第1章 ①

「東D5地区、ほぼ壊滅状態です。死者12名、重軽傷者48名、行方不明者3名。現場では15-6歳の少年が目撃されているとのことです」


 部下の報告に、東藤とうどうは苦虫を潰したような顔を更に歪めた。


「容姿から、先日東部研究所から姿を消した『実験体S-01』と考えられます」


「こんなことができるのは限られているからな」


 大きくため息をつくことで、何とか平静を保つ。


「それで、実験体の行方は?」


「目的物を発見できなかったため、再び姿を消しました」


「行方はつかめず、か…」


「申し訳ありません」


 頭を下げる部下に、お前のせいではないと言い置いて、自らの胸のポケットにある鈍色をした時計の鎖に手をかける。長年愛用していた時計だった。


「目印はこれを持つ者か」


「は?」


 呟く上官の言葉に、部下は聞き返す。


「『あれ』の記憶の断片だ。恐らくその記憶だけを頼りに捜しているのだろう」


 東藤の目によみがえるのは十数年前に見た光景だった。試験官の中の種が見る間に成長していき、人の姿に変わっていくのを目の当たりにした。それは、神の技を模した、禁忌の瞬間だった。


 ある特定の人物の細胞核を卵子に移植し、成長させて作られたクローン体。


 それは、人の手で人を作り出すことへの限界――戒めだったのかも知れない。


 生み出されたクローン体は、人の魂を持たず、その、細胞核の元になった人間――強力な超能力者の能力のみを受け継いだだけの、「怪物」だった。


「どちらにしても普通の人間で太刀打ちできる相手ではない。市内の警備を固め、発見すれば全軍で立ち向かう覚悟でいなければ捕捉もままなるまい」


 机に両肘をついて、額を乗せる。現状は明らかに行き詰まっていた。


「僕が行きましょうか、東藤司令官?」


 ふと、横から声がかけられた。それまで客用のソファに座って大人たちのやり取りを黙って見ていた少年だった。まだ幼いその見た目とは裏腹に、ひどく落ち着いた物言いをする子どもだった。


 彼は立ち上がると、東藤の前へ出る。光が当たると金色に見えるくらいに色素の薄い瞳が、まっすぐに東藤に向けられる。生粋の日本人でありながらのその色は、特殊な能力を持った突然変異体の具象であった。


「いや、君には別にやってもらいたいことがある。そちらを優先させてくれ」


 言われて僅かに小首をかしげて見せる。大人びた雰囲気の中に、ふと覗かせる子どもらしいそんな仕草に心和みながらも、東藤はこんな子どもまで駆り出さなくてはならない事実に、自分達大人の不甲斐なさを思う。


「今、この街へ向かっている一人の超能力者がいる。彼をここへ連れて来て欲しい」


「この危険な街へですか?」


 狙われているのは、所謂、超能力者と呼ばれる特殊能力を持った人間ばかりだった。この組織に関連していた超能力者が何人も襲われ、殺されている。そこへわざわざ招くなど危険ではないかと、少年の眉が僅かに寄せられる。それを見て。


「あれを止められるのは奴しかいない。あれ自身を作った男――松田弘毅まつだこうきしか…」


 その名を口にする東藤は無表情だった。しかしその心情は穏やかではなかった。あの当時の弘毅を知る数少ないうちの一人であるから。


 弘毅は失敗したクローン体に、絶望の淵に立たされた。一時は死を選ぼうとさえした。その彼に、あの時の現実に、もう一度立ち向かわせるのだ。


 13年を経た今。


 そんな東藤を見上げるようにして、少年は落ち着いたままの声音はそのままに、了承する。


「分かりました。松田弘毅さん…ですね」


「ああ、奴の資料は…」


 東藤は思い出したように背後の本棚からファイルを探そうとして立ち上がる。その背にかけられる声。


「知っています。かつてこの組織にいた超能力者でしょ?」


 振り返るとにっこり笑顔を浮かべる。


「彼は有名でしたから。最強のサイコキノにして、最高の細胞学者」


 悪気のない口調でそう言う彼は、先日12歳になったばかりだった。元来、超能力者は子どもに多いと言うが、自分の年を顧みて少々肩を落とす東藤司令官44歳だった。



   * * *



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