第6話 疑惑の魔術師

 時刻は、ちょうど十時。

 応接室に入ってすぐに、暖炉の上の時計を確認した。


「ミゼルがちゃんと連絡してくれたようね」

「そのミゼル嬢からの連絡が心臓に悪いので、別の方法を考えていただけないでしょうか」


 魔法に関しては天才的な男が、何を弱気なことを言っているのかしら。


 そうジェシーは思いながら、改めて応接室を見渡した。

 応接室とはそもそも、お客様を迎える部屋のことを言うのだが、ここの応接室は名ばかりの部屋に見えてしまうことだろう。


 それは、四大公爵家とは思えない質素な物が、多く置かれているせいかもしれない。よく言えば、アンティークの品々が飾られている。


 しかし、そのどれもが魔導具の類いの物だった。


 我が邸宅の応接室では、国内外の調査報告を受けたり、研究成果の品評や論評をしたりするため、盗聴・録音防止の魔導具が設置されていた。それをジェシーは確認したのである。


 恐らく、ローブをまとった青い髪の男、ユルーゲル・レニンはそれが分かっているに違いない。挨拶もなしに、そう切り出したのが、その証拠だった。


「そう思うのなら、貴方がその手段を作ってもらえないかしら」


 ジェシーがユルーゲルに近づくと、向かい側に座っていたロニが立ち上がり、手を差し出す。


 こうされると、ジェシーはその手を受け取らないわけにはいかなくなる。何故なら、ロニに恥をかかせたくはないからだ。


 そして、そのままロニの隣に腰を下ろした。


「……具体的にはどのような?」


 そう聞きながら、ユルーゲルも椅子に座る。


「そうね。通信魔導具のように顔を見せない物がいいわ。できれば、声だけでやり取りする物が望ましいわね」

「もしや、火急の要件ですか?」

「えぇ。ちょっと必要になってしまったのよ」


 ジェシーは、ユルーゲルに昨夜のパーティー会場での出来事を話した。


「なるほど。確かに王子のことを調べるのに、グウェイン嬢ほど最適な人物はいないですからね。しかし、さすがはジェシー様。グウェイン嬢さえも手駒にしてしまうとは」


 なんて恐ろしいお方だ、と聞こえたような気がしたが、敢えて無視した。


「その連絡手段として妥当な魔導具がないのよ。私は、魔法は使えるけど、魔導具を作るのは苦手だから」

「お任せください。そちらの方面は得意分野ですから、早急にご用意できると思います」

「ありがとう。それとは別に、貴方に聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら」


 そう言って、ジェシーは微笑んで見せた。一瞬真顔になるユルーゲルの返答を待つことなく、話し始める。


「貴方を今日呼んだのは、魔導具の依頼ではないの。だけど、魔法に関する事よ、恐らくは」

「それは、明確に分かっているわけではない、ということですか?」

「えぇ。実は回帰したみたいなの、五年前に」

「か、回帰……ですか……?」


 ユルーゲルからすれば、予期できない話だったのだろう。驚いた後、顎に手を触れ、何か思案していた。


「もしや、それを私がやった、とお疑いで?」

「そう思う、ということは、心当たりがあるのね」

「いえ、いいえ。私を呼んだことを考えれば、自然とそう思うのは当たり前ではないでしょうか?」


 ジェシーの質問に、両手を前に出して必死に否定する。


「それじゃ、犯人は貴方ではないのかしら」


 今度はジェシーが、顎に手を乗せて考え込んだ。すると、ユルーゲルは俯き、両手を組んでそっと言った。


「……完全に、否定はできません」

「どういうことだ」


 会話に参加していなかったロニに問われ、ユルーゲルは顔を上げる。


「ここ最近、その研究をし始めたばかりだからです。五年後であれば、回帰魔法が完成していたとしても、可笑しくはないかと……」

「けれど、貴方にはその記憶がない、というわけね」

「はい。そのため、思いつくことが二つあります。一つ目は、魔法を使った本人は回帰できないこと。二つ目は、誰かに依頼されたことです」

「それはつまり、完成した魔法を無闇に使用したりしない、と言いたいのかしら」


 ユルーゲルは胸に手を当てて、頷いて見せた。


「だが、誰に依頼されたかも分からないんだろう。記憶がないんだから」

「そこを突かれると困ってしまいます。けれど、その可能性が一番高いんです」

「依頼……誰が……」


 したのか。まずは、そこになるわね。


「ジェシー?」

「ロニは誰が依頼したと思う?」

「……五年前と、違う行動した人物が、怪しいだろうな」


 違う行動と言ったら、まず思い浮かぶのは……。


「王子とセレナ、かしら。昨夜のパーティーでセレナは、王子に婚約破棄をされるのに、一緒に行方を眩ませたのだから」

「だから、グウェイン嬢に王子の動向を探らせたのか?」

「ううん。それによって私たち、国外追放されたでしょう。だから――……」

「こ、国外追放!?」


 突然、ユルーゲルが大きな声を出して立ち上がった。


 それもそうか。婚約破棄されたのはセレナなのに、私が国外追放されるなんて、思わないだろうから。


「わ、私は、ジェシー様を国外追放するような男の言うことなど、聞きはしません!」

「そう? なら、セレナの方かしら」


 ジェシーが驚いた顔をすると、ユルーゲルはばつが悪そうに、椅子に座った。


「……セレナ様の依頼なら、恐らくは断らないでしょう」

「何故?」

「次の研究テーマが聖女の力に関することですから、五年後に依頼していても可笑しくない、と思ったからです」


 聖女の力、というと、神聖力のことか。魔力とは正反対の力を研究するとは、さすが天才魔術師というべきか。


「グウェイン嬢に王子の様子を探らせながら、セレナにそれとなく聞くのはどうかな」

「そうね。でも、ゾド家は教会と繋がっているから、行き辛いのよね」


 聖女の生家と姻戚関係にあるゾド公爵家もまた、教会と深い繋がりがある。

 神聖力を有する者たちの集合体と言っても過言ではない教会と、その正反対の魔力を有する魔術師たちの塔を管理するソマイア家は、相性が悪かった。いや、仲が悪いと言ってもいい。


「分かった。そっちはサイラスに頼もう」


 ロニの言葉に、ジェシーは口角を上げた。


「そうね。すでにセレナの行方を捜して貰っているから、任せてしまいましょう。頼れる兄貴分だもの。聞いてくれるわよね、きっと」

「あぁ」


 そう言い合う二人を、ユルーゲルは複雑な顔で見ていた。

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