第43話 説得と説明

「私を追い出したんだから、ちゃんと教えてくれるのよね」


 執務室に行く前まで怒っていたのはサイラスで、今はジェシーだった。怒っている原因は、それだけではない。


「フロディーはどうしたの? メザーロック公爵も、可笑しなことを言っていたわ」

「逃がした」


 何で! と言いたかったが、グッと堪え、別の言葉を口にした。


「理由は?」

「手駒になって動くためだ。ロニもそろそろ準備に言ってくれ」

「だけど……」


 サイラスにうながされたが、ロニはジェシーに視線を向けたまま、動こうとしなかった。何の説明もなく、ジェシーを放って行くことを躊躇ためらったのだ。しかし、サイラスは容赦ようしゃなく切り捨てる。


「時間がないんだ。フロディーはもう動いている。こいつに説明したら、俺も行く」

「行くって何処に? まさか王子宮?」

「いや、そっちはシモンとレイニスに行ってもらう。だから俺らが行くのは、王女宮の方だ」

「サイラス!」


 ロニは非難するように叫んだ。その意図をジェシーが読めないはずはない。


「何、今更私を除け者にするというの? 発端は私でしょう。違う?」


 ロニに近づき、そのまま怒りの矛先と共に、鋭い視線も向けた。


「コルネリオはジェシーを狙っているんだ! お茶会にまで手を出したということは、まだ諦めていない証拠だって、ジェシーだって分かるだろう!」

「分かるわよ、そんなこと! だけど、戦力外のサイラスが行っていいのに、私が行っちゃいけないなんて可笑しいでしょ!」

「サイラスは……えっと、何だっけ?」


 ロニは助け舟を求めるように、サイラスの方を向いた。


「後処理があるから、行く必要があるんだよ」


 だが、本当の意味で助け舟を出したわけじゃない。


「それから、今回ばかりはジェシーの肩を持たせてもらうぜ、ロニ」

「サイラス。ジェシーがヘザー嬢でも、同じことが言えるのか!」

「当り前だろ。俺は相手の意思を無視したりしないからな。それに、頭ごなしにダメだと言われるのは、俺も嫌なんでね」


 サイラスの言葉に、ハッとなったロニは頭をきむしる。そして、ジェシーに向き直った。


「ごめん、ジェシー。さっきのことがあったから、俺」

「うん。ロニの心配も分かるわ。でも、同じくらいセレナのことも心配なの。分かって」


 すると、泣きそうな顔をしたロニが腕を伸ばし、引き寄せる。ジェシーもまたロニの背中に手を回して、なだめるようにでた。


 これじゃ、どっちが年上か分からないわね。


 そう思っていると、背中を数回叩かれた。相手はロニじゃない。ロニの腕は、ジェシーの腰にあったからだ。


 ならば、叩いた相手は一人しかいない。ジェシーが視線を向けると、いい加減にしろ、とでも言うように、サイラスが睨んできた。


「ロニ。よく分からないけど、時間がないんでしょう」


 ジェシーはロニの背中を軽く叩いた。その途端、腕に力を入れられた。まるで、すぐに離れたくはなかったとばかりに、ロニは数秒後、ジェシーを解放した。


「行ってくるけど、ジェシーも無茶はしないでくれ」

「分かったから、さっさと行く!」


 グダグダしているロニの背中を押して、扉へと誘導した。


 このままじゃ、いつまで経ってもサイラスから話を聞けないじゃない。


 ググっと押し続け、ロニの体が扉の外に出た途端、わざと押されていたと分かるように、ロニが振り返った。すると案の定、ジェシーの体がよろけ、そのままロニの体にぶつかる。


「っ!」


 しかし、驚いている暇はなかった。その隙に、ロニはジェシーの肩に手を置き、そっと唇に触れたからだ。


 何が起こったか理解する前に、扉はロニの手によって閉められた。



 ***



「もう、いいか」


 サイラスがジェシーに声を掛けたのは、それから数秒後。時間がないのは、こっちも同じだったからだ。


「うん。大丈夫。驚いただけだから」

「免疫がないのを喜んでいいのか、あんまり進展していなかったのを残念に思っていいのか、分からん心境だな、これは」

「何か、ごめんなさい」


 何に謝っているのか、分かっていないのは、未だ混乱している証拠だった。が、サイラスは構わず話し始めた。


「とりあえず、簡潔に話すぞ。父上やロニ、シモンたちも動いているからな。俺らも行かなきゃならねぇし」


 色々、突っ込みどころ満載だったが、ジェシーは頷くと、サイラスの言葉を大人しく待った。


「お茶会の毒は、予想通りフロディーが手引きしていた。すぐに会場を出たのは、まぁ証拠隠滅をしていたらしい」


 らしいと言葉を濁したが、確定事項だろう。恐らくその子犬はもう、処分されているに違いない。


 ジェシーは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、サイラスは構うことなく続ける。


「そこまでしてお前を狙う理由は、だいたい想像していたと思うが、目障りだった、と言っていた」

「コルネリオが?」

「あぁ。それからランベールの側近なのに、何故フロディーやシモン、レイニスがそのままコルネリオの下に付いたと思う?」


 そう、それが不思議だった。ランベールとコルネリオは異母兄弟だが、面識はないはずだ。

 これはユルーゲルが証明してくれたことだった。一度も領地から出たことがない、ということは、そういうことである。


「原因はシモンだった。奴の家、カルウェル伯爵が横領の末、人身売買にまで手を出していた」

「何ですって!?」


 確か、カルウェル伯爵領は、宝石が出る鉱山が幾つかあったはず。そこを付け込まれた、というの? 

 横領と人身売買、で導き出られるのは、奴隷。鉱山で働かせるための人材を確保するために、そこまで手を汚す必要が。どうして、そんなことを!


「奴隷は法で禁じられている」

「まさか、それをコルネリオに脅された、ということ?」

「あぁ。真相はそうらしい」

「でも、シモン一人を動かせても、残りの二人があっさり手に落ちるものなの?」


 ジェシーの質問に、サイラスは目を逸らした。


「これに関しては、俺ら四大公爵家が悪い、としか言いようがない。元々、アイツらが側近になっていたのは、四大公爵家がランベールを監視する目的だったのは知っているな」

「えぇ。余計な思想を与えないようにするためだって聞いたわ」

ようは、捨て駒にされた、と勘違いしていても可笑しくはない。捨て駒なら、ランベールに付こうが、コルネリオに付こうが一緒だ、と思ったんだろう」


 なるほどね。どっちみち、私たち四大公爵家がいる限り、側近以上にはなれないし、権力も発生しない。シモンたちが腐り切っても、無理はなかった。


「まぁ、シモンとレイニスは、お前が色々やっていたお陰で、こっち側に寝返ったが、フロディーはなぁ」

「うん。詰めが甘かったって、自覚しているわ」

「いや、そうじゃない。『何で、俺には誰も寄こしてくれなかったんですか!』って怒っていたぞ、お前に」


 あっ、そっち?


「だって、ヘザーを当てるわけにはいかないでしょう」

「当り前だ!」

「ほら、誰もいないじゃない。側近でもない子に頼めないし」

「とりあえず、後でフロディーに謝っておけ」

「うん。そうするわ」


 お茶会の件で、フロディーに何かしらの罪は問われるだろうが。しかしそれとは別に、ジェシーはフロディーに謝ろうと思った。もう、今更誰かを紹介することはできないけれど。

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