第31話 ルメイル侯爵家

 死んだと思った。


 覚えているのは、襲撃犯が剣を振りかざした瞬間。助けてくれる人はいない。周りは雑木林で、現れる確率も限りなく少ない状況。さらに相手は三人もいる。


 これで生きているのは、運が良かったのだと、ジェシーはソマイア公爵家の別荘で目を覚ました後、そう実感した。


「五日も!?」


 状況を説明し始めたロニの言葉を聞いた途端、ジェシーはベッドの上で、驚きのあまり鸚鵡おうむがえしにした。


「あまり大きな声を出さないでくれ。傷に障るから」

「でも、そんなに痛くないけれど」


 目を覚ましてからの数時間。ベッドの上に座ったまま、ジェシーは食事も取っていた。

 その間、左腕の掠り傷と、かなり深くまで刺されたように感じた脇腹の傷は、言われなければ気がつかないほど痛みを感じなかった。


「それはすぐに回復魔法をかけたから、……跡は残らない。ただ、痛みは残るだろうから、傷の上に鎮痛の魔法陣を貼ってもらった」


 そっと左脇腹に右手を伸ばすと、ロニに掴まれた。


「触らない方がいい」

「回復魔法をかけたんでしょ。魔法陣も念のためって……」


 そう言ってもロニは手を離してくれなかった。顔を見ると、少し硬い。


 これはもしかして……いや、もしかしなくても。


「怒っているの?」

「一言あっても良かったんじゃないか、とは思っている。あと、不用心過ぎる、とも」


 あぁ、とロニの指摘にジェシーは納得した。が、納得したのは後半だけである。


「一言ってだけなら、ロニも私に言うべきことがあったんじゃなくて?」

「なん、だったかな」

「第二王子のことよ! サイラスからヘザー経由で教えてもらったけど、その前にロニも知っていたんでしょう。どうして教えてくれなかったの!」


 優しく肩を叩かれ、落ち着くよう促された。


「そこは悪かったよ。俺も調べることがあって、つい後回しになったというか。サイラスに頼んだというか……」


 それで、いつものようにヘザーに話しかけたら、いいように情報を引き出されたのね。全く、呆れてものも言えないわ。


「それで、調べ物ってルメイル侯爵家のこと? 紋章を見たけど、騎士の家系だったのかしら」

「うん。ウチの傘下にいたらしい。けど……」

「ゾド公爵家に頼まれたってとこかしら」

「らしいね。教会がバックについているから、ウチにはただ黙っていて欲しい、とだけ要求したみたいだ」


 見返りに賄賂を受け取ったか、もしくは教会が抱えている孤児院に、腕が立ちそうな子供を何人か要求したかのどちらかだろう。


 マーシェル公爵家の騎士団は、貴族であれば入れる近衛騎士団とは違い、実力主義で選ばれている。

 引き取った子供たちは、マーシェル公爵家が経営する養成学校に通わせているに違いない。恐らくロニは、それを調べていたのだろう。


「でも、さすがね。こっちはシモンのヒントで得たのに、サイラスは何の手掛かりもなしにルメイル侯爵家に辿り着くなんて」

「それは違うよ。ミゼル嬢がシモンに吐かせてくれたから、知ることが出来たんだから」

「まさか、張っていたというの? シモンを」

「サイラスのところの諜報員たちがね」


 ジェシーは思わず、背もたれにしていたクッションに体を預けた。別に出し抜きたかったわけではないが、利用された、というのがしゃくさわったのだ。


 せっかくミゼルが聞き出してくれたというのに、横取りされた気分だわ。


「気に喰わないのは分かるけど、お陰でこうして間に合ったんだから、あまり怒らないでくれ」

「そうよ! どうして私は助かったの? 何でロニがいるの?」


 今更のような質問を投げかけた。するとロニは、少し間を空けた後、「その話をする前に、聞いてもらいたいことがある」と前置きをしてから話し出した。


「実は七日前、ユルーゲルから連絡をもらって、コルネリオ・ルメイルのことを調べていたんだ」

「それって、私が連絡した次の日じゃない。その時にはもう、第二王子、コルネリオのことまで辿り着いていたのね」

「まぁ、皆ジェシーの頼み事は、手早く済ませるらしいね、俺も含めて」


 そう言いながらロニは苦笑した。


「それで、コルネリオの話をする前に、ルメイル侯爵家の現状から聞いて欲しい」


 ジェシーは頷き、先をうながした。


「俺が言うのもなんだけど、没落しなかったのは、今でも領地を持っているからなんだ。欲を出さなければ、普通に暮らしていけるくらいの収入はあるらしい。ただ社交界に出ない理由として、貧乏ということにしているみたいだ」


 それは、偏にゾド公爵家を恐れて判断したのだろう。余計な真似をすれば、また同じような目に合うと分かっているからだ。


 しかし、領主が借金まみれになったのにも関わらず、領民から見捨てられず、または攻撃されずに済んだのは、ルメイル侯爵が良い領主であったのだろう。


 だが、忘れてはいけない。領地といえども教会はどこにだってある、ということを。だから、未だに貧乏貴族として振る舞わざるを得ないのだ。


「ユルーゲルが魔導具を仕掛けたのは、その領地にある屋敷なのね」

「あぁ。その映像を見ると、ランベールの誕生日パーティーの三日前までは領地にいたことが確認できた」

「えっと、それはつまりどういうこと?」


 正確には、ロニが何を言いたいのか、ジェシーには分からなかった。


「順序立てて言うと、あの日セレナと一緒にいた男が、コルネリオ・ルメイル本人かどうかを確認することができるよね」

「あっ、そうね。そうよね」


 先入観で勝手に、コルネリオだと思い込んでいたことに、ジェシーは気がついた。別人となれば、セレナの現状の見方も変わってくる。


「まぁ、予想通りコルネリオ・ルメイルだったんだけど」

「何よ。驚かせないでちょうだい」


 いつもの調子でロニを叩こうと手を伸ばした。しかし、ベッドの上からでは、いくら伸ばしても届かず、代わりにその手をロニが掴み、ゆっくりと下ろした。


「驚くのはこれからだよ。三日前までは領地にいたんだから。つまり、セレナとの接点が見つからないってことなんだ」

「えっと、それは面識がないって言うこと?」

「それ以前も領地から出た痕跡がないからね。映像を裏付ける証拠もある。これはもう、面識がないとしか言えないよ」


 だからあの時、ユルーゲルが可笑しいと言ったのね。


「で、でも……。回帰前の二人は婚約を結んでいたのよ。ランベールと破棄した後。タイミング的に、すでに知り合いだった可能性が高いんじゃないかしら」


 そうでなければ、どうしてあの日二人は一緒にいたというの? その説明がつかない。


「……こう考えてみるのはどうかな。回帰魔法を依頼したのがランベールじゃなくて、セレナだったんじゃないかって」

「セレナなら、コルネリオを首都に呼んだとしても可笑しくはない、から?」


 ルメイル侯爵家が警戒しているのは、教会であり、ゾド公爵家である。その令嬢であるセレナの招集を拒めるだろうか。理由も、一令嬢いちれいじょうの我が儘で済ませることもできる。


「うん。現にユルーゲルはセレナからの依頼だったら断らないと言っていた。それに……ジェシーを殺そうとしたのは、コルネリオだったからね」

「え?」


 見ず知らずの相手から命を狙われることは、四大公爵家に生まれたジェシーにはよくある出来事だった。

 けれど、腑に落ちない。もし、ロニの言う通り、回帰魔法を依頼したのがセレナだとしたら、どうしてコルネリオがジェシーを殺そうとしたのか。


 セレナに言われて? それとも……いやその前に確認しないと。


「それは本当に、コルネリオだったの?」


 そう尋ねたジェシーの顔は青く、ロニは視線を外し、返答に躊躇ためらった。

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