第2章 ⑧

「な、峻。俺の所へ来いよ。お前はもう人を殺さなくていいから」


 弘毅の言葉に、クローン人間は真雪を掴んでいた手を離す。


 そのまま地面にうずくまり、咳き込む真雪。それを目の端に止めて、弘毅はすぐクローン人間に向く。


「お前は俺が守るから。だから俺の元へ帰って来い、峻」


「ダメだよ、松田さんっ」


 かすれた声で真雪が絞り出すように叫ぶ。


「そいつは峻じゃない。ただの人形なんだ」


 真雪の言葉が聞こえないのか、弘毅は近づいてくるクローン人間の正面に立つ。


「クローン人間でも偽物でも、俺にお前を傷つけることなんてできない」


 弘毅はクローン人間の栗色の髪にそっと触れて、見上げてくる顔を、頬を撫でる。大切なものを扱うように。


「弘毅っ!」


 真雪の声と同時にクローン人間の表情が凍りついた。はっとして見やると、地面から幾つもの槍が突き出てクローン人間の身体を突き刺していた。


 弘毅は真雪を振り返る。そこに地面に右手をついている姿が映った。


「お前っ」


 真雪は立ち上がり、その足元から生成されて迫り出してくる槍を右手に持つ。左手は肩から垂れ下がったままだった。


「お願いだから、どいてて」


 言って真雪は駆け出す。クローン人間の身体にそれを突き刺そうとするのを、弘毅はすかさず立ち塞がった。


 弘毅の身体に突き刺さる寸前に槍の切っ先が止まった。真雪は弘毅を睨み上げる。


「そこをどいて」


「峻は傷つけさせない。やるなら俺をやれ」


 弘毅は槍を掴んで睨み据えるが、真雪はすぐに視線を逸らす。


「本当にバカなんだから…」


 呟いて、槍を手放す。弘毅はそれを取って振り返りかける。


 その時、真雪が動いた。再び槍を掴むと、そのまま油断した弘毅の脇を抜けて、その背後に立つクローン人間に槍を突き刺した。


「な…」


 振り返る弘毅の目の前、クローン人間は牙を剥き出した口を開けたまま、その腹に槍を突き立てていた。


「峻ッ」


「離れてっ」


 真雪は弘毅を突き飛ばして、クローン人間の身体に右手をつく。


「ごめんね…」


 呟く声が聞こえた。途端、青白い光とともにクローン人間の身体が四散した。


「…峻――ッ!」


 弘毅はその身体が吹き飛んだうち、一番近くにあった片腕に近づこうとして、思わず立ち止まる。


 千切れた腕が、蠢いた。


「な…?」


 ジリジリと、飛び散った手足や首、内臓までもがまるで磁石で引き寄せられるように中心へと近づいていく。


 ぞっとした。


 やがてそれは二人の見ている目の前で、人の形を成していく。


 身体のあちこちが自分の血で染まり、その中でうろのような濃い赤色をした瞳が弘毅を見やる。


 畏怖の表情を浮かべる弘毅に、ニッと笑う。その顔はまさしく異形の生き物だった。


 クローン人間は弘毅のすぐ側に立つ真雪に気づいて、嫌そうな色を浮かべた後、くるりと背を向けた。


「…峻…?」


 弘毅の声が聞こえないかのように、クローン人間はそのまま逃げるようにして駆け出した。


 弘毅の竦んだ足は一歩も動かず、その後ろ姿を見送るだけだった。


 クローン人間の姿が視界から消えたかと思ったと同時に、傍らでドサリと物が地面に落ちるような音がした。


 振り返ると、そこに真雪が倒れていた。


「おいっ」


 慌てて抱き起こして、額にいっぱいの汗が浮かんでいるのに気づいた。その左腕は服の上からでも分かるくらいに腫れて、激しく熱を持っていた。





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