第37話 ブレスレット

 そのようにして始まったお茶会。その会場に選ばれた王城の一角とは、入口から図書館へ向かう途中にある場所だった。以前、ミゼルとシモンが言い争いをしていた所である。


 お茶会なのだから、定石として庭園を使わせてもらうべきだろう。

 しかし、案の定と言うべきか、シモンが反対したため別の場所となった。一応、ミゼルを案じる気持ちがあることに、ジェシーは安堵した。


 向こうも、こちらと同じことを考えて、ミゼルを抱え込もうとしたのではないか、と思えなくもなかったからだ。


 シモンのバックには間違いなくコルネリオがいる。そして、レイニスもまた然り。

 ランベールの側近、三人の内の二人は、コルネリオの味方をしているのだから、残るフロディーも同様と考えるべきだろう。


 ふと、ジェシーは会場内を見渡した。

 目の前にある丸テーブルと同じ物が、視界にいくつも並べられている。そこにはそれぞれ綺麗に着飾った令嬢たちと、正装した令息たちが揃って座っている姿が見えた。

 さながら、結婚相手を探すために用意されたお茶会の風景のようだった。


 本来の目的とは違うけれど、皆上手くいけば良いわね。


 視線を横に向けると、丸テーブルとはまた別に、長テーブルが一ヵ所に何台も並べられていた。そこは着席するのではなく、立食を推奨した場所だった。


 片手で食べられる小さなケーキやデザート。さらにクッキーなどのお菓子類も長テーブルに置かれていた。それぞれ自由に取れるよう、色取り取りの食事がお茶会に花を咲かせる。

 しかし、舞踏会ではないため、主食のような食事は残念ながら置かれてはいなかった。


 男性陣には少々物足りないかもしれないが、無理を通して参加させたのだから、文句を言う者は追い出してしまえば良い。


 ジェシーはカップに視線を下ろした。


「ケニーズ嬢からお聞きしました。今日のお茶会はジェシー様が頼んだそうですね」


 ジェシーと同じテーブルに座る令嬢が話しかけてきた。側近の三人が席を外してから大分経った後に、着席を求めてきた令嬢の中の一人である。


「えぇ。コリンヌ嬢を皆に紹介したくて開いてもらったのだけれど、いつの間にかこんな大規模になってしまって、ごめんなさいね」

「いえ、そんな滅相もありません。こうして私も、ジェシー様とお話ができる機会をいただけたのですから」


 その言葉に嘘はないのだろう、とジェシーはそっと愛想笑いで返した。


 彼女らからすれば、コリンヌが側近になれたのだから、自分にもチャンスがあると思っているのだ。ここで何かしらアピールをして取り入りたい、そんな下心が見え見えだった。


「グウェイン嬢を側近にされた、と言う話は本当だったんですね」

「先ほどお目にかかったら、ジェシー様と同じブレスレットを付けてらしたわ」

「私も見ました。ケニーズ嬢とバーギン嬢も同じ物を召しているのを」


 口々に言う令嬢たちの言葉に、今度は可笑しそうに笑った。そしてこれ見よがしに、右手で頬を触る。


「アレは私が三人に買ってあげたのよ。このお茶会にお揃いの物を身に付けたくて、ポス・ヘイムの物をね。特注で」

「まぁ、ポス・ヘイムのブレスレットなのですか?」

「特注できないと伺ったのに、さすがはジェシー様ですわ」


 このように令嬢たちがジェシーを持ち上げるのは、よくあること。普段なら嫌気がさすジェシーだったが、今日は機を良くしたのか、「ご覧になる?」とブレスレットを一人の令嬢に手渡す。

 遠慮しがちな言葉を並べていたが、受け取った令嬢は嬉しそうにブレスレットを見ながら他の令嬢たちと談笑をし始めた。


 それをジェシーは満足げに眺める。何故なら、そのブレスレットを製作したポス・ヘイムとは、ジェシーが創作品を売るために命名した活動家名ペンネームだからだ。


「ブレスレットの柄はジェシー様が指定なさったのですか?」

「えぇ。アイビーの葉と蔦をね。その方が付いている魔石と調和がとれそうで良いと思ったの」

「まぁ、ではこれは宝石ではなく、魔石なんですね」

「そうなの。だから、特注なのよ」


 ジェシーは令嬢からブレスレットを受け取り、再び右手に付けた。アイビーの葉を左右に散らし、蔦で魔石の周りを装飾したブレスレットを。


「装飾品に魔石を付けること自体は、あまりされていないけれど。このように宝石の代わりとして扱っても、見劣りしないと思わない?」

「そうですね。魔石は宝石よりも安いですから、安価で売れそうですわ」


 まず、商団しょうだんを抱える家門の令嬢が食いついた。


「えぇ。魔導具に使わなくても、アクセサリーとして使えると思うの。魔石だから、ガラスなどのイミテーションとも違うわ」

「ただの安いアクセサリーよりも、護身用として普段使いの需要がありそうですね」

「領地に魔石が取れる山があります。お父様に相談してみようかしら」


 すると、細工工さいくこうを多く抱える家門と、魔石を有する鉱山を持った家門の令嬢が、興味を示してくれた。


 このように、魔石を扱う人物が増えれば、自ずと魔導具の収益も増え、魔塔の繁栄にも繋がる。コリンヌがジェシーを利用するのと同時に、ジェシーも側近にしたメリットを大いに使って見せた。


「やはり、時々お茶会に参加するべきだな。このような有益な話を聞けるのだから」


 突然、頭上から声が聞こえた。振り返るとそこには、金色の髪をした男が腕を組んで立っている。しかし、ジェシーは驚かなかった。何故なら声の主とは、


「サイラス」


 現宰相の息子、サイラス・メザーロックだったからだ。その姿にジェシーは呆れた顔を向けるが、他の令嬢たちはキラキラした眼差しをしていた。


 一応、モテると言えばモテるのよね、この男は。意中の相手には……無理そうだけど。

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