第28話

穏やかな日と迫り来る物


こんにちは薫です。

予報によると今夜遅くから天気が荒れるそうです。

まぁ台風来てますしね。


「本当に台風が来てるのかしら?」

そんな情報とは裏腹に、薫が見上げる呼人の空は青く澄み渡り網走の天気は風は少し強いものの穏やかなものだった。

「天気いいねぇ〜」

そう言いながらやって来たのはピンクのタンクトップ姿のモモ。ナベくんの姿は無く、年がら年中一緒と言う訳ではない様だ。

「おはよう。台風が来てるのに本当良い天気だね。」

「本当!何処か行っちゃったんじゃないのかな?」

髪を少し乱す程度の風だが雲一つも見当たらない。予報も疑いたくなる陽気である。

「直撃したらヤバいのかなぁ?」

モモは少し不安げに、薫の横のベンチに腰掛けた。

「風とか雨とか?」

言いながら呟くモモは心細げだ。

「キャンプ中に台風に遭うのは私も初めて。でも、他のキャンプ場より此処で良かったと思ってる。」

モモの不安は薫にも解るつもりだ。だから薫が思っている事を話す事にした。

「どうして?」

「今なら知り合いもいるし、あれが有るでしょ!」

問いかけるモモに薫は後ろにある物を指差した。

呼人浦キャンプ場の入り口近くにある大きめの小屋。施錠はされていないし、中にはベンチ以外何も無いがコンクリート製の土台の上に建つ木造の結構しっかりとした建物だ。日常では誰も使っていないが時々チャリダーが中にテントを張ったり、雨の日の撤収に使ったりしているだけで、何の用途なのかも分からない。恐らくは以前には管理小屋か何かだったのだろう。

「雨風が酷い様ならあそこに逃げ込めるでしょ。」

そう言いながらモモに笑いかけた。

「…そうだね。あそこなら大丈夫かも。」

「市街も近いからいよいよとなったら街まで直ぐ行けるしね。」

(網走まで行っても確か24時間のファミレスやカラオケボックスの様な物は無かったし、ホテルに泊まる余裕は無いな。)

言いながら薫は思ったがモモには不安を煽るだけだと言わない事にした。

「おはようさん!」

そこへ現れたのは鈴木さん。相変わらず大きなガタイの大男。190cmは有ると思われる。

「おはようございます。」

「おは〜」

「本当に台風、来てんのかね〜?」

同じ感想を持ったらしい。きっと会う人全員が同じ事を思い、同じく問いかけるのだろう。

「このままなら良いんですけどね。」

薫は希望的感想を述べるが、そうはならないであろう事は皆分かっている。テントで生活している皆にも台風は死活問題なのだ。

「午後から荒れ始めるってさ。残念だけど。」

希望はぶち壊された。


「皆んな何処にも行かないなら、カラオケかボーリングでも行かない?」

そう言い出したのは次郎。時刻は正午過ぎ、昼食を食べている時だった。

「いいね〜行こう行こう!」

「カラオケもボーリングも久しぶり!」

「良いんじゃない。」

「皆んなが行くなら俺も行こうかな。」

「俺も行きたい!」

「これから天気が悪くなるのに大丈夫かな?」

保母さんとモモナベくんと石川県の二人は乗り気で鈴木さんだけが否定的だ。

「…私は買い物が有る。カラオケは苦手だから、ボーリングなら後から行こうかしら?」

少し考えてから薫は答えた。

「ふ〜ん。じゃあボーリングで良いかな?薫ちゃんは後から合流で、鈴木君はどうする?」

次郎は行く方向で話を進める。

「…皆んな行くなら、行こっか!」

鈴木さんも行く様だ。

因みに銀ちゃんはお盆ライダーで日程ぎっしりの為、朝早くに旅立っております。

出る間際に薫と連絡先を交換していた。住まいが比較的近いのもあったが今ハマっているジムカーナの練習会に誘いたいとの事。

車のジムカーナは知っていたが、バイクでも出来る事を知って薫が興味を示したからだ。北海道から帰ったらお邪魔すると約束を交わしていたので、あっさりと出て行った銀ちゃんとはまた近々会う事になるだろう。


薫は一人網走の町のホームセンターに来ていた。

台風と聞いて先ず薫が考えたのは、強風でテントのフレームが折れる事。テント生活の中住処が使えなくなるのは皆と同様薫にとっても死活問題である。

そこでフレームが折れたりテント生地やフライシートが裂けた時の補修用品を手に入れておきたいと考えての買い物である。

工事の備品や農業用品、車のメンテナンス品から日用品に至るまで、幅広い品を取り扱っているホームセンターの様々な品を吟味しながら店内を歩き回り使えそうな物を手に取って行く。

最終的に薫が購入したのは、アルミ製の細いパイプと粘着力が強くて防水効果の有りそうな布テープ。裂けた生地を繕える様に丈夫そうな糸と針だった。

転ばぬ先のなんとやら。気にし過ぎな気もするが、安心を1000円程度で買えるなら安いものか?


薫が買い物を済ませホームセンターの外に出ると、空模様が随分と様変わりしていた。

青い空の下を灰色の雲が凄い勢いで流れて行く。雨はまだ降って来ていないが、時折強い風が薫に吹き付けてくる。

乱れた髪を手で押さえながらヘルメットを被り、FZを一路市街へ向ける。緩やかな坂を下り街中に入ると、商店街のアーケードと交差した。いつも薫達が食料品を買いに来るのは此処である。

国道に出ると左折し網走の駅前を通り過ぎて暫く。左手にある小さなボーリング場に到着した。

駐車場の一角を様々なバイクが占領している。薫はその近くにそっとFZを止め、皆のバイクを見てから小さな溜息を吐いた。

薫はボーリングが苦手だ。と言うか何度プレーしても上達する気配が無く早々に諦めたのだ。

女子にしては少し太めの指の所為で重い物しか選べないのもあって、続けてプレーしても疲れてスコアが下がるのみなのだ。

だったらカラオケにしておけばと言う話だし、行かない選択肢もあったのだ。だが苦手な物を差し置いても良いほどに今の連中も気に入り出している自分がいた。

前の連中、響子達とも楽しく過ごしていたが、取り敢えずキャンプをしていた。地元の友人と過ごす様な遊びに興じる事は無かった。北海道ツーリング中にBBQに出掛けたりカラオケやボーリングに誘われるなど考えてもいなかった。

以前であれば煩わしいと思っていたかもしれない、そんな関係が楽しいと感じていた。一人、北海道をバイクで旅して人間関係で楽しく嬉しく思うとは思いもしなかった。


カラオケも苦手だったのでボーリングで妥協したのもある。

案外この子は苦手なものが多い。


ふと空を見上げると、今にも降り出しそうな黒く厚い雲がエラいスピードで移動している。風も一段と強くなった様で、辺りの木々をザワつかせていた。

少しテントが気になったが、まだテントを破壊するほどの強さは無く、小さな枝が大きめに揺れる程度。これぐらいならテントもバイクも大丈夫だと思われる。


少し足取り重くボーリング場に向かう。時間的にもワンゲーム終わる頃。あの連中となら付き合いで苦手なボーリングをするのも悪くない。そう割り切って扉を潜る。


ボーリング場を出て来た時にこの空模様はどうなっているのか?

これから行うボーリングの結果よりもそちらの方が重大で気になるのだが、薫の姿を見付け手を振る友人達に薫も手を上げる。

そう友人。薫は彼らを友人であり仲間だと認識した。

今は台風よりも友人達との遊びに興じよう。

天気の事はその時に考える事にした。

この連中となら何とか上手くやっていけそうな気がする。

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