第33話
出発と行き先
プカリ……
こんにちは薫です。
私は今、網走湖を漂っています。
コッヘルを拾って鮭に驚いた後、程なくして小屋まで戻った薫であったが。
「もっとゆっくりして来て良いよ。まだ誰も帰ってないし帰って来たら俺も!私も!ってなるんだし。僕はもう乗らないしね。」
と、小屋にいるカヤックの持ち主、太郎に追い返されてしまった。
取り敢えずキャンプ場の中をぶらぶらと周遊した後、なんと無く手持ちぶたさでキャンプ場の向かいにある岬と呼ばれる陸が迫り出した所まで来てしまった。
時折り通り過ぎる漁船の波に揉まれつつ、やっとの思いで辿り着いた岬の突端ではあったが、緑の樹々が生い茂りどうやら人は余り来ない場所の様だ。
岬の向こう側、網走湖の広い方は波が荒くカヤック初心者の薫では敷居が高い。と言うよりも間違いなく転覆しそうだ。
岬を挟んで向こうとこちら側でこうも波の様子が違うとは思わなかった。
海の外洋を思わせるうねる様な湖面の隆起に尻込みした薫は岬の北側、波の穏やかな場所を漂っていたのである。
波も流れもあまり無い凪いだ湖面にプカリと浮かんで岬の様子を観察する。
水位の上がった湖面は通常陸地であったであろう場所まで上がっていて、多くの木々の幹の辺りまで水に浸かっている。背の低い草木は水の中でユラユラと揺れていて、何処から流されて来たのか多くの流木が木々に引っかかっていた。
「此処にも台風の洗礼が…」
本来なら水際にカヤックを着けて上陸も出来たのかも知れないが、とてもでは無いが着岸出来そうな場所は無い。
「流木を渡って行くしか無さそう…」
薫の脳裏にいつか見た大木を川に浮かべて運ぶ筏流しや管流しの様子が浮かんだ。丸太の上に乗り足でクルクル運ぶ職人芸を薫が出来るはずもなく、危険を冒してでも上陸したい訳でも無く、一通り眺めると踵を返す事にする。
風向きが変わればこの辺りの波も荒れてくるかも知れない。
薫は追われる様に真っ直ぐキャンプ場を目指す。
20分程で戻って来たものの、オールを漕ぎ続けた両腕や腹筋がバキバキと音を立てそうな程クタクタだ。
最初に着ていたパーカーは早々に脱ぎ捨て、今はTシャツ姿である。
「あぁぁぁぁ〜………疲れた。」
元あった停泊場所に器用にバックで入れると、薫は久しぶりの陸地に一息入れる。
太郎の言う通り慣れるものだ。
カヤックの隣で大の字に寝転ぶと冷たいコンクリートが心地良い。
「どうだった?直ぐに慣れたっしょ?」
薫の頭の上からちょっこりと太郎が顔を出す。
「すっごく気持ちよかった!」
「…!?」
素直な感想を予想していなかったのか、太郎は顔を白黒させて言葉が出なかった。
その後、次郎や保母さん達騒がしい面々が帰って来て、太郎のカヤックに代わる代わる乗っていたが、石川県達とクズくんが転覆してずぶ濡れになっていた。
お風呂帰りなのに馬鹿なのだろうか?
「て、言う訳で早々に此処を出なくてはならなくなったよ。」
散々と遊び回った連中が落ち着き、遅い昼食中に切り出したのは太郎。
全くの唐突な感じで意味もわからない。
「うん。で、どんな訳で!」
慣れた様子で次郎が返す。
「「懐かしいこの感じ!」」
保母さんとモモが同時に溢す一言。
どうやらこの様子はいつもの事らしく、ツッコム者はいない。
「皆がいない時に役所の人間が来たよ。明日の午後から一時的にキャンプ場を立ち入り禁止にして、水が引いた後も業者を入れて整備をするって。」
「マジ?!」
「遅くても明後日の早朝には撤収してくれって言っていたね。この小屋も施錠するって言っていたね。」
太郎は淡々と言う。
「やっぱりそうなるか〜」
「あぁぁ〜どうしよう?」
「マジか〜どうしろっつうんだ〜!」
それぞれ感想や文句を言う中、薫も一人考えていた。
こうなるであろう事は薄々解ってはいたのだ。
出て行かなければならない事実は変わりようが無い。
意図した出発ではないにしろ、所詮私達はツーリングライダーなのだ。好きな所に行けば良い。
他所のキャンプ場の様子が気になる所ではあるが、今回の台風の進路が南西から来たことを考えると北に向かった方が良いかもしれない。
漠然と北上する事を思い浮かべながら薫は質素な食事を終えた。
明日のために散らかった荷物を纏めながら周囲を見つつ思う、以前は何も無かった古屋の中は雑多な荷物が広がり随分と生活感が溢れている。
マットと寝袋は出しっ放しで全員分が所狭しと小屋の中を占領していた。
古屋の外周面に有る窓際にはグルリとベンチが備わっているのだが、今は皆の調理道具と調味料、少々の食材が並んでいてとてもでは無いが人が座れる状態では無くなっていた。
薫は多少はコンパクトに纏めていた荷物を整理しつつ、皆の行き先を尋ねてみた。
「皆んなは明日、どうするの?」
次郎と保母さんは釧路に行くとの事。釧路の北の鶴居村に無料のキャンプ場が有るらしくそこへ。
なべ君とモモは旭川、比布のライダーハウスへ。
鈴木さんと石川県達は知り合いのいる道南の静内のキャンプ場へ。
太郎は荷物とバイクを取りに中標津の知人の家へ。どうやらスーパーカブはその知人の物だった様だ。
クズ君はめでたくバイト継続の様でキャンプ場からの通いから住み込みに変わるとの事。
それぞれが行く場所を決めているらしい。
「薫ちゃんはどこ行くか決めたの?」
モモが薫の行き先を尋ねて来た。どうやら年下の薫が心配らしくお姉さん風を吹かせて来た。
薫からすれば、一つ二つ程上の年齢の割に頼りない彼女を間違ってもお姉さんと思った事は無い。
「う〜ん。そうねぇ〜北に向かおうかとは思ってるけど、何処に行くかはまだ決めてないかなぁ。」
道東に関しては響子達や今いる連中から聞いて、ある程度の知識はあるが、道北に関しては余り知らない。
「北に行くなら面白い所が有るよ。良い機会だから僕も行くかもしれないけど?」
太郎の提案に薫は瞳を輝かせた。
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