諜報国の蠍 『この渇きは敵を殲滅することでしか満たされない』
北山 歩
第1話 グレーの瞳の少年
「ナンバー127108。おい飯だ。」
そう言うと男は面倒くさそうに鉄格子の中にいる少年に向かって氷魚笹を投げ入れた。
「腐っているがお前なら平気だろ…」
氷魚笹とはアトス湖で獲れる淡水魚を風属性魔法と水属性魔法で一瞬で凍らせ笹で防腐と香づけのために笹で包んだクリシュナ帝国の名産品である。
鉄格子の中の少年は目から光を失った状態で命を繋ぐために腐った氷魚笹を口に運ぶ。
このエアストテラの世界では誰もが魔法を使うことができる。
ただし、高度な魔法を使用できる者は限られており多くの者は生活に活用できる程度の魔法しか使用出来ず、国境を挟みせめぎ合う各国は様々な方法で戦闘力の強化を模索していた。
そして少年がいるクリシュナ帝国は長きに渡り魔法により遺伝子を操作し人と生物を掛け合わせたキメラを創造することで強力な魔法と固有能力を持った屈強な兵士を誕生させ他国を支配下におくことを目論んでいた。
少年は来る日も来る日も魔法能力の実験と固有能力の展開速度実験を行われ、魔力と集中力を強化するために大量の強化薬を服用させられたため、心身ともにボロボロとなっていた。
ある夜、いつもの門番の男と複数の黒づくめのフードを着た男達が鉄格子の前に来ると少年に非常な言葉を投げかけた。
「喜べナンバー127108。お前は自由だ。とっとと出てこい。」
少年が鉄格子から出るやいなや男達は少年に袋を被せ両手にミスリル製のグローブをはめ指と手を動かせないようにすると少年に睡眠香を嗅がせ眠り着かせた。
『暑い…』
少年は暑さで目覚める。
目覚めたが袋を被らされたままであり辺りを見ることは出来ないが暑い日差しと暑い日差しによって暖められた熱風が体を通り過ぎることから外に放置されていると気づいた。
『用済みってことか…』
少年はクリシュナ帝国とケトム王国の国境付近に広がるパリス砂漠に放置されていた。
エアストテラ世界の恒星でアルクトゥルスが出ている間は40℃以上になるのだがアルクトゥルスが沈むとマイナス10℃となり、僅か3日で少年の体力を根こそぎ奪うのだった。
『水、誰か水をくれ…』
意識が途切れかかった時、誰かに身体を起こされ頭に被せられていた袋が取り除かれた。
「*l~l@*o"d++」
男が話す言葉を少年は理解できずにいると男はクリシュナ帝国で使用されているシャミロ語で話しかけてきた。
「坊主よく頑張った。先ずは水とパンをゆっくりと食べろ」
男は彫りの深い顔をクシャクシャにしながら満面の笑みで水筒とパンを渡してきた。
少年は何も言わずに水筒とパンを男から受け取ると一心不乱に食べ始めた。
少年が満腹になるのを確認すると男は少年を抱きかかえると船底をミスリル素材としたゴムボートに乗り込み部下に風属性魔法を使用させ移動した。
高速で砂漠を移動するゴムボート上では自分を助けた男と部下と思われる男が自分にはわからない言葉で話している光景を少年はずっと見続けた。
「ジャコメッティ大佐、この少年をどうするおつもりですか。」
「そうだな。本国に連れ帰る。何せ我が国には多くの人材が必要だからな。」
「しかし、このような痩せこけた少年では教練所での訓練は耐えられないかと…」
男は部下を下がらせると振り返り少年の両手にはめられたミスリル製のグローブを外そうと先ずは右手から鍵をこじ開けグローブを外した瞬間、少年は自身のグレーの瞳で男の左頸動脈までの距離を測り六番目の指、正確には毒針を射出するように伸ばした。
男は少年の毒針を交わすとミスリル製の軍用ナイフで切り落とした。
「ほう、こんな奥の手というより指か、があるとは…」
少年は切り落とされた毒針の激痛で一瞬顔を歪ませるもグレーの瞳は男をとらえ、逃すことはなかった。
「坊主。二度とは言わないからよく聞け。」
「次に私に同じ攻撃をすれば、その時はヴァルハラに旅立つと覚悟しろ。」
「それとこの奥の手は絶対に他の者に知られるな。生き延びたかったらな。」
男は凍り付いた目を和らげると毒針を切断され出血している少年の右手を手当しながら話を続けた。
「坊主。名は何と言う。」
「ナンバー127108…」
男は左手で無精髭を撫でながら少しばかり考え込む。
「坊主。お前は毒針を持っているし、その毒針は銃の射出音と似ている」
「だから、坊主の名前は今日から"バークス・スティンガー"だ。いいな」
「バークス。強くなれ。誰よりも強くなって生き抜け。」
男はそう言うと満面の笑みを見せながらバークスの頭をクシャクシャにした。
アゼスヴィクラム暦717年5月3日、後に"諜報国の蠍"と呼ばれる人と蠍のキメラである少年は"バークス・スティンガー"として歩みを始めるのだった。
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