第4章 ⑤
聞き覚えのあるその声に振り返ると、そこに真雪が立っていた。左腕は白い布でつるして痛々しい姿だった。
真雪は瓦礫の上を跳ねるように飛んで、弘毅の側へ近寄る。転がったままの弘毅を見下ろしてきたのは、少し怒った顔だった。
「僕がいないとすぐに手を抜くんだから」
言ってから、クローン人間を見上げる。彼はうれしそうな表情で見下ろしていた。
「怪我、治ったの? もう動けるの?」
真雪が念じるように眉を寄せると、クローン人間の足元が崩れかけ、しかし彼はピョンと跳ねて真雪の前へ着地する。
「これ以上この人を苦しめないでよ、お願いだから」
真雪は弘毅の前へ出る。まるで庇うかのように。
「苦しむ? ボクが寂しかったみたいに?」
「そうだよ」
真雪はゆっくりクローン人間に近づいて。
「嘘だよ。だってコウキはボクがいらなかったんだ」
クローン人間は言うと同時に真雪に体当たりしてくる。真雪はそれを避け、彼の身体に触れる。それだけでクローン人間は後方へ吹き飛んだ。それを追って真雪は駆け出す。
「おい、真雪」
弘毅の声に一瞬振り向いて、真雪はクローン人間に超能力を繰り出す。
いくつもの爆発音が響く。その度に上がる悲鳴はクローン人間のものだった。その声に弘毅は耳を覆う。
こんな所で動けないままの自分。
「峻、峻…情けないよな、俺。だけど、お前のこと、忘れられない…」
浮かぶのは峻の顔。出会った時の、脅えた顔。ほんの僅かに笑顔を取り戻した顔。やがて心を開いてくれて――。
「ごめん、峻」
ひざまずいて、うつむく。地面についた手。その手元に落ちる水滴。
――何やってるの、松田弘毅っ。
ふと、頭に響く声があった。
――僕がいないとすぐに手を抜くんだから。
弘毅はパッと顔を上げる。そこに見えるのは目に見えない光のスパークする光景。真雪とクローン人間の戦う姿があった。
――僕には大切な人がいるから…その人を守る為に生まれてきたんだ。
真雪の使うのは、かつて自分が考案して、峻に教えた技。サイコキノとしての腕は、自分よりも優っていた峻は、それを簡単に習得していた。
――チョコレート、好きでしょ?
何故、知っていたのか。
――お前、名前は?
――峻…。
そう、言わなかっただろうか。
弘毅は握りこぶしに力を込める。
自分は馬鹿だ。
心底、思った。
こんなにも近くにいて、何故気づかなかったのか。
あんなにも近く、あんなにも思っていた存在を。
欲しかったのはその姿ではない。側にいて欲しかったのは、その魂――存在。元の姿であっても、たとえ全く別の姿であっても。
あの温かかった腕の意味に、今、気が付いた。
「峻…」
弘毅は大地を殴って、立ち上がった。
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