シュレディンガーの柩

佐倉未兎

シュレディンガーの柩 前編

 親しい人が死んだという事実を受け入れることができるのは瞬間はいつだろうか?

 

 連絡を受けた時?死に顔を見た時?葬式で、最後に花を添える時?それとも49日を過ぎた後だろうか?

 

 人によってそれぞれと言ってしまえばそれまでだが、少なくとも私はまだ死という事実を受け入れられずにいる。


 腐れ縁で親友だった友人に最後の別れを言う為に私は新幹線に乗り、地元の群馬県に向かっていた。


         ***



「落ち着いて聞いてね、純ちゃん亡くなったんだって」

 

 久々に聞いた友人の声は震えていた。

 死因はくも膜下出血が原因だそうだ。まだ23歳だった。


 心臓の鼓動が痛いほど早くなり、呼吸が微かに乱れる。

 今の時代、SNSとかでいつでも話せる。

 それに2ヶ月前には飲み屋でどうせ、まだまだ人生は長いからと話していた矢先での出来事だった。

 人生とはこんなにも呆気なく終わってしまうものだったんだ…


 友人はどうしてこんなとか、まだこれからなのにとかいろいろ話していたが、言葉は全て耳に入る前にこぼれ落ちる。


「聞いているの○○?」


「あー、うん聞こえているよ」


「ねえ、○○は悲しくないの?もう純に会えないんだよ!何でそんな平然としていられるの?」



 通話を切り、布団にうつ伏せになる。

 頭が真っ白になり、身体が鉛のように重たく、心はふわふわしている。

 涙は一滴も出なかった。

 淡々と受け答えしていた私は薄情な奴だろうか?


 


 スマホをいじり、ゲームアプリのログイン履歴を見る。


 履歴には数時間前にログインしていた。


 だって、死ぬ数時間前にゲームしていた奴が急に死んだとか言われて信じる訳ないだろう?


 まるで夢でも見ているかのように、心が中に浮いたような感じだ。


 純が死んだ何て信じられなかった。

 だって実際に私は見ていないのだから。

 彼女の死に顔を。


 誰かが彼女は死んだと言ったとしても目に見える証拠がない以上断定は出来ないはずだ。


 私はヘッドホンで耳を塞ぎ、目を閉じた。

 次目が覚めた時にはきっと夢落ちであると願って…


***

 

 彼女が死んで3日が過ぎたが、未だに私は夢の中にいる。


 私はヘッドホンで外部との関係を断ち、1人新幹線の中、昔を思い返していた。


 純は私にとって幼少の頃からの幼馴染で腐れ縁でかれこれ20年近くの付き合いだった。


 保育園が一緒だっただけの関係でよくここまで続いたと思う。


 純をどんな奴かと言葉で言い表すとしたら

“歩くBGM”みたいな奴だ。


 こちらが話さなくとも勝手に話が進む。もう、お前だけで話成立してないか?というくらい話すことが大好きな奴だった。


 私と純は友人と昔からゲームや、アニメ、漫画と同じ趣味を持ちながらもどうにも反りが合わなかった。


 ゲームに関しては自分の得意な土俵でしか勝負しようとしないし、漫画やアニメの推しの話になると自分の最推し以外認めなかったりと事あるごとに言い合いをしていた。


 遊びに行くとしても無計画で、気づいたら目的地と全く別の所にいる何てよくある話だった。

 

 正直、良くもまあ20年も縁も切れずに続いたものだと思う。


 

 思い出は美化されるとはいうが思い返してみると愚痴ばかり出ているなと思わず、少し口がにやける。


 『本当、碌でもない奴だったよ…』

 

 

 新幹線は1つまた1つと駅を跨ぎ進んでいく。

 別れの時間に近づいていく。

 目的地に近づいていくにつれ、胸の中にある黒い渦がどんどん大きくなるのを感じた。


 黒い渦はグルグルと渦を巻き、私の心を犯していく。

 ムカムカ、ズキズキ、胸がとにかく苦しい。


 この黒い渦は私の胸を中心にじんわりと漏れ出し身体全体へと広がっていく。


 胸の辺りが締め付けられるように痛い。


 『恐い』

 ふと心の中に浮かぶ3文字。


 「うっ!」

 

 足がガクガク震えだし、胃がぎゅと痛む。私は口元を押さえ、嗚咽を抑えた。


 ああ、私は気づいてしまったのだ。

 最初は会えるのは最後だから別れの挨拶しなきゃと割り切っていたつもりだった。

 だけど近づくにつれて、会った時点で彼女がもうこの世に居ないという仮説が私の中で真実に変わってしまうのではないかと考えてしまった。

 

 私は何かから逃れるように次の駅で降りて、走り出した。

 

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