第35話 ようやく…

「続き?」


 ジェシーはロニの言葉をなぞりながら、ふと眠る前に言われたことを思い出した。


 確か『話は明日だってできる』と言っていた。だから、話はまだあるとしても可笑しくはない。


「うん。回帰魔法を依頼したのが、セレナかもしれないと言ったけど、もう一人候補がいるんだ」


 そう言って、ユルーゲルと一緒に立てた見解を話した。

 一度も領地から出たことのないコルネリオが、我が物顔で王城を歩いていることから、回帰した可能性が高いことを。


「セレナが教えた、という線はないの?」

「まぁ、歴代王妃を輩出しているゾド公爵家だからね。隠し通路とかの情報は持っているだろうけど、すぐに把握できるものじゃない。それに手慣れた様子だったよ」


 映像を見たロニが言うほどなのだから、そうなのだろう。


「コルネリオが、ねぇ」


 そう呟いた後、あることに気がついた。


「それじゃ、セレナは巻き込まれただけなのかしら。面識はなさそうだって言っていたじゃない。そうすると、セレナは誘拐されたに等しいのではなくて?」

「うん。でも、場所が分からないんだ。コルネリオの姿は王城のみ確認できているから、セレナがいる場所は王城に間違いないんだろうけど」

「……王女宮?」

「俺もそう思っている」


 コルネリオが現れたランベールの誕生日パーティー以降、レイニスを始めとする側近たちがこぞって、王女宮の存在を隠していた。

 シモンに至っては、コルネリオのヒントをくれたことを含めると、この二つは繋がっていることを意味する。


「そういえば、ランベールはどうしているの? コルネリオが王城を我が物顔で動いているんでしょう。会わないにしても、ロニたちのように噂されたら、嫌でも気づくのではなくて?」


 いくらバカなランベールでも、シモンたちを使わずに調べることはできるのではないだろうか。そんな疑問が湧き上った。


「どうだろう。王子宮の様子も可笑しかったからね。もしかしたら、ランベールもコルネリオに何かされたのかもしれない。ランベールに動きは一切見られなかったから」

「何かって?」

「王子宮の衛兵たちが、洗脳か操られているみたいだって話したのを覚えている?」


 ジェシーは頷いた。それを聞いて、身を引くように説得されたのだから。


「なら、ランベールだってそうじゃないかな。コルネリオが動きやすいようにするには、ランベールは邪魔だから」

「邪魔……。王子宮の中の様子は分からないから、もしかして――……」


 最悪の光景が浮かんだ。


 私の時と同じように、殺そうとしたのかしら。


「ジェシー」


 名を呼ぶと、優しく抱き締めた。子どもをあやす様に、髪を何度も撫でて。すると、いつの間にか荒くなっていた息が、動悸が収まっていくのを感じた。


 そして体を離すと、突然ジェシーの額にキスをした。目元。頬。鼻へと次々に。最後に唇に近づけた瞬間、ジェシーは我慢できず、ロニの体を押した。


「も、もう大丈夫だから。平気だから、やめて!」

「なら、あの時言えなかった言葉を言わせてもらってもいいかな」

「あの時って?」

「セレナの十八歳の誕生日パーティー」


 一瞬、ジェシーは驚いた。


 五年前の出来事を覚えているの? 私はさっき、夢で思い出したというのに。


「もしかして、ロニにとっては二ヵ月前の出来事、なの?」

「覚えているのは、可笑しい?」


 苦笑いしながら、質問を質問で返した。が、それに腹は立たなかった。真相が知りたかったからだ。


「可笑しくはないけど。そういえばロニから、回帰前の話を聞いたことがなかったから。私の話をいつも肯定してくれるから、分かり辛かったけど」

「そうだね。俺はジェシーの言うことを、あまり否定したことはないよ」

「なら、答えて。ロニは回帰していないの?」


 否定しないのなら、答えてくれるでしょ。隠さずに。


「うん。ごめんね、黙っていて」


 そして、ロニはジェシーの期待を裏切ることはなかった。ジェシーはその答えに、首を振った。


「ううん。私が確認しなかったのがいけなかったの。だから、言い辛かったのでしょう。私が疑うことなく話を進めていたから」

「いや、俺も悪かったんだ。否定したら、ジェシーが話してくれないと思ったから。回帰前の話を」


 隠し事をされたくはなかったんだ、とロニは再びジェシーを抱き締めた。だから、ロニの背中に腕を回した。


「あの時聞きたかった言葉を言って。そしたら、許してあげるから」

「可愛いよ。俺にとってジェシーは、いつだって可愛くて可愛くて、仕方がないんだ」


 自分でせがんで言わせたのに、体がビクッと反応した。さらに、心臓の音が聞こえるほど大きくなっていく。それは、体を密着しているロニの耳にも聞こえるだろう。


 ジェシーは恥ずかしくて、体を離そうとしたが、顔の火照りを感じ、どうしていいのか分からず動けなくなっていた。すると、それに答えるように、ロニが体を離した。


「うん。やっぱり可愛いよ」


 そう言って、ジェシーの頬に触れ、さっき届かなかった唇にロニは重ねた。

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