隣の地雷系お姉さんに「進捗どうですか?」と聞くだけの難儀すぎるバイト

アサミカナエ

ホームレスだけどいいですか?

 ある日、家に帰ったらアパートが全焼していた。


「まじか」


 手には金の入った茶封筒。

 先ほど突然バイト先を解雇され、気持ちだと渡された1万円が入っている。

 これが現在の全財産。


「まじか」


 もう一度つぶやいてみる。

 風に乗り、有機物が焼けた嫌なにおいが鼻についた。


 全部まじだった。



 そんな悲劇かはたまた喜劇から数時間後。

 家なし職なし金もなしの限界大学生・土塔どとう可波かなみは、近所の公園のベンチに寝転がっていた。


 小高い丘の上にあるため、街が一望できること。そして、人通りも少なく静かなところが、すぐに気に入ってしまった。


「ここをキャンプ地とするか〜」


 一度は声に出したい日本語が、誰に聞かれるでもなくむなしく空へと霧散する。

 大家さんからジャンジャン鳴る着信を無視して、可波はひとつあくびをした。


 それにしても。

 暖かい時期で良かったと思う。

 冬だったら確実に凍死していただろう。想像するだけで脳天がシビれる。


(……ま。なるようになる……でしょう)


 たくさんのものと一度に別れて胸はきゅうっとうずくけれど、反面、少しだけ高揚していた。

 なぜなら、今までこんなことはなかった・・・・・・・・・・・・・から。


 失うものはもうなにもない。無敵な気分。

 心地よい初夏の陽気がやさしくまぶたを撫でるのに身を任せて、可波はうとうとと船をこいだ。


「んもーっ! どこっすかーっ!?」


 キャンプ地、早々に思ったのと違った。


 閑静な地に響く男の大声に、可波の意識はばっちりと冴えた。

 寝転んだまま周りを見回すと、キミドリの頭をした背の高いスーツの男が公園の外周を走っていた。


 治安の悪さは一目瞭然。

 ああ、激萎え。


「あっ、いたぁ! そこ動かないでくださいよ!?」


 そう叫ぶ男が向ける指の先端は、明らかに自分へと向いていた。

 なぜ?

 あんなに派手な大人なんて関わったことないし、身に覚えもない。

 もし思い当たるとすれば……鬼電を無視しているアパート関係者だろうか。

 思ってた以上に見つかるのが早かった。

 言い訳を考えながら、可波は体を起こした。


「チッ、しつこぉっ!」


 それはグラスを弾いたような女の声だった。


 誰もいないと思っていたベンチの裏。

 草むらが音を立てて現れたのは……黒髪ツインテールの少女だ。


 野生(?)のツインテール少女は軽やかな身のこなしでベンチを飛び越えると、真っ黒の重そうなフリルつきワンピースと厚底の靴で、百点の着地を決めた。

 まるで目の前に高貴なカラスが降り立つかのような光景に、可波は思わず拍手を送る。


 少女は立ち上がり、可波をジロリと横目で見た。

 その吸い込まれそうなほど深い黒目がちな瞳に、可波はどこか引っ掛かりを覚えて首をかしげる。


「ちょっと! 先生っ! 本当に! 勘弁してよぉーッ!!」


 それはそうと、男性が泣きそうな声を上げて、モタモタとこちらへと走ってくる。

 少女は面倒そうに眉をひそめると、可波への関心を取り下げ辺りを見回した。

 そして逃走ルートを見極めて、口元を引き締める。

 少女は体を低くし、土を蹴って…………失敗した。


「えっ!? なんだよてめえ!」


 鈴を転がしたようなかわいらしい声が。

 ベルベットのような漆黒の瞳が。

 噛み付く勢いで可波に向けられる。


「えええええ!? あの泥酔先生が捕まっとるうううう!?」


 公園の入口では、男性が手を叩いて飛び跳ねていた。


 なぜか可波の手には、少女の腕がしっかりと握られている。



  ◆◇◆◇◆◇



「本当にありがとうございます! ありがとうございます!!」


 そう言って、男性は何度も頭頂部を可波に見せた。

 キミドリ色ということもあって、“ししおどし”を思い出す。


「もー、ダメっすよ先生。マジで時間がないんですからね!」

「つーん!」


 先生と呼ばれた少女は、不機嫌そうにそっぽを向いていた。

 その華奢な体はロープでぐるぐると巻かれ、先端をスーツの男が握っている。


 こわい。ヤバ団体?

 可波はドン引きして、二人から若干距離を取ることにした。


「本当に助かりました。また改めてお礼をさせてください」


 またキミドリの頭がペコペコと下がり、男性は可波の目の前に名刺を差し出した。

 カードの上部には【ウェイウェイコミュニケーション アーティストB統括マネージャー】と、デカデカと書かれている。


 なるほど、どうやら芸能プロダクションらしい。

 しかし、裏面に並んだタレントの名前一覧を見ても、知っている名前がひとつもない。「りゅうてぁ」? 読み方すらわからない。


「……あれ? ウェイウェイですが?」

「はあ」


 可波の気のなさすぎる返事に、男性の笑顔が固まる。


「日本の超大手インフルエンサー事務所のウェイウェイですがっ!?」

「インフル、エンザ?」

「ああ、そっち側の人種っすか」


 男性は説明を諦め、やれやれと肩をすくめるポーズを取った。

 流行にうとい自覚はあるが、その行為には少しだけムッとする。


「……ところで、本気でこの子を捕まえたいなら、もう少ししっかり捕獲したほうがいいですよ〜」

「きゃっ!?」


 可波が少女の手首を掴んで引き寄せると、少女の体からすとんとロープが落ちた。

 こっそりと縄抜けをしていた少女は、この世の終わりというような顔で立ち尽くしている。


「あ、あのぉ……? なぜ先生が逃げるのがわかったんですか?」


 さっきまでの小馬鹿にした態度が一転し、男性は声を上ずらせて揉み手まで始めた。


「なんとなく?」


 理由を問われても。可波は首をかしげる。


「なんとなくって……。何か特殊な訓練をされてるとか!?」

「……四国の実家がペットショップでずっと手伝ってたから、逃げ出そうとする子には敏感なのかな」

「おいこら! 誰がペットだっ!」


 少女は黒髪のツインテールを振り乱して、可波に吠えた。

 その姿を見て、可波は「あっ」と声を漏らす。

 少女のことはひと目見たときから、シンパシーを感じていたのだが。


「元ハウスキーパー先の、サモエドくんに激似!」


 白くてでかい、もふもふのサモエド犬のハッピーは、可波によくなつき、よく逃走しようとして、よく捕まっていた。

 なによりも瞳の色がそっくりだった。


「なにこいつ超失礼なんだけど!?」

「うーん。僕、きみと相性いいのかも」

「勝手に決めんな! こっちは最っ悪だわ!」


 マイペースな可波と対極に、少女はブチ切れる。

 二人の様子を目を輝かせて観察していた男性は、わめく少女を無視し、改めて姿勢を正した。


「あのっ! もしよければうちでバイトしません? 家、近いんですか?」

「近いっていうか……こちらっていうか」

「え?」

「さっきアパートが全焼したんで、今日から公園に住むつもりでした」

「ああ、そういえば近所燃えてたみたいっすけど、おにーさんちだったの!? じゃあうちに住み込んだらいいっすよ! ね!?」


 家が燃え尽きて2時間後、もう次の住処が見つかりそうな展開。

 普通ならば疑うところだけれど。

 なんかとんとん拍子ですごいな〜と、可波は呑気なことを思っていた。




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