第100話 自宅の整理を行った

「いくらなんでも動きが早すぎると思うのだが」


「できることは色々あるのに、ぼっと過ごしていても仕方ないですからね」


定番となりつつあるリネックさんのボヤキを受け流して、次の日は朝から買い出しに向かう。

午後には家に頼んだ家財道具が運び込まれているはずだから、それで家は使えるようになる。

家が使えるなら始めるべきことは幾つかある。


「今日の予定は買い出し。その後は買ったものを使って、錬金術の準備と料理をする」


「料理?」


「うん。とりあえず食えればいいで我慢して来たけど、たまにはうまいものが食いたい」


この世界の料理はどれもおおざっぱと言うか、大味なんだ。

小さいころに両親が死んで施設に入ったあと、家事関連は一通りできるように学ばされた。腕がいいわけじゃあぁ無いが、一通りの物は作れる。

それにこの後王都で人並み起こすなら、アインスとはまた違った流れが必要だ。人は胃袋掴まれると弱いんだよね。


「宿のごはん美味しいと思うわよ?」


「そこは文化の違いだね」


二人が一緒なので、俺が異世界出身だと分かるような事は言えない。

タリアは理解しているだろうから、顔には出さず、『まぁ、ワタルがそう言うならそうなんでしょう』みたいな雰囲気を出している。


「教えるからタリアも覚えてね。ってか、覚えなきゃいけないことが山積みに成っていくけど頑張って」


現在タリアは、文字と算数の勉強を始めている。

名前と簡単な名詞は読めるが、文章はちょっとおぼつかなく書くのは無理。計算も足し算引き算は出来るが、掛け算割り算はだめ。なので夜は粘土板を使ってのお勉強タイムになっている。


「つらいわ」


「なんか娯楽も考えるからガンバレ」


二人で出来るようにリバーシでも作るかな。それともおやつにするか。

娯楽の開発は、どちらかと言うと魔物側の後押しにしかならないからあまり手を出すつもりは無かったのだけれど、勉強ばかりだと彼女の心が居れそうだ。


「王都は良いですね。市が立っていない日も結構いろいろなものがそろう」


小麦粉、卵、バター、チーズ、肉、鶏ガラ、玉ねぎに長ネギ、トマトにセロリに生姜にニンニク。とにかく目についたものは購入して、収納空間インベントリに放り込む。時間経過は無いし、重量的には大した量じゃない。

パンは焼くのが面倒なので焼けた物を買う。


「ハチミツは収納空間インベントリにしまえないな。あとはミルクが欲しい」


3人共驚いているが、これでも自重している方だ。

よくわからない香辛料とかを多量に買い込んではいない。今回勝ったのは胡椒、バジル、ローリエ。魚の干物はよくわからなかったから、取り合えず手を出すのを止めた。調味料としては穀物酢。食用油も購入。

当然のように味噌や醤油は無い。東群島やクーロンにあるのは分かって居るから、巫女に転職ついでに回収しよう。


食に関しては集合知と地球の知識を照らし合わせると、この辺はだいたい一致するものがあるのがありがたい。

実際にはそもそも別の食材で、名前も全然違うのだがこの際それは気にしない。人の味覚は似たようなものだ。


日用品や生活雑貨を買い足し、冒険者ギルドへ行って少し商談を進めた後、職人ギルドへ。

物の搬入は終わっていて、掃除も済。荷物は言われた通りに積んであるとのことで鍵を受け取る。

これで生活の準備は一通りだと思うけど、足りないものはまだあると思われる。そっちは追々買い足していこう。


「さて、それじゃあ新生活を始めようか」


□王都ヒンメル・自宅□


「それじゃあ初めて行きましょう」


自宅について軽い軽食を取った後、購入した物の荷ほどきを行っていく。


「ロバートさんとリネックさんは水くみをお願いしますね。同時にステータスを使わない筋トレをしてください」


「我々は護衛だったはずなのだが」


「そう言うクレームは、護衛対象より強くなってから聞きます」


アインス領主から王都での報告を依頼された時、完遂の報告と案内を兼ねた護衛を付けることを提案された。

ただ、俺を護衛できるような能力があるのは、2次職でもレベル後半である必要あったため、二人の護衛としての立場は無いに等しい。

なので、『普段自分が行っているトレーニングで、レベルにかかわらずどれだけ能力が上がるか』を試していいという契約の元、二人の同行を許可している。


「さて、俺は工房の方をやるから、厨房と寝室をお願い」


「分かったわ」


比較的広い工房に、必要な道具を配置していく。

集合知で使いやすそうなレイアウトを情報をもとにして、適当に配置すればよいだろう。

大物を収納空間インベントリで動かした後、木箱を開けて道具を取り出していく。良いね、こういうのはワクワクする。


この世界では一定期間兵士や冒険者をやった人が、引退して生産職に就くことも多い。

そう言う人は定着させたスキルや、長年鍛えた肉体があり、一般職でもレベルを上げるのが早い。なので“とりあえず”で始められるように、ギルドではスタートセットなるものの用意をするようになった。


錬金術師も鍛冶師も、レベルが上がると基礎知識を習得できるからな。

これによって旧来の子弟構造は崩壊した。ただ、職業で得られる基礎知識では賄えない技術を伝承する、という形で、従来の子弟制度に近い何かは残っている。

技術水準は劇的に改善されたし、伝承が応用技術に限定されたから、技術の伝達速度は劇的に早くなった。

いい事ばかりでは無かったが、神の目論見通りに文明は発展し、けれど魔物を止めるには至らなかった。


「さて、こんなものかな?」


片づけは30分足らずで完了した。

厨房に行くと、タリアの方もほぼ片づけを終えていた。


「何に使うのかよくわからない物はテーブルに並べたわ」


テーブルには蒸し器やトングなど、タリアが過ごした時代には無かったであろう物が並んでいる。

なるほど。蒸し料理は南の方からここ100年くらいで伝わったのか。箸も入っていきているけど使う人は少なく、鍛冶道具から派生してトングが生産されるようになったと。


「鍋は二つ、フライパンも二つ。包丁は3種類かな。ヤカンとザルは在るけど粉振るいは無し。ボウルは木製か。これも予想通り」


金属やガラスは比較的高級品だから、建材には使われるけど調理用具は限定的。

代わりに木工職人のスキルのおかげで、木工製品の品質はかなり良いから、まぁ使えるだろう。

金属製のボウルとかは作っても良いかも知れない。


「あと、二人がひーひー言ってたわよ」


「ああ、運ぶ水の量が300キロ近いからね」


錬金用に使う方の水瓶を満たすには、それくらいの量が必要だ。そして井戸が敷地内に無いので、共用の井戸で水を汲み、それを運んで水瓶に移しを繰り返す必要がある。

この世界はまだつるべ落としタイプの井戸だから、汲み上げるのも一苦労だろう。

ステータスを活かせばどうと言うことは無いのだが、今は魔力操作でステータスを使わないように言ってあるから大変だろう。


「上は終わったけど、この後はどうするの?」


「それじゃあ、二人の分も合わせて晩御飯の準備を始めようか」


どれだけ時間がかかるか分からないから、早めに準備を始めるのが良い。


「どんなものを作るの?」


「今日はハンバーグと蒸し野菜。それから少し甘いものを作って、コンソメの準備かなぁ」


後は二人に頑張ってマヨネーズを作ってもらう予定。

とにかく作って試食してもらって、良いものができたら次のステップだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る