第15話 今後のこと

 ソファーに座ったヨハネス様は、穏やかな顔で私を見ている。


 亡くなった両親の代わりに、私を見守ってくださっている顔だ。


「三年前にアシーナとメルキオールが結婚した時、それと同時に離婚の届出もなされている。アシーナと子爵家を守るためにとった処置で、二人が何の申し出もしなければ、離婚届が受理されて、メルキオールとアシーナは赤の他人となる」


 それは、私が初めて知らされたこと。


「その事は、メルキオールさんはご存知なのですか?」


「あの子は結婚した時点で知っている。アシーナにはしばらくのびのびと過ごしてもらいたかったから、私から折を見て話そうと思って、それが今日、この日がいいと思ったんだ」


「そうですか……私か、メルキオールさんが離婚は嫌だと言えば、婚姻関係は継続する可能性があるってことですよね」


 メルキオールさんは最初から結婚生活を望んでいなかったから、このまま離婚を選ぶのだろうけど、一度ちゃんと話し合った方がいいのかな?


 今のメルキオールさんとは、たくさん話ができそうだから。


「話はわかりました。メルキオールさんとも一度、ちゃんと話し合ってみたいと思います。おじい様には、ご心配をたくさんおかけしてしまいました」


「親は、子供の心配をいくらでもするものだ」


「もう、子供って歳ではありませんよ」


「私から見れば、アシーナはまだまだ子供だ」


 自分でも立派な大人ではないと思うから、えへへって笑うしかない。


「アシーナ」


 不意に真面目な顔になったヨハネス様は、


「アシーナ可愛さあまりに、私が先走ってしまった部分もある。願わくば、孫も幸せになってくれるといいが」


 なんとなくヨハネス様の言いたい事は理解できた。


「メルキオールさんは優しい人です。初めて会った時から、ちゃんとそれは知っています。なので、もちろん、私もメルキオールさんの幸せを願っています」


 正直、聞かされた内容に、まだちゃんと整理できていない気持ちがある。


「ちゃんと考えてみます」


 自分がこれからどうしたいのか。


 どんな風になりたいのか。


「何か相談したいことがある時は、いつでも私に言いなさい。私の時間は、いつでもアシーナの為に用意しておくよ」


 最後にそれを言い残して、ヨハネス様は帰っていかれた。


 お見送りは私だけだった。


 結局、ヨハネス様がお帰りになる時にもメルさんは植物園から出てこなくて、私の方から様子を見にそこに足を運んだ。


 温室に入ると、メルさんはピオルネの前にしゃがんでいた。


「話を、聞いたんだね」


 心なしか、メルさんの背中は元気が無いように見える。


 何と声をかけるべきか迷っていると、すくっと立ち上がってこちらを向いた。


 その顔は、予想に反していつも通りの微笑を浮かべている。


「よくよく考えたら、夜会に出てしまったら、離婚した後にアシーナが心無い事を言われるかもしれない。参加するのはよくないな。王女殿下はもう来る様子がないから、夫婦のフリは終わりにしようか。あと残り10ヶ月ほどだけど、その日までは同居人として仲良くしてもらえると嬉しいかな。キティとはまだまだ一緒に過ごしたいから。今後のことで、僕でもよかったら相談にのるよ。アシーナがやりたい事を探してみるのもいいかもしれない」


 一気に言われたその言葉に、コクリと頷くしかない。


 メルさんは、どうやら完全に離婚を想定して話しているようだ。


 そうなのなら、私も自分の身のふりに絞って考える必要があるのかな。


 子爵家に戻るのか、どこかの田舎でひっそりと暮らすのか、誰かと再婚するのか、何か仕事を始めるのか。


 少しだけ寂しいと思う気持ちはあったのだけど。






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