千の死と千五百の生
@HighTaka
プロローグ ある日の戦い
一人の男を十数人が少し遠巻きに囲んでいた。囲んでいる連中はどこかの家中の者らしく、胸甲や冑こそ思い思いのものを着ていたが、お揃いの赤に白く家紋を染め抜いた羽織をはおっていた。一そろいの甲冑を着こみ、隣に旗を持った胸甲だけの軽輩を従えた男がリーダーだろう。慎重な様子で囲んだ相手を睨んでいる。
睨まれている男は眠そうな目にあまりぱっとしない感じの人物だった。ところどころに革や金具をあてた丈夫そうな刺し子を羽織り、丈夫なことでは知られている素朴な生地のズボンとシャツ。腰につった剣帯が重そうだ。そして背中には頑丈な木枠の背負子に荷物をうずたかくつんでいる。
さすがにこの状況ではそれを背負ったままでは逃げることすらままならない。
男は荷物を下ろした。
「人違い、ということはありませんか」
一応、争いを避けるために彼はそう聞いた。
「あのとき、一緒におったものもここにおる。間違いはない」
これは言い逃れできそうにない。男はため息をついた。
「わかった。だが、あの時のあれは本当に俺じゃないぞ。俺の同居人のせいだ。おい、いいから出ろ」
男がそう言った瞬間、その場の全員が嫌な予感に一歩下がった。
それくらいまがまがしい気配が濃厚に発せられた。
男の隣に、それまでいなかった人影があった。背の高いすらっとした体を黒いドレスで覆った女。波打つ髪の毛は腰ほどもあり、軽く後ろで結われている。そして彼女が普通と違うのはその額にはまったトパーズのような黄金色の宝石。
「まっ」
誰かかが上ずった声をあげた。
「魔族だぁ」
恐怖の声。それを指揮官の腹の底からの怒声が上書きした。
「ひるむな、討て」
ここまで数秒。彼らはいきなりめまいに襲われ、例外なく全員がふらついた。
それまで、刈り入れが終わった畑の中の街道上だったのが、どこかの山の中になっていた。傾斜はあるが、切り払われた広場で少し草生している。その中央に小さく日焼けしたプレハブの小屋があり、囲まれていた男と隣にいた女がその扉をあけてせき込みながら出てきた。
「ひどい埃」
「しばらく戻ってなかったからな」
その彼らの耳にぜいぜいとあえぐ声が聞こえた。
隊長が膝をついて苦しそうにしている。その隣には旗と羽織が落ちていた。
「おや、たいしたものだね」
女は感心して隊長のまえにうずくまった。
「これは呪詛か? 部下たちを、どうした」
苦しそうな声。
「地面の染みになったね。普通はそうなる。生きてるあんたがすごいんだ」
男は少し離れた場所を確かめながらそう答えた。
「くそ、なんだこの忌まわしい場所は」
「俺の生まれたところだよ。悪かったな」
男は頭を掻いた。
「なんてひどいところだ。呪詛に満ち満ちて体が重い。気を抜くと意識をもっていかれそうだ。俺は死ぬのか」
男は女の顔を見た。彼女はかぶりをふった。
「どうやらそうらしい。もう少し強ければそうはならなかっただろう」
「くそ、そんなやつ何人いるというんだ」
それが隊長の最後のセリフだった。あとはうぐっという唸り声一つ。それで彼は動かなくなった。
「死体、のこったね」
女が疲れた声になった。
「それくらいには強い御仁だったのだろう。スコップとってくるよ。埋めよう」
男はプレハブから土木作業用のものを二本とってきた。前に使ったあと洗ってないらしく乾いた土がついている。
「あたし、こっちじゃただのか弱い女ですよ。手伝わなきゃだめ? 」
「もうガテン系女子くらいの体力はあるだろう。すんだら町におりて換金と買い物だ。欲しいものあったよな」
「く」
女はしぶしぶといった顔でスコップを受け取った。
その額にあのトパーズの姿はなかった。普通のロングヘアーの若い女性にしか見えなかった。
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