第1章 ⑥

 目を覚ました時、一番に飛び込んで来たのは、心配そうな表情をしたあの子どもだった。


「あ…」


 かける言葉が見つからないのか、弘毅が目を覚ますと一転、ホッとしたような色を浮かべる。余程心配していたのだろうかと、内心で少しうれしく思いかけて、いきなり思い出した。


「峻っ!」


 叫び様に跳び起きて、クラリと目眩がした。弘毅は頭を抱えてそのまま突っ伏す。


「峻はどうしたっ?」


 唸る弘毅に、彼は複雑な色を浮かべる。


「再生して、逃げたよ」


 その言葉にホッと息をつく。そんな弘毅に、遠慮がちに声がかかる。


「まだ横になっていた方がいいよ」

「お前なっ」


 そっと手を触れようとする彼を振り払うように、弘毅はその手を叩く。ピクリとして、子どもは身を引いた。


「ゴメン、頭、痛い?」


「いてーも何も…チクショウ…」


 それでも何とか上体を起こした。


 落ち着いて辺りを見回した。ここはどこだろうかと思いかけていると、横から声がかかる。


「組織の管轄の宿舎。三澤さんに送ってもらったの」


 そう言えばホテルのようでも、病院のようでもない。殺風景な部屋にはベッドとテーブルがあるだけだった。


「組織? 俺は追放の身だぞ」


「そうなの? でも東藤司令官が連れて来いって」


「あぁ?」


 弘毅は子どもを睨むように見やる。


 目付きが悪いと昔から定評のある弘毅だった。脅えるものと踏んだのだが、相手は一向に怖がる様子も見せないどころか、にっこり笑顔を浮かべる。


 それに気抜けする弘毅。


「俺はあの野郎の顔なんて見たかねぇんだ」


「またそんなこと言って」


 含み笑いを込めたその言葉に、弘毅は一瞬違和感を覚える。


「相手は上司なんだから、きちんと命令には従っておいた方がいいと思うよ」


 知ったかぶりの口調に、弘毅はムッとする。


「お前、何なんだ? そう言えば…」


 あの時、クローン人間と戦っていた時に使っていたのは、多分、超能力。見ると、腰のベルトに鈍色の鎖がかかっていた。


「お前…」


 弘毅の視線に気づいて、彼がポケットの中から取り出したものは鈍色の時計だった。


「組織の、超能力者か?」


「うん」


 あの戦いぶりと言い、強大な攻撃系超能力と言い、小さな子どもとは思えない技能に驚かされたが。


「ここに来て、2年になるんだ」


 改めて見ると、ただの小さな子どもである。11-2歳くらいか、色素の薄い髪が子ども特有の柔らかそうな面立ちの顔を包んでいた。見上げてくる瞳が、光の加減で金色に輝いても見えた。


「取り敢えず今夜はゆっくり休んでよ。司令官のところへは明日行くって言伝したから」


 そう言って彼はそのまま背を向ける。


「待てよ」


 ドアに手をかけるその小さな背中に慌てて声をかける。


「俺はあいつの命令なんて聞く気はねぇぞ」


 あのクローン人間を目にして、東藤の狙いは察しはついた。十中八九あのクローン人間をどうにかしろと言うことなのだろう。


 そんな弘毅を振り返り、彼の顔をじっと見てから子どもは返す。


「いいよ、僕がやるから。松田さんは司令官の命令だけをハイって受ければいい」


「な…?」


 驚く弘毅に相手の笑みは柔らかかった。


「松田さんにできないことなら、僕がやるから。心配しなくていいよ」


 それはあのクローン人間と何とか渡り合っている自信からくる言葉なのだうか。


 いや、それだけではないようにも思えた。


「それじゃあ、また明日迎えに来るね」


「待てって」


 弘毅はドアを開けて出て行こうとする彼を、ベッドから出て捕まえる。


 掴んだ腕は思った以上に細かった。こんな腕で戦っていたのかと、一瞬戸惑う弘毅に、小首をかしげて見上げてくる瞳。


「何?」


 聞かれて慌てて手を放す。


「お前、名前は?」


 見上げてくる目がまっすぐ弘毅を捕らえて、それからスッと離される。


「…」


「え?」


 呟く声が小さくて、聞き返すときっぱり返ってきた言葉。


紫田しだ真雪まゆき


 それだけ言って、彼は部屋を出て行った。


 一瞬合わされた瞳が、何かを言いたそうに見えた。







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