第21話
岩間の林道と薫の油断
薫は後ろ髪を引かれつつFZの所まで戻って来た。
あのアーチ橋の近くまで行きたい!
だが、アクセスが分からないまま行くのはリスクがある。その後岩間の林道へ?今日は無理かな。
「戻ったら奈良君に訊いてみてかな。」
心の中で連泊を決定し、薫はFZを目的の岩間に向ける。
再び走り出して直ぐ、右手にパーキングの様な広い駐車場に入ってみる。看板を見つけ読んでみるが北海道開発局の施設らしい。トイレを使えそうなのでお借りしよう。建物の中には小さな展示スペースがあり写真などが展示されている。どうやら除雪する際の施設の様だ。
糠平の温泉からここまで幌加温泉の入り口らしいものは無かった。奈良君の話では小さな看板があるとの事。岩間の林道入り口はその先すぐらしいので、ここからは見落とさない様ゆっくり進もう。
パーキングを出て程なく、左に入る舗装路を見つけた。入り口の壁面に幌加温泉の看板も確認できた。
更に進むと右手に小さな可愛いダムが有った。先程通った糠平のダムや先日の十勝ダムに比べるとおもちゃの様だが、何かしらの用途があるのだろう。進もう。と、直ぐに左に入る林道を見つけ、薫はFZを林道入り口に止めた。
FZから降りて周囲を確認するが、別段看板や立て札などは無いものの、奈良君曰く、幌加の先で橋の手前にある右カーブの途中の左側。言われたままの感じだ。林道入り口から橋も見える。
此処であろうと確信した薫はこの林道を進む事にする。
フラットなダートが小さな川の脇を右に左に橋を渡って続く。綺麗な橋や真新しい護岸工事の様子に頻繁に人が整備しているようだ。川と林道との高低差はあまり無く崖や谷など危ない所も少なく感じる。
「それでこのフカフカな砂利が無ければね〜」
人の手が入っているという事は、車が走れる様にするという事だ。車が走れない道は林道とは呼ばれず、整備が終わるまで入口を封鎖され、一般人は入る事が出来なくなる。だから、入ってこれたこの林道は走れるという事なのだが、それはあくまで車がだ。
基本凸凹な林道を車高の高い四輪駆動車以外の乗用車で走るのは厳しい。車の腹を擦ったり、スタックしない様平らにしたいが、重機で慣らすよりも砂利を引き詰めてしまった方が簡単だ。
そんな車の為の砂利が、オフ車以外のバイクには走り辛いのだ。接地面積の少ないバイクのタイヤは容易に砂利にめり込みハンドルを重くする。更に車が作った轍や、過減速で出来たカーブ前後の波模様や凹みが重いハンドルを在らぬ方向へ切ろうとする。ハンドルを抑えるのに非常に体力を奪うのだ。
薫もこの砂利ダートが特に苦手で嫌いだった。
幸いにも砂利のダートは補修された周辺の短い距離で、薫でもそんなに苦労せずに通過出来た。
左右を木々は規則正しく並んで生えていて、人が手間隙を掛けて間伐や植林している事がわかる。
林道の脇に停められた車も何台か見かけた。皆、同様に人影は無く、木々の様子と雰囲気から山菜やキノコを採っているのかもしれない。
時間も早いし、平日なのもあって人は余りいないと思っていた薫だったが、そうでもないかもしれない。
何気無くFZを走らせていた薫だったが、対向車や脇から出て来る車もあるかもしれない。先程の車だって躊躇なくバックして来る可能性も有る。
薫は少し緊張し気を引き締めた。
川から少し離れ林の中の小道風な所を越え直ぐにY字の分岐路に辿り着いた。左は橋がありその先から急な上り坂になっている。右手には車が何台も停まっているのが見えた。
「到着かな?」
薫は気にせずに右へ。停まっている車に人影は無い。その先は行き止まりだった。いや。良く見れば山へ分け入っている山道がある。
どうやら石狩岳への登山道の入り口で、駐車してある車は登山者のものの様だ。
薫はUターンして橋に向かい橋の上のコンクリートでFZを止めた。
「マジか?!」
見上げたその先は薫では道の領域。急な登坂路であった。
オフ車に掘られた轍が一本、林道の真ん中をグネグネしている。雨が流れてそれを深く大きくしたに違いない。
「こりゃぁ開陽台所の騒ぎじゃないね!」
左にカーブを描きながら消えて行くその急坂を、薫は暫し無言で見つめた。
轍は深いもののFZのマフラーやオイルクーラーを擦る程ではなさそうだ。開陽台とは違って砂利混じりで曲がっている。スピードを出して行くには薫の技術では無理そうだ。
「……女は度胸!岩間の扉よ開け!」
薫はFZをゆっくり進め始めた。
止まってしまうと出だしにスリップしそうだ。止まらない程度、ゆっくりと進む。両の足は出したまま、一定のスピードを心掛けよう。凸凹と坂道で落ちたスピード分足してやるイメージで。用は大型二輪の一発試験の波状路の要領だ。
左カーブの先は右、左、そして急な右カーブを抜けると急な坂は唐突に終了した。
「やった!やってやったど〜!」
開放感に包まれる薫だったが、帰りの下りの事を考えるとゾッとする。今は忘れよう。
坂から少し走った所に少し開けた場所が有った。川に面していて左に小さいが土手の様にもっこりとした先へ道は続いている。
「ん?!」
終点かと思っていた薫は、少しがっかりしながらFZを続く林道へ向ける。先は見えないが突然道が無くなるはずもない。
薫は気負いもせず何気なくアクセルをふかし気味に小さな土手を乗り越える。
「!」
そう言えば言っていた。奈良君が!
最後に川渡りがあってFZでは無理だろうと!
確かに言っていた。
手前で止めて歩いて川を渡って下さいと!
そして言っていた。
歩いて10分位歩くと丸太橋が有ると!
昨晩の奈良君との会話が、一瞬で薫の頭の中を走馬灯の様に鮮明に甦った。
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