第17話 探訪する騎士(ロニ視点)

 宣言通り、ロニは王城に来たわけだが、サイラスの諜報員たちが言うほどの違和感はなかった。いや、変だと言っていたのは王子宮であって王城全体ではない。


 つまりそこだけ、ということか。


 門を出入りする馬車の数、王城に入っていく貴族や侍従、侍女たちを見ていても、何ら変化は見られない。よく見る王城の風景そのままだった。


 しかし、諜報員たちの勘は侮れない。王城に用がある振りをして、王子宮まで足を運んでみるしかないな。


 ロニは入口を警備する衛兵に挨拶をしながら、王城の中へと進んだ。


 入口付近の通路に足を踏み入れた途端、色鮮やかな光に包まれる。

 細長い大きな窓が、両サイドの端から端まで設置され、その全てが青と黄色、緑であしらわれたステンドグラスだった。


 これは、歴代ゾド出身の王妃が、教会の力を国内の貴族に知らしめるために、このような通路を作ったと言われている。


 しかしこれを見たロニからすれば、別の意味にも取れてしまう。思わずジェシーを誘えば良かったと、後悔してしまったからだ。


 ソマイア家が魔塔を抱えていることは即ち、彼らもまた魔術師の家系なのだ。

 故に、教会と魔塔が不和であることが、ソマイア家にも直結してしまい、ジェシーは教会に足を踏み込むことが許されない立場だった。


 恐らく、歴代王妃の中に、今のロニのような人物がいて、このような通路を作ったのかもしれない。ふと、そう思えた。


 仲が悪くとも、芸術を愛でる気持ちは皆同じだからだ。


「そう言っても、危ないかもしれないところに、わざわざ来させたくないし」


 かと言って、国外追放された後に、ジェシーが教会に入れる確率は、極めて低い。


 あまり時間がないことを思い出したロニは、早々に通り抜けた。


 そして、行きつく王子宮。


 王城に入った時のように、入口にいる衛兵に片手を上げて挨拶をする。が、距離があるからなのか、何もアクションが返ってこない。


 王城を警備する衛兵たちは、民間の兵士も含め、どれもマーシェル公爵家の傘下の騎士団に所属している。

 それ以外にも、定期的な王城での訓練には、ロニも度々参加していたため、末端であっても顔を知っているはずである。

 いや、それどころか、配置換えをしていないのだから、以前のように返ってきても可笑しくはなかった。


 念のため、ロニは衛兵に近づき、声をかける。


「王子が戻ったと聞いたんだが、面会は可能か?」

「申し訳ありません。誰にもお会いしたくないと、言われていますのでご遠慮下さい」


 確認することもなく、一蹴された。が、戻っているのは、本当のようだ。


「そうか。俺が手合わせしたい、と伝えてくれるか」

「分かりました」


 そう言ったきり、口を噤まれ、雑談する気はないと意思表示されてしまった。確かに、職務中なのだから、仕方がない。けれど、態度から返答まで、事務的なのが引っかかった。


 これが、諜報員たちの言う“変”ということか。


 ロニは門前払いを食らってしまった、というあからさまな態度をして、王子宮を後にした。こっちも深入りは禁物だと思えたからだ。


 次に庭園へと向かう。が、辿り着く前に、ある人物に出会ってしまった。


「奇遇ですね、ロニ様。どちらに行かれるんですか? 訓練場は正反対ですよ」


 王子ことランベールの側近の一人、シモン・カルウェルである。


「せっかく王城に来たから、見回りも兼ねて散策していたんだ。何せ、王城の警備の総責任者は父上だからな」

「そうでしたか。では、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」


 聞きたいのはこっちの方だ、と思ったが、何をシモンが聞きたいのか気になり、頷いてみせた。


「レイニスを見かけませんでしたか?」

「いや、見ていないな」


 嘘ではない。何処にいるかは知っているが、王城では見ていないのだから。


「用があるのなら、見かけたら伝えておくが」

「そうですね。戻ってくるように。ただ一言、そう伝えて貰えれば結構です」

「分かった」


 敢えて、“何処に”とは言わないんだな。いや、それで通じる、ということか。これは、早々に合流した方がいいのかもしれない。


「ありがとうございます。それでは、失礼します」


 そう言ってシモンは一礼した。が、その場から動く様子はなかったため、ロニの方から離れざるを得なかった。庭園ではなく、王城に向かって。


 仮に、ロニが庭園の方へ足を向けていたら、シモンは何らかのアクションをしてくるのだろうか。そんな予感とともに、きな臭さが拭えなかった。



 ***



 こんな時に、小型の通信魔導具があれば良かったのに。


 思わず数日前、ソマイア邸で聞いたジェシーとユルーゲルの会話が脳裏に浮かんだ。


 首都の街中で、たった一人を見つけることは難しい。

 事前に、どこを寄るか聞いておいても、女性陣の買い物は当てにならない。護衛も一人のみ。馬車での買い物ではないため、目印もない。


 さて、どうしたものか。ソマイア邸まで馬車で行き、そこから足早に、女性が興味を示しそうな洋服屋、雑貨屋を覗いて回る。


 すると、前方に見えるオープンカフェで、お茶をしている赤毛の女性が目に入った。


「お一人ですか?」

「いえ、連れが、ってロニ!?」


 驚いた顔の後、すぐに待っていたかのようなジェシーの表情に安堵した。そしてロニは、向かい側の椅子に座る。


「二人は?」

「あそこの出店にいるわ。ここはケーキしかないから、レイニスにはちょっとね。だから、あぁしているの」


 なるほど。確かに、女性向けのカフェだと、レイニスみたいにあまり縁のない人間には難しいか。


「ロニは昼食終えてきたの? まだなら、行ってきてもいいわよ」

「いや、俺は屋敷に戻ってからでいいよ」


 あからさまに、何を言っているの? とジェシーの顔に書いてあった。


「大事な話があるんだ。だから……っ」


 そう言った途端、ジェシーがロニの頬をつねった。


「ジェ、ジェシー?」

「控えてって言ったわよね」

「いや、これは本当に大事な話だから」


 つねられた所を摩りながら、ロニはジェシーの疑いの眼差しを受け止めた。


「ここでは言えないほどのこと?」

「うん。だから、一緒に来てほしい」

「……分かったわ」


 ジェシーは返事をした後、視線を別の方へ向ける。それを追うと、コリンヌとレイニスが立っていた。二人とも緊張した面持ちだった。


「ロニ様も、何か召し上がりますか?」

「いや、それよりも急用ができたから、ジェシーを連れて行くがいいか?」

「はい。構いません」


 ジェシーがコリンヌに言伝をしてくれたのか、レイニスがロニの相手をしていた。一応、挨拶も含めてコリンヌに微笑んで見せたが、レイニスの後ろに隠れてしまった。


 ここでさらに近づいたら、変に思われるか。


 そう思ったロニはおもむろに立ち上がる。そして、レイニスに一歩だけ近づいた。ジェシーに聞こえないくらいの声で伝える。


「王城でシモンに会った。『戻ってくるように』だそうだ」


 ロニは見逃さなかった。そのたった一言に、レイニスの肩がほんの少し跳ね上がったのを。しかし、すぐに冷静さを取り戻す。


「私も、ロニ様に伝えたいことがあります」


 そう前置きをした後、レイニスはロニの耳元に近づいて、そっと言った。


「ジェシー様に、何かプレゼントをした方がよろしいかと。先ほど、紫色のヘアピンを手に取って見ていらしたので」

「買ったのか?」

「いえ、物欲しげではありましたが、購入されませんでした」


 それだけで、レイニスが何を言いたいのか分かった。紫は、俺の目の色だったからだ。


 これでグウェイン嬢への攻撃はやめてくれ、ということか。まぁ、いいだろう。


「グウェイン嬢に伝えてくれるか、“これ”でチャラにしておくよって」

「っ! ありがとうございます」


 念のため、ジェシーの方を見て言ったことで、レイニスには十分通じたようだった。


「それじゃ行こうか。ジェシー」


 そう言って、ロニはジェシーに手を差し出した。

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