「産むが易し」と生み出せば……

 アラームが鳴り、いつも通りに目を覚ます。

 ベッドから起きて、いつものルーティーンを始めようとするが、部屋に他人の気配があった。


 部屋を見回すと、大量の空き缶やファストフードの包装紙が転がっている。

 そして、寝室の中央で寝転がっている男の姿があった。


 ――相変わらずだな。


 その男は、僕の親友。

 アニメーター上がりのプロデューサー兼監督の『鷹水 雄介たかみず ゆうすけ』だ。

 昨晩突然押しかけてきて、暴食暴飲を繰り広げて勝手に寝込んでいた。



「——ったく、リョウは早起きだなぁ」


 雄介がゆっくりと身体を起こす。

 表情からして、二日酔いはしていないようだった。



「普段通りだよ」


「――ったく、働き者は大変だぜ」


 ベッドから出て、散らかったゴミを片付ける。

 それを傍観する親友は大きな欠伸をしていた。


 この残骸は彼が生みだしたものだが、それなりの何かを抱えて僕のところにきた。

 作家としての仕事もあるが、としての役割もある。

 今、僕に求められているのはその方向性だった。



 部屋の片付けを終えて、リビングに移動。

 顔と手を洗ってから、冷蔵庫の中身を確認する。


 昨晩、いくらか仕込んだのもあってなんでも作れそうだった。

 とりあえず、よく冷えたスポーツドリンクのペットボトルを手にして部屋に戻る。


 まだ本調子ではない雄介にペットボトルを手渡す。

 頭を掻きながら、彼は受け取った勢いで一気に飲み干した。

 昨晩の安酒と同じように、見事な飲みっぷりだ。


「朝飯はどうする? 一応、なんでも作れるかもだけど」


「じゃあ、満漢全席 まんがんぜんせきでも作ってもらおうか」

「それを本気で言ってるなら、この酒瓶で頭をたたき割ることになりそうだねェ」



「朝っぱらからめんどくせーヤツだな。お好み焼きでもやってくれ、シーフードミックスとコーンたっぷり、チーズは抜きで、ネギとタマネギと紅ショウガ大盛りでよろしく」


「わかった、準備するよ」


 再びリビングに戻り、冷蔵庫から必要なものを取り出す。

 冷凍庫から取り出した「シーフードミックス」を塩水解凍するために、大きなボウルに水を入れ、多めの食塩を溶かした。

 塩水解凍の準備が出来たところで、野菜類を刻んでいく。

 長葱と玉葱はカットしておいたものをタッパーに入れておいていた。それを使えばいいだろう。


 昨日買ったスイートコーンの缶詰とお好み焼き粉セットを取り出してから、キャベツを切る用意を始める。

 包丁も昨晩研いだばかりだし、量も充分ある。2人分を焼くのには何も問題はなかった。



 キャベツの外側の葉を取り除き、包丁を差し込むように入れて芯を切り落とす。

 4分の1カットしてから、千切りにしていく。

 キャベツの繊維を断つ音と感触は、いつやっても心地良い。

 これを味わうためだけに、お好み焼きを焼いていると言っても過言ではなかった。

  

 切り終わったものをボウルとセットになっているザルに入れる。

 あとはお好み焼き粉を水に溶けば、大体の準備は完了だ――


 ボウルに規定量の水を入れ、セットに含まれている粉末を入れる。

 それをスプーンで溶いていると、インターホンが鳴った。

 作業を中断して、インターホンの端末を確認すると見覚えのある女性が映っている。



「おはようございます」

 端末の通話ボタンを押しながら、僕は挨拶する。


 元気いっぱいで礼儀正しい彼女は、インターホンのカメラに向かって深く頭を下げた。



「――おはようございます。『つむじ』の制作デスクの青森と申します。そちらに監督は……」





「――頼むから、いないって言ってくれぇッ!」

 不意に、雄介が駆け寄ってくる。

 だが、僕はそうするつもりは微塵も無かった。



「……監督ゥ? いらっしゃるんですねェ……?」

 応答しようと通話ボタンを押していたため、青森さんに雄介の声がきこえてしまっていた。これで彼は逃げられない。  


「頼むよ、リョウ……後生の頼みだからさぁ」


「こんな朝早くに来てくれたんだよ? 良い部下がいるもんだな」

「てめっ……裏切りやがったな!」


 引き留めようとする雄介を無視して、玄関の施錠を外す。

 その音を聞いたのか、向こうから部屋に入ってきた。



「朝早くに、失礼します」

 深々と頭を下げ、顔を上げる。

 すると、そこには鬼の形相をした女性に変貌した青森さんがいた。


 どこかボーイッシュで爽やかな印象の女性、雄介が所属しているアニメーション制作会社『つむじ』で制作進行をしている若い社員だった。

 仕事の打ち合わせや雄介絡みのトラブルで何度かやりとりをしている。

 素直で仕事熱心、おまけに度胸もある。同じく武道経験者ということもあって、気が合う仕事相手でもあった。



「……監督、絵コンテまだですよ。6話の冒頭、予定より遅れてます。今すぐ会社に戻ってください」

「――勘弁してくれぇ、この通り。後生の頼みだから……」


 彼女は僕に一礼 してから、靴を脱いで部屋に立ち入る。

 雄介の逃亡癖に慣れているのか、彼の首根っこを捕まえるようにして部屋から出て行こうとしていた。



「青森さん、朝食は?」

「えっ? 監督を探すのに一晩中走り回ったので夕食すら――」


 このまま雄介を仕事場に引き戻すこともできる。

 だが、それでは仕事は進まない。彼をただ追い込むだけだ。


 だからこそ、僕が問題の本質に切り込む必要がある。



「お好み焼きでよければ、食べていかない?」


「いいんですか!? 大好物なんです!」

 目が眩みそうなほどの笑顔を咲かせ、青森さんが雄介を解放した。

 居心地の悪そうな親友を横目に、僕は調理に戻る。



「先に俺の分から焼けよ?」


「ハーフにすれば2人に出せるだろ。食い意地張るなって」



 塩水解凍の済んだシーフードミックスの水気を取り、他の具材と共にボウルに入れる。

 水で溶いたお好み焼き粉を具材に絡ませるように混ぜつつ、セットに含まれている天かす、あらかじめ刻んでおいた紅ショウガも追加。



「何かお手伝いすることはありませんか?」


「大丈夫だよ、リビングの席に座ってて。せっかく来てくれたんだから、ゆっくりしてね」


 プラスチックのコップに水道水を注ぎ、彼女に手渡す。

 青森さんは思っていたより落ち着いていたが、開きっぱなしの寝室兼仕事部屋が気になるようだった。

 ちらちらと部屋の方を窺っている、                        


 

「リョウ、シャワー浴びてもいいか?」


「いいけど、青森さんがいること忘れるなよ」



 溢れそうなボウルに卵を割り入れ、全体的に混ざるように掻き回していく。

 同時にフライパンに油を回し、コンロを点けた。

 そうしていると、青森さんが席を立つ。


「あの……部屋、見せて貰ってもいいですか?」


「そういえば、青森さんとの打ち合わせは会社かWEBだけだったか」

「仙堂さんの仕事部屋、いつも噂になってるんですよ。偉い人しか入れないって」


 誰が広めたのかわからないが、僕の仕事部屋が接待部屋とでも思われているのだろうか。

 事実、「つむじ」関係では雄介以外を入れたことはない。

 作品関連では、作家デビュー以前から交流のある作家やデザイナーくらいなものだ。



「別に良いよ、焼くのに時間掛かるし」


「ありがとうございます!」

 すぐさま、青森さんは仕事部屋で向かった。



 フライパンにお好み焼きの生地を注ぎ、蓋をする。

 お好み焼きの形状を整えるために使う樹脂製のヘラ、2人分の食器と割り箸を用意してから、僕も仕事部屋へと向かった。


 仕事部屋を興味深そうに見回す女性。

 つい最近、同じような状況があったが全く同じような表情と動きをしていた。



「……これ、くろがね先生の設定画ですよね! 見たことないラフもありますし!!」


「鉄先生はラフも凄いからね」


 ちょうど今、『つむじ』で制作中のロボットアニメである「LAST WINGS」。

 その資料を貼り出している。特にメカデザインの内容が多く、僕は軍事とSF要素の監修として関わっていた。

 もちろん、原作は僕の作品である。



「そういえば、この戦闘機のデザインって鉄先生が全部考えたってホントなんですか?」


「どうだろうね、僕はただ仲介しただけだから」


 作中に出てくる変形メカ、主力戦闘機のデザインは数年前に僕が発注したものだ。

 もちろん、自分の原作作品に付けるイラストのために使う予定だったのだが、雄介の強い要望と機運によってアニメ作品に登場することになってしまった。

 細かい指定、デザインの方向性は僕が事細かにオーダーしたものである。


 つまり、僕とデザイナーの趣味性が両方活かされているということになるわけだ。



 青森さんが作品の資料を読むのに勤しんでいると、雄介が戻ってきた。

 パンツとアンダーシャツの姿で僕の隣に立つ。


「別に隠すことねーのに」


「秘密っていうのは、思っている以上にあっさり拡散されるもんだろ?」

「たしかに」


 身に覚えがあるのか、納得する雄介。

 僕が作品に関わっていることは、ようやく有名になってきた雄介の監督としてのキャリアを潰しかねない。

 世間は、思っている以上に想像力が無いものだ。

 特に、監督が作品の全権――作品そのものを握っていると思い込んでいるらしい。


 1人で全部やる監督がいないわけではないが、雄介は世間からはそういう風に思われている。

 そんな所に、原作は別人だということが明るみになってしまえば実情を知らない人々は容易く非難を始めることだろう。


 僕はあくまで、自分が考えた物語を「面白い」と思ってもらいたいだけだ。

 それが媒体やタイトルの違いくらいで変わるわけではない。

 他人の看板に付け替えられたとしても、僕の所にちゃんと報酬と次の仕事として巡ってくるなら、それは何も問題にはならないはずだ。



 

「君は……もうちょっと、隠そうよ」


「――たしかに、ちと寒いな」

 

 半裸でうろつく親友にジャージの上下を貸し、僕はキッチンへと戻る。

 フライパンで焼いていたお好み焼きは、ちょうど裏返すタイミングだった。


 水滴だらけのガラス蓋の向こうに、火が通って固まりつつある生地が見える。

 軽く揺すると、生地の形状が崩れずにフライパンの底を滑っていた。


 ――片面はいい具合だ。


 火を強め、しっかりと焼き固める。

 ガラス蓋を取り、コンロの火を止めた。フライパンを持ち上げてお好み焼きを手元に寄せ、振り上げる。

 天地が返り、焦げ目の付いたお好み焼きの面が見えるようになった。


 コンロの上にフライパンを戻し、再びコンロに火を点ける。

 あと少しで完成だ。 



 一度、部屋に戻ってみると、青森さんが僕のデスクに着いていた。

 置きっ放しの紙の束を集中して熟読している。



「青森さん、もうすぐできるよ」


 僕が声を掛けると、ハッとした表情をして手にしていたものを机の上に戻す。

「すみません、勝手に読んじゃって……」


「大丈夫だよ」


 青森さんがデスクから立ち上がる。

 リビングに戻ると、雄介が早々に席に着いていた。


 2人は準備完了、ご馳走が出てくるのを待っている。

 


 フライパンを振ってお好み焼きをひっくり返し、焼き目を確認。

 良い感じに焼けている。あとは調味料をかけてできあがりだ。


 冷蔵庫からソースとマヨネーズ、キッチンの収納棚から鰹節と青のりの小さいパックを取り出す。

 

 フライ返しでお好み焼きを2分割。半月状になったものを皿の上に乗せた。

 お好み焼き用ソースとマヨネーズをたっぷりかけ、鰹節と青のりをふりかける。

 それを2人に出すと、感嘆の声が漏れ聞こえてきた。



 まじまじと僕が焼いたお好み焼きを眺める2人。

 そんな2人の前に、冷蔵庫でキンキンに冷えたコーラのペットボトルを置く。

 生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 



「さて、頂きますか――」

 割り箸を手に、ペットボトルを開封する雄介。炭酸ガスが漏れる音がリビングに響き渡る。

 彼の割り箸が、お好み焼きのソースに塗れる直前――


 僕は、皿を雄介から引き離す。



「モーニングの前に問題を解決しよう」

「――てめぇ、裏切りやがったなっ!!」


「夕食抜いてまで駆け回った青森さんの苦労、汲み取ってやれよ」


 

 裏方というのは人から嫌われる仕事だ。

 だからこそ、その働きにはきちんと報いる必要がある。



「――ったく、酷いヤツだぜ。お前は」


「君ほどじゃないよ」


 ルーズリーフとペンを用意し、携帯端末のレコーダーアプリを起動。

 これで準備が出来た。



「さて、仕事を終わらせないとね……お好み焼きが冷める前に」


 雄介が取りかかっている仕事、その問題点と原因――それを会話の中で探る。

 お互い、自分の強みと弱みを知っている。だから一緒に仕事ができた。


 それに、何かにのもお互い様だ。

 組んで仕事をするようになって、どちらかと言えば雄介の方が躓くことが多いけど、僕だって手こずることもある。

 何かあれば、徹夜で議論を交わしてきた。


 だから、この問題も解決できるだろう。


 何故なら、彼は――最高のクリエイターだからだ。

 

 



 

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