外れた枷
俺の類い希なる話術の才によって、無事にペテルを仲間にすることが出来てから二十と数日。
大脱走に向けての準備は着実に進んでいる。このままいけば問題なく決行に持ち込めるだろう。
「それで、今回は何人くらい声掛けたんだ?」
「五人だな。マルティス……お前が勧めてくれた
ペテルは作業を突けながら、自慢げに戦果を報告してくる。
三日おきの情報交換だが、こいつはそのたびに確かな成果を運んできてくれる。俺であればそんなに上手くいかないだろうし、やはりこいつを選んだことに間違いはなかった。
若く、覇気があり、何より目が希望に満ちている。
こういうやつ打算を下心と見られにくい。どうしても胡散臭くなる俺とは違い、言葉一つが希望を与え鼓舞してくれる。だからこそ、自分ではなくペテルに協力者集めを頼んだのだ。
もしここから抜け出せたなら、きっとこいつは化けるだろう。
その姿を俺が見ることはないだろうが、もしかしたら、あの生意気な二人にすら届きうる才に目覚めるかもしれないな。
「そっちは順調か? 人集め以外に俺に出来ることはあるか?」
「いんや平気さ。こっちもそろそろ大詰め、今の仕事が終わればいよいよって感じだな」
こちらも進捗を伝え、互いにやることが順調なのを共有していく。
ペテルは人集めを。そして俺は扉を開けるため、そして肝心である自らの逃走手段の確立を。
時間はそれほど残されてはいない。せっかくの大舞台、是非とも盛大に会場を沸かせなければな。
「ちなみになんだが、その仕事ってのは?」
「鍵探しさ。この首についた、忌々しい首輪のな?」
俺は顔を歪ませながら首を、正しくはそこに巻かれた邪魔くさい皮の輪を指差した。
首に巻かれた首輪。それは俺がここにぶち込まれる際、つい
これがある限り俺は魔力を練れることができない。
碌な食事も取れず、痩せ細ってしまったこの肉体でここから抜けるなら魔力は必須。どんな機能がついているかすら定かではないが故に、鍵で外すという正当な手段を用いなければならない。
そんなわけで、現在就労時間を越え、労務者がこぞって部屋へと戻された後。
すっかり緩みきった看守の目を盗んで部屋から抜け出し、今日も今日とて俺は鍵の捜索を続けていた。
『それでよ、あの
『……相変わらず、楽しそうで羨ましい。俺はもう気が変になりそうだよ』
声が聞こえたと同時に気配を殺し、監視用の記録魔晶と職員の死角に潜り込む。
揺れる灯りを携えながら、談笑して歩く二人の男。大方労働奴隷が入ることを禁じられた職員用の別棟で食事をした彼らは、部屋前の監視の交代にでも行くところなのだろう。
……それにしても趣味が悪い。聞き馴染みのない蔑称だが、大方今日鞭打たれていた幼子を指した言葉であるのは間違いないはずだ。
こんな場所で働いているからおかしくなるのか。それともどこか理性の歯車が外れた糞野郎だからこんな場所で働こうと思ったのか。考えども答えは出ないが、そんなの俺にはどうでもいいことだ。
『そういえば聞いたか? 明日か明後日に女が入ってくるかもって話』
『あー知ってる。なんか大層な上玉なんだって? 早く味見したい~ってこの前レプ総看守長が呻いてたよ』
『まじかよあの猪野郎! あー羨ましい! ちょうど交代日の直前だし、気に入ったら連れ出して自分の所有物にするつもりだぜ!? 権力者ってのはいいよなー!』
下品な声が遠ざかり、完全に通り過ぎたことを確認してから再び歩を進めていく。
毎度のことながらつくづく嫌になる。看守はどいつもこいつもあんなのだらけ、弱者をいたぶることに愉悦を見出す連中ばかりだ。
出るときに荒っぽくなっても罪悪感を湧かないのはマシな点だが、それでも進んで聞いていたい話ではない。していいのなら黙らせてしまいたいくらいだ。
このクソッタレの労働場への不満を更に積らせながら、ようやく目的の部屋に辿り着く。
総看守長室。勤務時間時のみ看守長が踏ん反り返っている部屋だが、恐らくここに鍵がある。というか、ここになければもうどこにあるのか見当も付かない。
まあでも一応根拠はある。この炭鉱にぶち込まれた際、最初に俺を痛めつけてくれやがったのが当時の総看守長。つまり俺の鍵を置いているとすれば、それはもうここ以外にあり得ないだろう。
……唯一の懸念がないことはないが、そこはまあ問題はないだろう。あの糞デブ──当時の総看守長は俺に価値を見出していなかったし、職員の交代時期には俺の存在などすっかり忘れていたはずだ。
周囲に人の気配はないのを確かめ、懐から鍵を取り出して差し込む。
最初の頃、拷問されていた時期にくすねた鍵。最早使う機会はないと思っていたが、まさかこいつに世話になる日が来るとはな。
(おじゃましまーす)
思ってもいない挨拶を心の中で呟きながら、余計な音を立てずに部屋へと入る。
無駄に趣向を凝らした部屋。仮にも炭鉱であるにもかかわらず、どこぞの貴族の屋敷の一室とすら思える、俺達の
こんな場所で優雅に寛ぎながら、踏ん反り返って俺達を管理しているのだからそら卑しくもなる。前もって知っていたからそこまで怒りは湧かないが、それでも不快にはなるな。
寛げなくないくらい部屋を荒らしてやりたい気持ちに駆られるが、ぐっと堪えて鍵を探す。
今日は日頃の恨みをぶつけに来たんじゃない。とっとと目的の
出来るだけ物音を立てないよう心がけながら、目につくところから捜索していく。
机の引き出しや本棚、それに壁に掛けられた鍵束。……ない、どこにもない。
「どこだどこだ……?」
見つからないことに少し焦りそうになり、一度止まって落ち着くがてら周囲を見回してみる。
めぼしい場所は探したはず。なのに鍵の姿はどこにも見当たらない。
もしや嫌な予想が当たったのか。あの忌々しい豚野郎が交代と同時に持ち出してしまったのか。
別に鍵などなくとも、最悪そこらの刃物で切ってしまえば魔力は取り戻せる。
けれど、それでは万が一ということがある。最初にして最も重要な行程、この炭鉱の要たる看守室の制圧をしくじる恐れが出てきてしまうのだ。
考えろ。こんな時こそ脳を回せ。闇雲に探してちゃ時間なんて足りやしないんだ。
あることを疑うな。揺らがぬ前提を掲げ、その場所だけを推測するために思考しろ。そうすれば、必ず思いつくはずだ。
「……箱。そうだ、箱の中か」
ふと過ぎった直感に身を委ね、引き出しに入っている簡素ながら上品な装飾を施された箱を取り出す。
箱は全部で三つ。一番大きい一箱目は書類、次に大きかった二箱目にはよく分からない品々、刻まれた術印を見るに
そして三箱目。ここにはなければ俺は再び当てを失ってしまう。バレる
緊張と共に唾を飲み、ゆっくりと、高価な美術品でも触るかのように箱を開く。
中には鍵の束と五枚の金貨、そして宝石が三つ。小さな箱らしくたったそれだけ。
だがそれだけで充分。何せ目的のものは、俺を戒めから解き放つ鍵はこの中にあるのだから。
箱の中に手を伸ばし、そこにある首輪の鍵……四角の宝石を手に収める。
これだ、間違いない。光の小ささ故に色ははっきりしないが、それでも何度も何度も触れてきたこの形状を、この俺が見間違えることなどあり得ない。
「……ふう」
首輪のくぼみに宝石をはめ込めば、煩わしい締め付けは瞬く間に緩み、魔力が体を巡り出す。
ぽっかり空いた穴に元の部品が戻ってきたかのよう。実に懐かしい、力の脈動による充足感。
心なしか、以前よりも荒々しい気はするがまあ問題はない。決行日までに慣らしていけば充分に戦闘可能な範囲だろう。
「……さて、こいつはどうするべきか」
痕跡を残さないよう丁寧に片しながら、外した首輪をどうするべきか考える。
付け直すか、それともこのままにするか。俺が取れる選択肢は二つの内のどちらかだ。
あの看守共が奴隷のことなど気にするとは思えないが、外見の変化から俺が何かしていると悟られるのはまずい。
一方でこのまま付け直し、後日改めて外しに来るのも
一番は偽の首輪でも巻いておくことなのだが、生憎この部屋に代用となりそうなものはない。そもそもそんな都合のいい物など用意できるはずがないのだから、やはり思いついたどちらかに絞られる。……さて、どうするべきだろうか。
考えること約一秒。すぐに結論を出し、首輪を懐へと忍ばせる。
まあ多分平気だろう。駄目ならそれは仕方ない、強引で無謀だが決行を早めるだけだ。
軽くなった心を押さえつけ、決して警戒を怠ることなく部屋から出て帰路につく。
さあ、これでほぼほぼ準備は整った。後は本番を成功をさせるのみだ。
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