第18話

芋と餅


「こんちは〜」

暑い中テントを貼り終えた薫に声を掛けてきたのは、黒のショーカットの小さな女の人だった。パステルブルーのTシャツに紺のGパン、ビーチサンダルとラフな格好だ。

「こんにちは。」

薫が返すと彼女はニッコリ微笑む。随分と可愛らしい印象だ。

「あっハル!どこか行ってたの?」

横にいた響子もそう返す。

「上に行ってた。これ戦利品!皆んなで食べてね。」

そう言いながら大きなビニール袋を差し出す。

「あっ!どうも。」

思わず差し出された袋を受け取ってしまった。中には大量のジャガイモと、小袋に入ったこれまた大量の小さな餅だった。

「うぉ〜!凄い量だね!」

「どうしたんですか?これ。」

薫と響子は顔を見合わせた。

「餅まきの餅と商品のジャガイモ詰め放題!」

ハルと呼ばれた女性はドヤ顔だ。

「新顔?響子の知り合い?」

「そうそ!前に呼人でね!」

「ふうん。どうも。」

なんだか独特の話し方をする人だな。

「初めまして、薫です。」

「ハル。」

互いに自己紹介をするが、やはり彼女は独特だ。雰囲気も。

「でもこれ随分と有るね。食べ切るの大変そう。」

袋の中身を小さなテーブルに出しながら響子言う。

「それで全部じゃ無い。まだ来る。」

「んっ?!」

「うっそ!」

薫と響子は再び顔を見合わせた。

「皆んなやってた。その三倍以上持って来る。」

「さっ三倍?!」

「マジで?!」

三度見つめ合う二人。ライダーの消費量を超えている。

「おっ薫ちゃんかい?」

そこへ知った声が。

幾人か連れ立って歩き来る中にザキさんが手を振っている。

「ザキさん!ご無沙汰ですね。」

「何?響子に捕まったんか?」

なんか物騒な。

「捕まったちゃ〜捕まった?見付かった?みたいな。」

「まぁ無事で何よりだったじゃないの。」

「はい。まあお互いに?」

「うっうわはっはっはっはっ!そうや!お互い様やで!」

ザキさんは相変わらずの大笑いで、周りも薫も苦笑いだった。


「んで、ほれこれ土産や!」

少し落ち着いてからザキさんと、更に三人がハルが持って来た袋と同じかそれ以上のジャガイモが入った袋を差し出す。

「どうすんのこんなに貰って来て!」

響子がオカン口調で抗議!

「そやかて、詰め放題と言われりゃあ入るだけ詰めるもんやろ。」

ザキさんがそう言うと持って来た他の三人もうんうんと頷く。

「いんや!ダメ!貰ったとこに返しといで!」

あくまでオカンで行くらしい。

「でもさ〜」

「でもさじゃない!おめーら四人はこれが無くなるまで出発禁止じゃ!食い切ってから出て行け!」

「むぐっ…」

「まあまあ。皆んなで協力すればそんなにかからないですよ。多分。」

薫も助け舟を出すが確証は無い。全く無い。

「ってかハルさんだって!ってどこ行った?」

一人がハルも同罪と訴えようとしたが、当の本人の姿はもう無い。

「に、逃げた。」

「マジで?!」

辺りにはもういない。


「取り敢えず茹でるか〜?小さいから一人10はいってもらう計算で、って一番大きい鍋ってこれかよ!」

「だってバイクだもん!」

「俺の長男はそれより小さいですもん。」

ジャガイモを片づける薫の横で、響子達があーでも無いこーでも無い騒いでいる。っとそこにジャガイモを持ってこなかった男の子が大きな真鍮鍋を差し出した。

「これ使って良いですよ。」

「こいつぁ大きい!こんなのバイクで?」

「僕車なんで。」

「ですよね〜」

彼は車で来て此処に混じっているらしい。まぁ響子とザキさん以外は初対面で名前も知らないが、おいおい自己紹介しよう。


そして芋は蒸された。

蒸す前と比べて若干体積が増した気がするが、気のせいではあるまい。

響子のタープの下に皆集まり食べ始めたものの、全く減った様子が無い。にも拘わらずハルは再び芋を蒸し始めているし男性陣は芋よりもお酒に手が伸びがちだ。

薫も響子もマヨネーズをかけたり、胡椒、塩と味変したものの瞬殺した。

「ハルさん、なんでまた茹でてんの?」

薫が尋ねると

「明日の朝ごはん。」

と親指を立てられた。

マジか?


「ねえ、響子。今日って熱気球全く見なかったけど、どうなってんの?」

落ち着いた頃合いで薫は響子に尋ねる。

「朝はぎょうさんおったで!」

答えたのはザキさんだった。

「日によって競技の仕方が変わるらしいね。今日はここから何処かのゴールに向かう感じじゃなかったかな?」

「じゃあ明日は?」

薫の言葉を聞くと響子はニヤリと笑って、

「此処がゴール!沢山の気球が集まって来るはずだよ。明日は此処にいた方が良いものが見れるかもね。」

薫は熱気球を間近で見た事は無い。競技そのもののルールなどはわからないが、青い空から熱気球が現れて次第に大きく迫って来る様を想像し、ワクワクと心を躍らせた。

「それは楽しみですね。」

「期待を裏切る様で済まないんだけど、チョッチ地味なのよね。」

それでも明日、見てみたい。

「大体ね〜此処の人間は朝昼晩と芋を食って貰うわよ!強制的に!出掛けるなんてとんでもない!」

「あははっ…」

二人の前にはハルが作った鍋一杯のマッシュポテトが鎮座している。

「「………。」」

そしてテーブルの下には袋に入ったジャガイモが3袋残っているのだ。

「餅も食べてもらわなきゃ!カビ生えるし。」

響子はもはやヤケ糞気味だ。

それを聞きながら薫は鍋の蓋をそっと閉じた。


朝、薄明るくなって来た頃、薫は不意に目を覚ました。葉の生い茂った木々の影で、テントに朝日は当たらない。再び目を閉じればいつまでも惰眠を謳歌出来そうだ。

遠くでザワザワと物音が聞こえ、車のエンジン音も、こんな時間から出掛ける人間もいるのかと感心半分、呆れ半分で寝袋から這い出す。

テントのジッパーを開けると、朝の涼しい空気が薫の頬を撫でてすっかり目を覚まさせた。

先ほどの物音はせず、朝のキンっとした空気と静けさが清々しい。車は出ていったのだろう辺りには動いている者の気配はしない。

だがなんだろう?響子のタープ辺りに生活感?人の暖かさを感じる。テントから顔だけ出していた薫だったが、何か感じる違和感に外に出た。

響子のタープの下には椅子や荷物等が出しぱなしだったが、それは昨日と変わった様子は無い。だが気付いてしまった。テーブルの上の存在に。

大きな真鍮鍋にはハルが作ったマッシュポテトが大量に入っているはず。その隣に中位の鍋と小さな鍋が増えている。料理のために誰かが持って来たのかとも思ったが、違う!中鍋から湯気が出ていたのだ。

「増えてる?!」

辺りを伺うが、人の気配は無い。響子が起きた様子も無い。

恐る恐る近づき蓋に手を掛ける。中には。


「おはよう。早いね薫。」

テントから出た響子が声を掛けて来た。

「ああっおはよう。」

「どったの?」

響子はテーブルの前に座る薫の様子に首を傾げる。

「響子、これ。」

振り返った薫は響子にテーブルの鍋を指し示した。響子もそれに気付く。

「薫!なにそれ!」

「朝起きたら置いてあった。」

そう言いながら開けた鍋の中には、やはりと言うか、それしか無いだろ。

芋が蒸してあった。一杯に!

「ハル〜!」

更に芋を茹でたのはハルらしい。

その後、響子の朝の一言が芋餅地獄の始まりだった。

「こりゃダメだ!今のうちに餅も焼いてしまおう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る