第26話

ツーリングと海産物


薫達は国道236号線を、車種も排気量もナンバーの地名もバラバラなバイク9台で、列を成して走行中。

薫はその最後尾を皆の走り方を眺めながら走っていた。街中とは違って信号も交差点も少なくて逸れて迷う事は無いとは思うが、これから行く場所は大体把握しているし、最後尾に行き場所を知っている者がいた方が良いと薫が強引に買って出た感じだ。

ツーリングを問わず数台のバイクで走る時に、薫は先頭や中間を嫌う。絶えず前方の状況や仲間が付いて来ているか、信号やトラブルで切れていないか気にしなくてはいけない先頭や、列が信号などで千切れそうな瞬間に行くか行かないか毎回迷う中間に入るより、前の仲間達と時折後方から追い越しを掛けて来る車やバイクだけを気にしていれば良い最後尾が気が楽だ。

況してやそれぞれがソロで北海道に来ているライダー。無理な追い越しや走りはしないだろう。当初、薫はそう思っていた。が、そこはソロ。我の強い者もいれば、流され易い者もいる。走りが上手い者もいれば下手な者もいる。そして注意力散漫な人間も。

先頭を行く次郎のCB400は一定の速度で走っている。可も無く不可もない感じでマイペース。変わりそうな信号でスピードを上げる事もなく落とす事もない。列が千切れても気にしない感じだ。

2、3番手を走っているのは何故かこちらにもいた石川県1号のXRと2号ZZ-Rで、若い男の子な感じでスピードが安定しない。二人で戯れ合いながらフラフラ走っている。彼らは薫よりも先に航空公園キャンプ場を出て旭川経由で呼人浦に来たらしい。走り方と一緒でフラフラしている。高校三年の夏休みを満喫している様で何より。

その後ろを大人しく走っているのは鈴木さん。XJR1200に乗っているが体が大きくてガッチリしているので400に見えてしまう。保母さんの話ではマメで良い人なのだが、若い女の子が大好きらしく気を付けろと言われた。早速先程出身地やこれから何処に向かうのか根掘り葉掘り訊かれたので適当にはぐらかしたところだ。

その後ろには2台が仲良く並んで走っている。CBR250に乗った男の子はナベくん。札幌からロングツーリングで半月程道東をブラついているらしく、その隣のマグナの女の子モモと仲良くしているらしい。モモの方は岐阜から来ていてナベくんに懐いているものの付き合うとかそんな感じでは無く、面倒見の良いお兄さんに色々と御厄介になっている。悪く言うと寄生の類なのかもしれないが、お互いにOKなら良いんじゃない。と保母さん談。でも並んで走るのは如何なものか。

その保母さんはXLR250で薫の2台前をフラフラ走っている。運転が下手っぴなのもあるが、どうも注意力が散漫で道端の気になった物を目で追ってはフラフラしている。今も能取湖の赤く咲き誇るにはまだ早い珊瑚草が、淡く色付いているのを見付けガン見してから振り向いて、銀ちゃんにあそこを見ろとアピールしセンターラインを割りそうになっている。

あれで良く北海道まで来れたものである。

薫の前には出掛けに現れた銀ちゃん。走りは沈着冷静な印象で余裕を見せた大人な走り方だが、薫と同時に保母さんの走り方にいちいちびっくりしている。彼とは話が合いそうである。なんでも保母さんとは静岡の大学の同級でサークルや講義でも知り合いらしく。卒業後は地元の千葉に帰って連絡は取っていなかったらしい。そんな二人が数年後にこんな所で偶然に出会うとは世間は思ったより狭い。二人とも非常に驚いていた。

総勢9人、9台でのツーリングである。

取り敢えず常呂のホクレンでガソリンを入れるところまでは決まっている。薫が以前行ってホタテを購入した店は店内にイートインコーナーがあって焼きホタテや帆立バーガーなる物を食事出来たが、次郎達が言っていた感じではサロマ湖の湖畔で自分で焼いて食べるとの事なのでその店では無理そうだ。

各々食べたい物は持って行く事になっていたので、薫もお米を炊こうと思っている。

そうこうしているうちに常呂のホクレンにが見えて来た。薫のFZは満タン近くまで入っていたので中に入らず歩道の脇に停車させた。次郎も給油は必要無いのか薫の近くの路肩にXRを止めている。

「皆んな買い物はいいのかな?」

「私は飲み物を買いたいかな?すぐそこにセイコマがあったからそこに行きます?」

尋ねて来た次郎にホクレンの数百メートル手前に、今のところ北海道と茨城県でしか見たことのないセイコーマートと言うコンビニのオレンジ色の看板を見掛けたのを思い出し答える。

ガソリンを入れている保母さんは銀ちゃんに運転の事で説教されている様で。

「あれは無いだろう?もっと周りを見ないと危ないし。」

銀ちゃんは先程の保母さんの運転にご立腹な様子。それと言うのも先頭を走る次郎が遅い大型トラックを追い抜いた時の事。保母さんの前までの6台は見通しの良い直線でパス出来たが左のカーブになってしまい、対向車も何も見えない状態で保母さんが前を走るナベくんのCBRに釣られる様に追い抜きを掛けた事の事だろう。

「離れたって置いていかれる訳じゃ無いんだから、安全な所まで待てばいいでしょ?」

「だってさ〜」

諭すように言う銀ちゃんの言葉に、言い訳の様な事を言う。

「地元じゃバイク屋のツーリングに行ってたって言ってたのに、全然じゃないの!」

「ごめんなさい。」

言い訳を言わせずにピシャリ!大人だなぁ。


再び走り始めた薫達9台。先頭を走る次郎は、サロマ湖のだいぶ手前で右のウインカーを点滅させた。林と畑が周囲を取り囲む右への侵入路の少し先に白い大きな山が見える。小さな丘程もあるそれがホタテの貝殻なのだから驚きだ。

このまま直進すれば以前薫がホタテを購入した店だがやはり違う店がある様で、次郎は横道を暫く進んだ大きなホテルの傍のバス停の様な場所に入って停車させた。ホテルの横には平屋の海産物売り場があり、次郎は足取り軽く店に入って行く。店の前にも中にも青いプラの水槽が所狭しと並んでいた。


「皆んな食べたい物買ったらいいんじゃない?」

次郎はそう言いながら水槽の中を物色し始める。

「そうね。おばちゃん!」

保母さんは早速店のおばちゃんにあれこれ聴きながらテンション高めだ。

皆がそれぞれ買い物を始めたので、薫も同様に並んでいる水槽を覗き込む。ホタテやサザエなどの貝類や、車海老、あとは薫には名前のわからない魚が入った水槽を次々に覗き込み考えた。

それぞれがソロライダー。バーベキューをする様な大袈裟な物は誰も持っていない。調理に使う小さなバーナー位が席の山で、薫が持って来たのもSIGGのガソリンバーナーと魚を焼けるアミと米を炊くコッヘルだけだ。生きた魚を捌くことも出来ないし水道もあるかわからない。此処で食べられそうなのはアミで焼いた貝類か魚の干物くらいだろう。

薫はホタテを4枚だけ購入すると、まだ店の中でどれを買うのか吟味中の皆をおいて店を出る。

表にはモモと銀ちゃんと鈴木さんが買い物を終えてバイクの側で話し込んでいる。店の様子を見るにまだ時間がかかりそう。薫もその中に混じる事にする。

「銀ちゃんさんと鈴木さんは何してる人なの?」

どうやら二人の日常を尋ねている様である。

「俺は家が農家だから、後継ぐ前の一休みってところかな〜嫁探しだ!っつって飛び出て来た。」

鈴木さんの女好きには理由があった様で驚きだ。親との約束を守ってなのか、根っからのものなのか定かでは無いが、保母さんの話と薫に声を掛けて来た様子から後者ではなかろうか。

「ふうん。それで見つかったの?」

「いや…まだ。」

鈴木さんは大きな体を窄めて申し訳無さそうに呟く。モモに対して恐縮する必要は無いのだが、そこが鈴木さんの性格なのだろう。初対面の女性の対応を見直せば直ぐに彼女くらい出来そうなのだが。

「んじゃあ、銀ちゃんさんは?」

そう促されると、少し考えてから話し始める銀ちゃん。

「SEだよ。お盆休みに有給付けて来たから帰る日は決まってるんだよね。」

そう言いながら、店の中で買い物を続ける者共に何だか暖かい目線を向ける。

「!どうしたんですか?」

薫が声を掛けると、思わずバツの悪い顔をする。」

「いやぁ。皆んなが羨ましくてね!2週間なんて短いなっと思っただけだよ。」

確かに普通に働いていれば2週間だって十分に長いのだが、比べる相手が悪すぎる。

「でも、あの中に働いてる人っていないんじゃ無いかしら?私もそうですけど、学生か無職しかいないですよ。多分。」

「そうなの?」

驚いて目を見開く銀ちゃんには、無職で何ヶ月も北海道をぶらぶらしている事が信じられない様だ。

朝に聞いたが、次郎と保母さんは仕事を辞めてから北海道に来たらしい。鈴木さんはさっき聞いた通りで、モモは高校卒業後の花嫁修行という名の無職だし、ナベくんに至っては旅に出た後に辞めたと言っていた。石川県の二人は薫と同じく高校三年の夏休み中。

だから有職者は銀ちゃんだけなのだ。

昔は夏は北海道でトウモロコシ農家で働いて、冬は沖縄でトウキビ農家で働く流れ者が多く居たらしいが、今では少ないのかもしれない。今回のツーリングには来てないが、呼人浦のキャンプ場から女満別の玉ねぎ農家にバイトに行っている者も朝会った。今、正に玉ねぎ畑で働いている事だろう。

そう考えれば、今年、薫が会った多くの人々に次回会えるとは限らないだろう。いつまでも無職では食うに困るし、仕事を始めれば早々休んでばかりもいられない。

薫にだって来年の生活がどうなっているか、なってみないとわからないのだ。

「彼らみたいに生きるのは、なろうと思えばいつでも誰でも出来るけど、そう簡単に誰にも出来る事じゃ無いですよね。」

将来働き始めた薫がどう生きるかはまだ誰にもわからない。だからこの北海道でのキャンプ生活や人との出会いを大事にしたい。

一期一会そう思うのだ。

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