いします」
既に働き始めて数日が経過しているので、作業自体には慣れてきている。
まあ、エンチャントをするだけならそう難しい話でもないのだが、何分MP回復に待ち時間が発生する。そう言ったときに、何もしないくらいなら色々考えるのもアリだと思い、思いついた内容が事業化できないかの話をしている。
「ワタル殿、今日はどのような実験をしましょう?」
そう声をかけてきたのは、メンバーの中で唯一自由に試行錯誤をお願いしているマッドさん91歳。
クォーターエルフの元魔術師で、体調を悪くして余命いくばくもない、と言う状態から復帰なされた最年長者だ。外見的には50代には見えない。
ついこの間、
「昨日と同じく、2次職の
「ふむ……なんとか中級魔術の
マッドさんは元2次職の魔術師て、
これで2次職スキルを売りだせるかと思ったが、そう上手くはいかなかった。
まず最初に、
50%の魔鉄合金は素材だけでも準備するのが手間だし、武器等にねじ込むのが難しい。その品質の合金なら、
便利だが無駄が多いぜいたく品に成ってしまうので、現在は見送り中だ。
具体的には、時間経過で封印した術式が壊れて、封印付与が消える。これはどうも魔力親和性と呼ばれる、魔力をどれだけ留めやすいかの特性が影響しているらしい。試しに10%の魔鉄合金弾に付与したところ、今のところは3日、問題なく封印状態を維持している。単なる鉄球は半日で減衰が見られ始め、翌日には完全に術式が崩壊して単なる鉄球に戻っていた。
この件があって、これまでに卸した封魔弾についても、現在ギルド経由で使用可能をお願いしている。
ただ、こちらはほとんどが専任者複数の
「
「今、INT150のランス系が100Gでの卸値ですからね。中級魔術ならそれだけで200Gくらい?魔鉄合金を使うと、1.5倍から2倍くらいになりそうですね」
「はい。消耗品としてはちょっと高くつき過ぎますな。封魔弾の量産で魔物が多く倒されるようになれば、食料物価などは物価は下がりましょう。しかし魔鉄の供給量が増えるわけではありませんから、逆に金属価格は上がる方になり、封魔弾もその影響を受けると思われます」
さすがは元役人。経済にも詳しくていらっしゃる。
王都近郊の魔物は多くが食料や、獣の皮などを始めとする自然素材だ。鉱物の流入量は一定であり、これはそうそう変わらない。
魔物狩りが進むと、最初はモノの供給が増える。これは供給が過剰になるので、価格が下がる形に成る。それに合わせて市中のお金は増えるので、供給されていないモノへの需要が上がる。そうして、手に入りやすい食料品などは価格が下がるが、逆に金属類などは王都周辺での価格の上昇が考えられるわけだ。
「単なる石ころに付与できれば良かったんですけどねぇ」
「難しいですな。とりあえず、魔鉄の重量と比率を変えながら、安定性を見ている試作品のチェックから行います」
「おねがいします」
と、そんな感じで開発の一部を任せている。
今ここで封魔弾を清算している人たちは、ジェネ―ルさんに立ち上げてもらっている商会とはまた別に俺が雇っていることに成っている。マッドさんなどはアース商会で雇用したいところだが、能力に見合った給料を払えるかは微妙だ。
他の人も、自前で封魔弾を清算した方が多分実入りが良いので、しばらくしたら独立するだろう。
「ワタル殿、ちょっとよろしいですか?」
自分は自分で
「自宅で家族に除湿や暖房着を使ったところ評判が良いのですが、そちらは商品に成りませんか?」
戦闘用アイテム以外も作れないか、と言う話だった。
「ん~……前に少しお話した通り、永続付与は難しいですね。専用の素材が必要になるので、1つの価格がおそらく1000G越えとかに成りますよ」
粘土板に起こした論点を元に話を進めていく。
「
「好きな時に使えると言う意味では可能でしょうけど……うまく調整しても、精々数時間しか効果が無いですよ」
例えば暖房着。魔力操作でINTを効果時間に振り切った封印付与をしたとして、INT1に付き効果時間は1分ほどだ。ボーナスの配分にもよるが、普通の1次職なら2時間ほどで効果が切れる。俺でも8時間ほどしか持たない。
「はい。なので顧客から要求を受けた物についてエンチャントを施す、または預かって納品するのはいかがでしょう?」
「……なるほど。ジェイバさん、元商人でしたっけ?」
「冒険者をしておりました。斥候です。冬の寒さは厳しかったですから」
「発想は悪くないと思いますね。価格にもよりますが、冒険者向けに門のそばで営業しても良いですし、ギルドを通じて案内を出しても良いと思います。ただ、やるならうちの商会じゃなくて、新たに商会を立ち上げた方が良いですね」
「どうしてでしょう?」
「今準備しているうちの商会は、安定供給義務を守るのにしばらく労力を奪われます。余力を作るのが難しいですね。封魔弾より利用頻度が高いと思いますが、利益がどの程度出るかは未知数ですね」
「なるほど」
うちのパーティーは、インナーなどに俺が永続付与した物を使っているが、これを
ただ、効果時間が短いのでどこまで受け入れられるものか。1回数Gでも、経済的に余裕がある人じゃないと難しいかな。MPを現金に換えられるという点では、良い発想なのだけど。
「冬は重ね着が基本だから、何枚かに封印付与すれば、それを1枚づつ発動させる事は可能ですね。それである程度の時間は効果を維持できますが……例えば、これから冬場の冷えだと欲しいのは手袋や靴下、フードなどへの付与ですよね」
「……そうですね。もともと寒い屋外で活動する人たちは、十分ではないですが装備は在ります。辛さで言えば末端の冷えの方がきついので、そちらの方が求められている物に近い気はします」
「でも、手袋や靴下を大量に持ち歩く人は居ないですよね」
靴下の重ね履きはするかもしれない。手袋は無理だ。
「暖房着の理論、もう一度教えていただけませんか?」
「構いませんよ。この魔術は二種類の効果があって、人の体温にほど近い発熱する。もう一つは、薄い布の内側から外側に暖かさが逃げることを防ぎます。あとの効果の方が大きいです。人に掛けると、その人の身体の周りに薄い膜を発生させて、内から外に熱が逃げるのを防ぎます。物にエンチャントした場合、そのモノが膜と同じ役割を果たすことに成ります。なので、袋状に成っていないと効果が下がります」
内側、外側と言っているが、基本的には温度が高い方から低い方へ移るのを阻害している。
「……ミトンのようなものでも、袋状に縫製するのはちょっとコストが上がりますね。手が自由に動かせないのも、外で働く者としては厳しいです」
布は高いからなぁ。縫製してあるとさらに高い。どうやって利益を確保するかが難しい。
一番安いのは麻布かな。あまり手触りが良くないモノで、手ぬぐいや尻を拭く布として使われているが……。それでもありか?
「……話て思いましたが、手ぬぐい用の麻布を大量に仕入れて、それにエンチャントして貸し出すなら、より手軽になるかもしれませんね。頭に巻いたり、首に巻いたりするだけでも暖は取れるでしょう?手先の冷えはそこに手を突っ込んでもらうとか」
その場で付与するのは出来る数に限りがある。
客から預かるのは客次第だが、効果時間が短いので需要が出るかは不明。ちょっと面倒すぎる。
なら、大量に安い布を余剰MPを使って付与しておいて、それを貸し出すという形を取る。
「貸し出すだけなら可能ですが、帰ってこなかった場合は布代だけ赤字ですよね?」
「貸出担保領として、1枚数十Gの登録料を取って、返却されたら変換、とかで採算取れますかね」
いわゆる
「なるほど!……素晴らしいアイデアですが……ここで私が聞いて良いのでしょうか?」
「アイデアは魔物に成りませんからね。商売になりそうなら、地区の発展に力を貸してもらえれば良いです。私への借りを感じるなら、コーウェンさん辺りに返してください」
「新しい顔役ですか。……そうですね。ありがとうございます。少し検討してみます」
こんな感じで、元患者たちと商売の話をしながら、独立を促している。
ここの評判も広がり始めているので、働く人ももう少し増えるだろう。買い取った封魔弾や封魔矢はギルドに卸し、その金で商会の事業を補填すると黒字に変わる。
マジックアイテムの生産や販売が始まれば、そっちでも資金は回るようになるだろう。
この日の稼ぎは昼までで封魔弾、封魔矢が合わせて15セット150個。支払いが3000Gで、ギルドへの卸値が15000G。差額12000Gがもうけである。
もうちょっと流通価格を下げないとマズそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます