第35話

海の幸と目的地


「ふぅ〜い!走った走った!」

お昼過ぎに宗谷に到着した薫は、岬のモニュメントの近くにFZを停車させた。

薫の少し前には大きな石の台座の上に、同じく石で出来た三角錐を2本寄り添えた様な石碑が建っている。

台座の上には日本最北端の地と彫り込まれた石碑が鎮座していた。

宗谷岬は道北に来たら寄らずにはいられない場所だろう。と言うより天に向かってとんがったこのモニュメント位しか見る物も無いと薫は思っていた。

だからと言って見に来ない選択肢は無く、道南だけで終わった初の北海道以外は必ず来てしまう位には魅力があるのだろう。

北海道を代表する風景である事は間違い無い。


「あのぅ。すいませんけど良いですか?」

お約束の写真を一枚、隣の女性オフライダーに撮ってもらうと、空いたお腹を満たす為近くの食事処に入る。

どの店にも雲丹やイクラのてんこ盛り丼が売りの様だが、薫は雲丹もイクラもそんなに好きな訳ではなかったので、蟹や帆立の丼物のある店に入った。

店の中は程々に混み合っていて、皆が想い思いの丼物や定食を食べている中一つ空いていた壁際の席に着いた。

「いらっしゃい。」

薫が席に着くと直ぐにほっそりとしたおばちゃんが水を運んで来る。

「ご注文はお決まり?」

「はい。」

予定通り、蟹、帆立、むき海老などが乗った丼を注文する。

注文を待つ間、何気無く壁に貼られたお品書きに目を向けると、薫が頼んだ丼以外に沢山の定食や丼が並んでいる。

中には雲丹とイクラの丼¥3500の文字が。

「好きだったとしても流石に手を出せない値段ね。」

薫の丼は¥1600。

学生の身分ではそれでも高いと思ってしまうがたまの贅沢と割り切ろう。

「はい。お待ちどう様〜」

そこへ丼と味噌汁を乗せたお盆を手におばちゃんが戻って来た。

薫の前にお盆を置くと、大きな丼から溢れんばかりの海の幸が。

「ライダーにはサービスね!」

ウインクしそうな勢いの笑顔が可愛いおばちゃん。

恐らく丼の大盛りの事だろう。

「良いんですか?ありがとうございます。」

食べ切れるか不安になりながらもお礼を言う。

「良いのよ。また来てね。」

そう言うと厨房へと戻って行く。

丼の上には帆立と蟹と海老が所狭しと乗っかっていて、少しだが雲丹とイクラとイカも乗っている。これもサービスなのかしら?

ありがたく頂く事にする。

「頂きます。」

小さく手を合わせてから割り箸を掴む。

ワサビが乗った小皿にテーブルの上の醤油をかけてかき混ぜ、丼の上にぶっかけた。


丼のお味は想像以上だったと言っておこう。

具材はどれも新鮮で、特に雲丹と海老は絶品だった。

苦手な雲丹を美味しいと感じた薫は、雲丹が高い理由も理解出来たし、海老はプリプリで甘くワサビ醤油とよく合った。

食べ切れないかもと危惧していた薫だったが、気が付けばペロリと完食してしまった。


食事を終えた薫は食後の一休み。宗谷岬のモニュメント裏の石段に腰掛け、日本最北端からの海を眺めていた。

青い空と碧い海、その間に薄らと陸地が見える。

樺太、ロシアのサハリンだ。

戦前は日本人も住んでいた大きな島だ。と言うか大きさは北海道程もある。

響子の話だとフェリーで行けるらしい。行きたいとも言っていたと思うが、向こうの状況もわからないし薫には九割興味の無い話だっただけにうろ覚えである。


「さあてっと!そろそろ行きますか。」

今日の目的地はここから30分程で到着する距離だ。

時刻は1時少し前。早くに出発した事もあり余裕で辿り着きそう。

そんなに慌てる事もないだろう。

薫は相棒のFZに跨るとエンジンをかけた。

ボボッウッボッボッボッボッ!

小気味良いエンジン音に薫の機嫌も良くなる。

「タイミングが良ければ向こうまで行けるかもしれないなぁ。」

小さく呟くとFZを走らせた。

薫の今日の目的地は稚内のフェリーターミナル。

太郎に誘われて行く気ななった場所とは、そう。利尻島と礼文島である。

北海道には奥尻島や天売島、焼尻島と幾つかの島はあるが利尻と礼文には特に行ってみたいと思っていた場所だ。

兄や響子、ザキさんとノブにも色々と聞いていて興味を惹かれていたのもあるし、何より薫自身が降って湧いた機会に行きたくなってしまったのだ。

稚内に着いたタイミングでフェリーに乗れそうなら利尻島まで行ってしまおう。

薫はそう考えていたのだ。


海沿いの長閑な道を特に急ぐでも無く走り30分も掛からずに稚内の市内に入った薫は、何処に寄るでも無く取り敢えずフェリーターミナルにFZを乗りつけた。フェリーの時間の確認のためだ。

受付の時刻表を見てみると、1日三便有る利尻島の鴛泊(オシドマリと読む)港行きの内、お昼の便には間に合わなかったが夕方の便までには大分余裕ある。

「う〜ん。随分と余裕が出来ちゃったねぇ〜」

フェリーの出港まで2時間弱。ターミナルで待つのは長過ぎる。

「んじゃあ、買い物にでも行きますか。」

薫は稚内で必要そうな買い物を済ませる事に決めて、市内のホームセンターやスーパーに向かうのだった。


3時間後、薫は船上にいた。

「ハァ〜!外の方がなんぼかマシかぁ。」

運賃の一番安い2等自由席で寝転がっていたのだが、薫は余り船の揺れに強く無かった。

気分が悪くなる前に表に出てみたのだ。

後30分程で到着する。景色を眺めるうちに到着するだろう。

北海道に来た時に乗った大きなフェリーに比べ小さな船体は時折大きく揺れた。

薫は甲板の手摺りに捕まりながら、遠く水平線を眺めた。

後方には遠くなり始めた北海道が霞掛かって遥か遠くまで続いている。白い軌跡を引きながら進むフェリーの前方には利尻島が大きく見えていた。

フェリーの反対側に行けば礼文島も見えると思うが、行く時まで取っておこう。

海の上に山が浮かんでいる様な利尻島。その姿は薫が想像したよりも大きくて高く感じる。

「いやぁ!大きいねぇ!」

幼い頃に行ったことのある伊豆大島よりも断然に大きい。そのシルエットは海上から生えた富士山の様で流石、利尻富士と呼ばれるだけの事はある。

初めて行く土地。此処ではどんな風景が見れるのだろう?

次第に大きくなって行く利尻島を、薫は輝く瞳で見つめ続けた。

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