第40話 

再び来るものと礼文島へ


「けしからん!」


夜の帷も落ちた頃に利尻登山から無事?に下山してきた薫の前で寛いでいたのは太郎だった。

ハーレム状態で食事をしていた太郎への第一声がコレである。

「何がよ!?」

事情も知らない太郎であった。


「美味!美味!」

今は夜も更けて、薫は太郎の焼肉のご相伴にあやかっている。

薫の無謀な冒険話を聴いた太郎のせめてもの気持ち。との事である。

「で、こんな時間のご帰宅なの?」

やれやれ、と言った様子の太郎と、一緒にいた女性二人も苦笑い気味だ。

「でも、たまたまライトを持っていて良かったじゃん!」

そう言いながら手にしたパックの日本酒を直接飲んだのは、黒縁メガネが良く似合う黒髪ロングの女性。キクさん。20歳前後に見えるがかなりの童顔なのとお酒の呑みっぷりから見てもう少し上なのかもしれない。

もう一人は大柄な外国人女性。身長は180cm近くて薫よりも高いジェニスさん。

ガッチリとした身体つきでスポーツ選手の様な印象だ。ポッチャリとしてはいるが綺麗な金髪ロングと相まってかなりの美人さんのスウェーデン人である。

少しは日本語が話せる様で、今も

「オーウ!コウコウセイ。キュート!カワイイネェ。」

などと言っている。


薫は太郎の焼き肉を食しながら、今日の登山の経緯をやんわりと説明していた。

ヘトヘトながらお風呂に入りたかった薫が、フラフラと近くの保養所へFZで向かったところで、太郎が好意で肉を買って来てくれていた。

薫は薫で残りの袋麺を夕食にと思っていたので、棚ぼたで焼き肉を頂けたので太郎には感謝しかない。

そんな訳で今日の夕飯は米抜きだ。肉のみを食す!


一緒に食卓を囲んでいるキクとジェニスは利尻島へのフェリーで出会い、目的地がキャンプ場だったために何となく一緒の夕食となったとの事で。

キクは静岡の浜名湖からディグリーで来た26歳。上がったり下がったりと気分屋な感じだが、北海道歴は長いらしく色々と詳しいお酒好きな女性だ。

確かに彼女の羽織っているピンクのジャケットは、薫が見ても元々は赤だったのではないかと思う程年季が入っている。

今回は利尻と礼文を見に来たついでに、礼文島でバイトをしている知り合いに会うと言う。

ジェニスは徒歩で山登りにやって来た留学中の大学生21歳。まぁ当然の様に今日薫が登って来た利尻山に登る。

因みにここまでは、太郎が荷物をキャンプ場に置いてから迎えに行った。ジェニスは歩いて来るつもりだったらしい。

フェリーターミナルから此処、北麓キャンプ場までは登り坂で程々の距離が有るのだが、登山を嗜む彼女には大した距離ではない様だ。


話しながらも、薫は結構な量の牛肉サガリを殆ど一人で完食してしまった。

他の3人は薫が下山して来る前に食事を済ませていたらしく、少々摘む程度だ。

「あぁぁぁぁ!美味しかった。ご馳走様でした。」

「凄い食べっぷりだなぁ。少し多いかと思ってたんだけど…。」

太郎は綺麗に無くなった肉に、目を白黒させた。

「ありがとうございました。美味しく頂かせてもらいました。」

「いやいや!大した額じゃないし、面白い話も聞けたしね。」

お礼を言う薫に、太郎は傍にある小さな瓶から透明な液体をシェラカップに注ぎながらニコニコと笑う。その顔は赤い。

キクのパック酒とは違って、少し高そうな日本酒か焼酎。

薫に提供した肉だって、離島価格で結構お高い物だと薫も知っている。

網走で借りたカヤックにしたって、学生の薫では目が飛び出る程の金額だろう。

薫の中古のFZよりも高いかもしれない。

金回りの良い方なのだろうか?

敢えては聞かないが、長期北海道滞在者に多い退職旅行者では無く、今も仕事をしている方なのかもしれない。

薫は勘ぐってしまうも、太郎の為人を見るに付かず離れずの適度な距離感や、これ迄の行動にも下心の様なものは感じない。

今まで北海道で出会った男性たちは、薫を含めて異性にグイグイ来る者がいなかった。

奥手と言うか。シャイと言うか。

まぁ、北海道にナンパに来ている訳ではないのだし、純粋に北海道ツーリングを楽しんでいるのだろう。一部の例外を除いて!

薫にしたって、北海道での人とのコミュニケーションは嫌いではないし、一人でのキャンプも好きだ。

若干の人見知りを加味しても、割合的にそんな感じだ。

恐らくは太郎も似た者同士なのかもしれない。

(案外気は合うかもしれない。)

響子達や次郎達とは違うものを感じていた。

「アシタワハヤオキネ!モウネマス。」

明日の登山のためそろそろ就寝すると言うジェニスに、薫も同意し寝る事にする。

食事を終え、今日の疲れで激しい睡魔に襲われ始めた薫にはありがたい。もしかしたら薫の様子に気を使ってくれたのかもしれない。

もう少し呑むと言う太郎とキクを残し、今日薫を助けてくれたライトを片手にテントに戻る。

ふと見上げた夜空にはあれ程の星は見られなかった。

手元のライトを消しても大して変わらない。街や街灯も近いし、キャンプ場にも大小様々な灯りがある所為だろう。

此処から幾らも離れていないあの場所で見た満天の星。

あの降って来る様な星だらけの夜空を思い出しつつ、薫はいつの間にか眠りに落ちていた。


小さな物音に薫は自然と目を覚ました。

テント越しに夜明け前の夜空の明るさを感じる。

薫は寝袋から這い出ると、テントのジッパーを半分開けて顔を出した。

予想通り西の空が白々と明かりを帯びている。

夜明けが近い。

カサコソと小さな物音を立てる人物は、隣のテントの前にいた。

小さなライトの灯りの中、大きなバックパックの中に荷物を入れているのはジェニス。登山に必要なのだろう荷物を次々と詰め込んでいく。

「おはようございます。」

「!…オコシテシマイマシタカ。ソーリー。」

薫が声を掛けると、大きな瞳を更に大きく見開くと謝ってきた。

「ううん。ちょうど起きたところだから大丈夫。もう行くの?」

「ハイ。ワタシノボルノスローネ。」

昼頃に登り始めてしまった薫と違って、山登りに慣れたジェニスは流石だ。

「随分と荷物多いのね?」

ジェニスのバックパックは、薫の持って行ったウエストバックが5、6個入ってしまいそうな程大きい。

「イエス!コテージアルキキマシタ。ステイシマス。」

「…コテージ。ステイ?…あぁ。泊まって来るのね。やっぱり朝日を見るの?」

薫は少ない英語スキルを駆使してそう理解した。

「じゃあ、降りて来るのは明日かぁ。」

「イエス。朝日?ライジングミマス。コウコウセイワモウイキマスカ?」

そう言いながら少し寂しそうな顔をする。

「う〜ん。そうだねぇ……」

少し逡巡すると。

「出るのは明日でも良いんだけどなぁ。」

特に予定を立てていない薫にとっては、今日が明日になっても何の問題もない。

「オーゥ!ヤマノピクチャーミセマス。」

「うん!楽しみ!」

素直に喜ぶ二人だったが、ジェニスの表情が不意に陰る。

「!?…どうしたの?」

怪訝に思った薫が尋ねると、予期していなかった答えが返って来た。

「……ハリケーンキテマス。キャンプキケン!シップストップ。」

「…えっ!……嘘でしょ。また台風が来てるの?」

驚いて目を白黒させる。

「ジェニスは大丈夫なの?今から登って?」

台風が迫る中、登山などしていて大丈夫なのだろうか?薫も心配になる。

「オーライ。アメ、カゼワトゥモローナイト。ランチニカエルマス。」

そう言うとバックパックを背負い正面を向き右手を差し出した。

薫は一瞬考えた後、ジェニスの手を力強く握り返した。

「う〜ん。もしかしたら私は今日出てしまうかもしれないけど、気を付けて登って来てね。」

島を一周し、ミルピスも飲んだ。予定外に利尻山にも登れた。景色と天気には当たり外れがあったものの、概ね良い経験が出来たと思う。

此処で台風に見舞われると、数日の停滞を余儀無くされるのかもしれない。

ならば、それは新しい言ったことの無い土地の方が面白いだろう。薫はそう考えていた。

「オーウゥ。ザンネンデス。コウコウセイモ、アンゼンダイイチデスヨ!」

「うん。ジェニスも!」

薫の内では気持ちは決まっている。

名残惜しいが、そうと決まれば別れは済ませておく事にする。

太郎とキクは来たばかりで、どうするかは解らないが薫は今日利尻を出て礼文島に行く事に決めた。

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