第30話 警告

 ジェシーは別荘からの帰り道、馬車に揺られながら、ユルーゲルとの会話を思い出していた。



「やっぱり、王のご落胤らくいんのことだったのね」

「分かっていて、私に頼んだのではないのですか?」

「確証がなかっただけよ」


 ジェシーはユルーゲルに、シモンからご落胤に関する暗号を受け取ったこと。回帰前に第二王子がいたこと。その者がセレナの新たな婚約者になったことまで話した。


「ヘザーからの報告だと、王子……ランベールの誕生日パーティーで、セレナと第二王子と思われる男が一緒にいたようなの」

「可笑しいですね」

「どこが? セレナと第二王子がすでに恋人同士なら、あり得ないことではないでしょう」

「その前提が可笑しいんですよ」


 ユルーゲルが何を言いたいのか分からず、ジェシーは首を傾げた。


「第二王子……いえ、コルネリオ・ルメイルを調べるのに当たって、侯爵家にある魔導具を設置したんです」

「あまり聞きたくないけど、それは何の魔導具なの?」

「数週間ほど過去を記録する魔導具です」


 相変わらず変な魔導具を作るわね。一体何の需要があるというの?


「それは貴方が自主的に作った物かしら」

「いえ、ソマイア公爵様から依頼されて……」


 そこまで言ってから、ようやくユルーゲルは事の次第に気がついた。


「いつ? いつ依頼されて?」

「ずっと前のことです。発掘した後、何者かに荒らされた跡があり、それを突き止めたいから、と仰られて……」


 なるほど。つまり、私の不審な行動に対するものではないということなのね。と胸を撫で下ろしたが、ユルーゲルの次の言葉で、撤回した。


「公爵様も喜んで下さったので、それを機に回帰魔法の研究をし始めたんです。もっと大規模にしたら面白いかと思いまして……」

「私からもお願いがあるのだけれど、いいかしら」


 ジェシーはテーブルの上にある本を手に持って、立ち上がった。笑顔で見下ろす姿に、ユルーゲルは顔を引きつらせる。


「一体、何を……」

「大人しく殴られなさい」

「え? 何でですか~!」


 そんな一悶着があった。



「まぁ、そもそも原因の一端をユルーゲルが担っていたんだから、きっかけとなるものがあったとしても可笑しくはないのよね。でもそれがお父様だなんて、誰が思うのよ!」


 ここが馬車の中じゃなければ、暴れていたわ。


 ジェシーは両手を上にあげて、体を伸ばした途端、馬車が大きく揺れた。そして、乱暴に停車する。


 別荘から出てそんなに時間は経っていなかった。せいぜい一時間くらいである。邸宅に着くまで停車しなければならないのは、首都の検問だけだ。

 ジェシーは、御者のいる反対側の席へ移動した。


「どうしたの?」「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 御者の叫び声にジェシーの声は掻き消された。しかし、御者を襲った者の耳にはしっかり届いていたのだろう。間髪入れず、馬車に剣を刺し込まれた。


 中にいたジェシーの位置を声で予想したのか、剣が左腕を掠める。服が破れ、短い赤い線が腕に刻まれた。


 うっ、と言いそうになった口を右手で覆う。


 襲撃!? 一体、誰の? いや、今はそんなことより、ここを上手く切り抜ける算段をしないと。


 しかし、馬車の外の襲撃犯は何人か、武器は剣だけなのか、それが分からずジェシーは不用意に動けなかった。


 魔法と魔導具だけで対処できるかしら。


 先ほど剣が刺さった場所を見て、下唇を噛んだ。魔術師にとって、接近戦は不利だった。しかし、ここでじっとしていても、戦況は悪くなるだけ。


 なら、取るべき行動は一つ。肉を切らせて骨を断つ!


「ネビュラス」


 ジェシーは先手必勝と扉に手をかざし、小さく唱えた。

 すると、馬車の中は視界が悪くなるほどの霧で覆われた。そして、その霧は扉を伝い、外へ漏れ出す。先ほど開いた穴も相まって、さらに霧は外へ外へと向かっていく。


「何だ!?」「おい! 気を抜くな」「これは魔法だ」


 さすがは襲撃犯。相手が魔術師であることを知っているのだ。


 つまり、人違いという線はないのね。馬車にはソマイア公爵家の紋章が付けられているから、私以外という可能性もあるけど。


 ジェシーはそっと扉を開け、広範囲に魔法陣を展開して人数を確認した。相手は三人。


 これくらいなら、と馬車から出て再び魔法陣を展開させた。先ほどとは違い、自身を中心としたものではなく、居場所を確認した相手の下に。

 そしてジェシーは、ローブに付いている魔導具に手をかける。


「アイスニードル!」


 霧で視界が悪いが、襲撃犯は先ほどの魔法陣で身動きを取れなくしておいた。そこに、ジェシーは両端が尖った氷の塊を大量に打つ。


 ジェシーの持っている魔導具は、身を守る物と魔力を増幅させる物のみ。ローブに付いている魔導具は後者だった。


「これくらいやれば大丈夫でしょう」

「魔法を打つ前に、確認することをお勧めするよ」

「!」


 驚いた時にはもう遅かった。一気に距離を詰めてきた襲撃犯に脇腹を刺された。

 僅かにずれたのは霧のお陰だろう。恐らく先ほどの氷魔法で、ジェシーの位置を特定し、攻撃を仕掛けてきたのだ。


 傷の位置は急所ではなかったが、ジェシーにとっては致命傷とも言えるほど深い傷だった。

 早く次の行動に移らなければならない状況なのに、動くことすらできない。それは魔術師である前に、一介の令嬢でもある証だった。

 経験したことのない痛みと、死に直面する恐怖が同時に襲い、動機が止まらなかった。


 その間、襲撃犯は何もせずに様子を窺っていた。反撃されることを警戒したのだろう。けれど、それがないと分かると、ジェシーの体から剣を抜いた。


 どうやら襲撃犯は、どうしてあの攻撃を躱したのか、種明かしをしてくれるほど、親切ではないらしい。そして反応を見る限り、標的はジェシーで間違いないようだった。


「何もしなければ、ここまでするつもりはなかった」


 地面に崩れ落ちたジェシーを見据え、襲撃犯はもう一度剣を向ける。声に後悔の念はない。


「だから悪く思うなよ」


 そう言って、ジェシーの首を目掛けて、勢い良く剣を振るった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る