第3章 ③

 病室のドアをそっと開けると、むせ返る程の花粉の匂いがした。


「あ、松田さんっ」


 まさに花に囲まれるようにしてベッドの上に座っていた真雪が、弘毅に気づいて振り返る。


 手術が済んだばかりだと言うのに、早々に集中治療室を出たかと思うと、怪我の痛みすら感じていないのか、満面の笑みを浮かべてきた。


「お見舞いに来てくれたの?」


「あ…いや…別に…」


 見舞いと言っても手土産のひとつも持つでなかった。


 思いついてふらりと立ち寄っただけとは言えず、ドアを開けたまま突っ立っていると、真雪は笑顔で手招きした。


「入ってよ。さっきお土産にケーキをいただいたの。一緒に食べるでしょ?」


 弘毅は言われるままにドアを閉めて中へ入った。病室内は花束や花籠で溢れ返り、ベッドの周りには果物や菓子箱が積み上げられていた。


「すげーな。友達からか?」


 弘毅は勧められた丸椅子に座しながら周囲を見回す。


「友達…そうなるのなか。司令部の人達からなんだけど」


「司令部の? 成る程な。司令官の子どもとなると見舞いのひとつも寄越しておかないとならねぇか」


 眉をしかめる弘毅に真雪はクスリと笑って、皿に乗せたケーキを差し出す。差し出されたものはチョコレートケーキだった。


「チョコレート、好きでしょ?」


「おー、サンキュー」


 受け取って弘毅はそのままフォークも使わずに噛み付いた。


「おいしい?」


 聞かれて見返すと、小首をかしげて弘毅の顔を覗き込む小さな顔。


「ん、ああ」


 答えると、ぱっと笑顔が浮かぶ。その仕草にひどく懐かしい何かを感じた。それが何なのか思い至る間もなく、真雪は自分もと箱の中からイチゴの乗ったショートケーキをつまみ出す。


「このまま食べるのが一番おいしいよね」


 そのまま弘毅と同じようにかぶりつく。嬉しそうな笑顔に、心が和む気がした。


 こんな気持ち、もうずっと長い間忘れていた気がする。


 胸の奥が熱くなるような思いがあふれてきた。


 とめどなく込み上げてくるそれは悲しみでも痛みでもなく、ただ、ただ、温かかった。


「松田さん…?」


 呼ばれて見やると、真雪が覗き込んでいて、その顔が滲んで見えた。


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