〈立法〉を使ってみるんじゃ!

 肥った男を利用して、〈能力〉の実験をすることにした。女神に聞かされた話を整理すると、


〈立法〉場の者に平等かつ可能な法を制定する。

 ①立法者の意思により〈立法〉は発動する。

 ②法の制定、廃止、制定失敗は場の者に告知される。

 ③平等性の判定は形式的になされる。

 ④場から離脱すれば法は失効する。失効は告知されない。


 能力名が〈立法〉であるからには、何らかのルールを定める力であることは察せられた。そこで、能力の発動を「意思」しながら、適当なルールを口にしてみた。


「挙手しなければならない」


 すると、私の台詞とほぼ同時に、脳内に情報を直接入力されるあの感覚があり、


 ──法が制定されました。

 ──挙手しなければならない。


 私の右腕が独りでに動き、私は挙手していた。肥った男も同様に挙手していた。


「おっちゃん。死にたくなかったら、正直に答えてな。自分の意思で挙手したん?」

「……いや、急に変な声が聞こえて、腕が勝手に上がった……」


 私の挙手は右手だったが、肥った男の挙手は短刀を握っている左手だった。左右を指定せず法を制定したために、各々が利き手を挙げたのかも知れない。男の言う「変な声」とは、恐らく私も感じた「脳内に情報を直接入力される感覚」のことだろう。とすれば、女神の言う「法の制定~は場の者に告知される」とは、換言すれば、「法による制約を受ける者は全員、法の情報を脳内に直接入力される」ことを意味する。要するに、法の不知を利用して敵を陥れる戦略は立てられない。


 私も男も、挙手しっ放しで、腕を下ろすことができない。いくら力んでも、腕は強靭な針金で雁字絡めにされたようにびくともしなかった。


 次に、「廃止」を試すことした。今度は口には出さず、先に定めた「挙手しなければならない」というルールを廃止しようと試みた。


 ──次の法が廃止されました。

 ──挙手しなければならない。


 硬直が解けて、私と男の腕が下がった。


「おっちゃん、『変な声』は聞こえた?」

「……聞こえた」

「何て聞こえた?」

「『次の法が廃止されました。挙手しなければならない』。その瞬間、腕を下げられるようになった……」

「おっけー」


 わざわざ発語せずとも、心の中で思うだけで、法の制定ないし廃止はできるらしい。とはいえ、発語とほぼ同時に「告知」されるので、殊更に発語を避ける戦略上の実益は乏しい。


 次は、敢えて制定できなさそうな法を制定しようとしてみた。


 ──次の法の制定に失敗しました。

 ──男は、挙手しなければならない。

 ──不平等な法は制定できません。


 予想通りだった。男だけが挙手を強いられる法は「平等」ではないから、制定できない。制定の失敗には何らかのペナルティを伴うのではないかとひやひやしたが、何も起こらなかった。時間差でこれを課される可能性も一応は否定できないが、あらゆる可能性を危惧していては〈能力〉の実験などできないし、多分この世界では、自らの〈能力〉への無理解は、もっと致命的なリスクを招きかねない。リスクを取らないことこそが最大のリスクだ。どんどん実験を進めていこう。


 ──次の法の制定に失敗しました。

 ──武器を所持してはならない。

 ──不平等な法は制定できません。


 男が短刀を握っていることに着目し法の制定を試みた。男だけを対象とした法ではないので、或は制定できるかと思われたが、失敗に終わった。そこで、痩せた方の男が所持していた短刀が道に転がっていたので、これを拾い上げてから、再度試した。


 ──法が制定されました。

 ──武器を所持してはならない。


 短刀を握る右手が勝手に脱力し、短刀を手放した。男も同様に短刀を落としていた。念の為、自分の意思で短刀を手放したのかと男に問い、勝手に手が動いたとの回答を得た。


 前二つの実験から理解できるのは、同じ法であっても、状況によって制定の成否が変動するということだ。一度目の制定を試みた際は、男のみが短刀を所持しており、私は武器になりそうなものを何ら所持していなかったので、法は「不平等」と判定され失敗した。二度目では、私も男も共に短刀を握っていたので、同じ法であっても「平等」と判定され、制定に成功した。


 よし、次の実験に進もう。


 ──次の法が廃止されました。

 ──武器を所持してはならない。


 ──法が制定されました。

 ──短刀を拾った者は、指の骨が粉々に砕ける。


 物騒な法が告知され、男は顔をひきつらせているところ、大変申し訳ないが、


「おっちゃん! 短刀を拾ってみて?」

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