第17話
再会と熱気球
帯広にある柳月の工場で朝早くに三方六の切れ端を安く売っているらしい。
突然だが、そんな話を聞き付け薫は朝から音更にある柳月の工場に来ていた。
知らない方にはなんなので、柳月とは北海道各地にある有名な洋菓子店で、三方六と言うのは柳月の看板商品、チョコがけバームクーヘンの事である。
と言う訳で、薫は三方六になりきれなかった哀れなバームクーヘンをゲットしに来たのだ。
「ふ〜っ!ドッと疲れた。」
沢山のおばさんや若奥様に揉まれて、やっとの事で三方六を手に入れた。
薫の手に持つビニール袋には、白と黒のマーブル模様のバームクーヘンが10枚位入っていた。薫の予想よりだいぶ量がある。
「凄い多い……とても食べ切れない。」
薫が頑張ってもせいぜい1/3食べれれば良い方だろう。薫はソロツーリングライダー。冷蔵出来る術が無い。
「その言葉を待っていたよ!薫ちゃん!」
「!?」
駐車場に向かおうとする薫は、不意に後ろから声を掛けられ手に持った三方六の入った袋を放り投げてしまった。
「おっと!ナイスキャッチ!」
振り返るとそこには薫が投げた袋を手に持つ響子が立っていた。
「ああっ響子さん!久しぶりですね。」
「久しぶり薫ちゃん。」
互いに挨拶を交わす。
「響子さんはどうして…ってこれ買いに来たんですね。」
「そうそう。チョッチ遅くて買えなかったのよ。」
「だから私が食べきれなくって良かったと?」
さっきの言葉の意味が解った。
「そう言う事!」
響子は嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
「それと!響子で良いって言ったでしょ!」
っと、響子は大きな声をあげた。
「さん付けは嫌なの!歳だって……大して変わらないんだし。」
自覚があるのか後半の声が小さい。
「歳って。響子さんはニジュウッむぐっ!」
薫の話の途中で、響子が出した手で口を塞がれた。
「薫さん。歳の事は言わな〜い。大して変わらな〜い。OK?」
ちょっと笑いが怖い。口を塞がれたまま薫はコクコクと頷く。
「オーイェー!そんな事よりこれからの話をしようぜ!薫!」
薫は引き攣った笑いを浮かべるしか無い。
「これからって?」
「うん。薫は今晩の予定は?どこに泊まる予定?」
歩きながら話してもう駐車場だ。
薫のFZの隣には、朝は無かった響子の忍者が止まっており、薫のFZを見れば荷物満載なのは一目瞭然である。対して響子の忍者に荷物は無い。
どこかにテントを張っているのだろう。
「本別か、忠類か、釧路の方に行くのもアリかな?」
「て、事は行くとこ決まってない?特には急いでも無い?ちゅう事で良いかな?」
「はい。まあ、うん。」
薫の北海道ツーリングは予定を立てていない。行き当たりばったり、その場その時に行きたい所に行っている。
響子の言う通り、予定も無く急いでもいない。
「じゃあ、上士幌の航空公園に来ないかな?」
「上士幌?初めて聞きますね。」
薫には初耳な地名だった。
「そりゃ〜好都合!今日からお祭りをやってんのよ。あとバルーンの催しをやってるかな。」
「お祭り!?」
「そう!バルーンフェスタって聞いた事ない?」
「あっあります!熱気球の競技でしたっけ?夜に熱気球が並んでる写真を見ました。」
「じゃあ、行くって事で良いかな薫ちゃんヨ!」
薫はFZで響子の忍者の後ろに連れ立って走る。
帯広方面から北に向かう。周りは長閑な田園風景が続き幾つかの村や町を通り過ぎ20km程、上士幌の市街地に入った。
上士幌の様子はいわゆる田舎町なのだが、バルーンフェスタの期間なのもあるのだろう。少し賑わいを見せている。
中心部を通り過ぎて、少し進むとポツンと佇む信号機の向こうにお祭りの賑わいが見てとれた。
道路の右側には屋台が並び、大きなバルーンや盆踊りの櫓が立ち、周囲には人がごった返している。
そんなお祭りの会場を通り過ぎると、右手の下の方に大きな駐車場、その向こうに小さな林とそれを取り囲む芝生の中に色とりどりのテントが犇めいている。
「うう〜ん…」
薫は瞬間的に来たことを後悔した。人の多いキャンプ場は苦手だからだ。まぁ好きな者はいないと思うが。
だが、此処まで来て『やっぱりやめとく』とはいかないかな?とも思う。
ここまで混んでいるのもバルーンフェスタの所為であろうと高を括るしかないか。薫は諦め忍者に続いて駐車場の入り口に入り坂を下る。
広い駐車場は車と少しのバイクで一杯だ。大きなキャンピングカーも停まっている。
「はい〜到着!ヒャ〜車が凄いね!」
響子は陽気だ。
「お疲れ。確かに凄い!」
林と林の間の真ん中のサイト中央には小道があり、その左右にもテントが並んでいるが、他と比べると小さなテントばかりだ。おそらくライダーが集まっているのだろう。これだとテントを張る場所にも困りそうだ。
「薫!こっちこっち!良い場所があるから。」
そう言うと親指を立ててサイトの奥にグッと向ける。どうやら薫の不安を感じ取ったらしい。
着いていくと林が大きく入り込んだ所があり、テントを立てるに十分なスペースが空いている。
「私のテントとタープで塞いでるから誰も来ないんよね。」
確かに空きスペースの前には前に見た響子のテントとライダーには不釣り合いな大きなタープが入り口を塞いでいる。
「ザキさんもあそこにいるし、あとはここいらで知り合ったのも何人か、今は何処かに行ってるみたいだけど。」
響子の指差す方向にはちょっと離れた所の、二、三本生えた木の下にザキさんの見覚えのあるテントが見える。
まぁお言葉に甘えてここにテントを張りますか。
「じゃあ荷物運んできますね。」
「あぁ、あそこのリアカー勝手に使って大丈夫だから。」
そう言えばテントサイトの駐車場際にリアカーが何台も止まってたっけ。あの大きさなら薫の荷物は一度で済みそうだ。
「ほいじゃ。」
「うん、コーヒーでも入れてるよ。あとトイレはここの裏。水はあの丸い屋根んとこね。」
響子はコーヒーの用意を始めながら、裏の林とザキさんテントの手前の白と黄色の丸いスクリーンの様なものをそれぞれ指し示す。
「了解〜。」
薫が荷物をリアカーに載せている間にも、過積載の様な量を積んだバイクがチラホラ駐車場に入ってくる。
響子がトイレがあると言っていた方には階段があった。おそらく祭りの会場の方に行けるのだろう。引っ切り無しに人々が往来しているのが見える。
キャンプ場の奥は土手の様な感じになっていてその奥には木々が生い茂っている。
確認はしていないが、このキャンプ場はだいぶ広そうだ。混んでいるのは駐車場に近い方2/3程で、その向こうはまだ空きスペースがある様だ。
「騒がしかったら向こうに行くのもアリかしら。」
荷を運び始めた薫の後ろを、またバイクや車が往来した。
「バルーンフェスタかぁ〜」
通常運転のキャンプ場はどんな感じなんだろう?落ち着いた感じなら薫も気に入りそうだ。
「コーヒー入ったよ!」
響子の声が聞こえる。
荷を載せたリアカーを引っ張る薫は汗だくだ。重い!
リアカーのタイヤの空気圧が気になる。
タープの下で響子が待っていた。
「三方六でも食べようぜ!」
「う、うん。そうね一休みしようかな?」
薫の視線の先には、響子が豆から落としたコーヒーが!
キャンパーはコーヒーにこだわる者も多い。確かにインスタントに比べれば美味しいのだが。
ポイントはそこでは無いのだ。
熱々のコーヒーを見詰めながら、薫の額から頬に大粒の汗が流れた。
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