第20話
今までの素っ気なさが嘘のように、王子もといレオとの距離は徐々に縮まっていった。彼は宣言していた通りお昼休みに例の中庭に顔を出すことも多くなり、最初こそは持ってきていたお弁当に驚いたけれど「画期的だな」とすぐに納得した。彼も王族ではあるけれど学園では平等を謳っているため、誰であろうと学食は並ぶものなのだ。それを億劫に思っていたのか彼がお弁当に切り替えるのはわりと早かった。
三人であったり、五人であったり。賑やかな昼食を取るようになってから学園内の噂もだいぶ変わった。最初は私のことを悪女だのなんだの悪どい噂が流れていたにも関わらず、最近ではレオと共にいることが多くなったせいかヒロインほどではないけれど良心的な噂も流れている。悪役令嬢補正、これで少しは少なくなったかなと思っていたときだった。
「今度の休日、一緒に出掛けないか」
たまたま登校が一緒になったときに、レオから出てきた言葉に目を丸くした。お出掛けですか、私とレオが。そんなこと今まで一度もなかったけど。私とレオで。
でも私はすぐに頭を切り替えた。こう言ってはなんだが、レオは言わば今「治療中」なのだ。人間嫌いだったところを少しでも改善しようと彼は頑張っている。それを手助けしてあげたいと、あのとき背中を丸めた小さな姿を思い出して私は頷いた。
「いいわね。今後のための予行練習、しっかりしましょ。女性と出掛けたことなど今まで一度もなかったでしょう?」
「……そうだな。寧ろ無理とすら思っていた」
「あ! 動きやすい服装にしてね? なるべく目立たないほうがいいかも」
「護衛は一人付けても大丈夫か」
「うーん、そうね。でも護衛もあまり目立たないように」
「ああ、護衛にもそう言っておこう」
変わったことといえば、レオの表情がかなり豊かになってきたこと。微笑むことも多くなったし、いつも難しそうな表情をしていたけれどそれもなくなった。いい傾向かもしれない、そう思って教室にたどり着くまで大まかな予定を組む。特に目的があるわけではなく、色々と見て回りたいらしい。
次の休日わざわざ迎えに来てくれるらしい、屋敷の前で待っていてくれという言葉に素直に頷いた。人間嫌いを克服しようとしている彼の頑張りを無碍にするわけにもいかない。私が頷いたことに彼はそっと息を吐きだし、自分の教室へと向かっていった。
そうして迎えた休日、彼はしっかりと迎えに来ていた。王族だと気付かれないように控え目の馬車、服装も街に紛れ込めることができるぐらい大人しいものだ。そういう私の服装もメイドにお願いしてきらびやかさというものを一切なくしたものになっている。
私の服装を見た彼は、一度止まりそして「似合っている」と口にした。女性に対する言葉も多少なりとも学習してくれたらしい。今までの彼ならきっと「地味だな」と言っただろうから。もちろんそう口にした途端張っ倒す準備を私はできていた。
レオの手を取って馬車に乗り込み、一緒に馬車に揺られる。エディに散々忠告されたのだと小さく愚痴をこぼした彼に苦笑をもらす。それだけあなたが心配だったのよと告げれば顔を顰め視線を窓の外に向ける様は歳相応だった。
街が賑わいを見せ始めたのを確認して馬車は止まり、私たちも降りる。そう早く迎えに来なくていいと告げた彼は私服姿の騎士に目を向け、その騎士も目立たないように私たちからわずかに距離を取った。
「さて、レオ。何か気になるものはある?」
「……前々から思っていたんだが、女性は何を贈れば喜ぶんだ?」
そういうことに無関心だった彼はまったくと言っていいほどわからないのだろう。前に見舞いにエディが持ってきてくれたお花は本当にレオが準備してくれたもので、そのお礼を言うのは随分遅くなってしまったけれど。あのお花を選ぶのも相当迷ったに違いない。誰かの助言がなければあんな可愛らしい花を選ぶこともなかっただろう。
「そうね、お花もいいと思うけれど。アクセサリーとかも喜ぶんじゃないかしら」
「カトレアもそうなのか?」
「うぅーん、私はあまり嬉しくないかも。パーティー用にアルストロ家でしっかり準備しているし」
「……それもそうか」
「相手の趣味がわかればそれに合わせたものが一番いいかな」
「なるほど」
話しながらも周りに視線を向ける。色んな店が並び出店もある。王族であるレオはこうして街の中を歩くなんてこと滅多にないだろうし、買い食いなんてもちろんないはずだ。彼の社会勉強のために、ここは一つ一肌脱いで上げようではないかと早速出店に向かって所謂『焼き鳥』を二つ購入した。
「はい、レオ」
「……大丈夫なのか? これは」
「たまにはいいじゃない。お腹下してもちゃんと薬持ってきてるから」
「下す前提なのか……」
「念の為よ、念の為」
レオは恐る恐るといった様子で焼き鳥を一本受け取り、ジッと視線を向けていた。普通の焼き鳥だから大丈夫でしょうと私は早速一口、口に運ぶと軽く瞠目した目でこっちを見てくる。うん、ちゃんと火は通っているしタレの香ばしい香りがする。これにビールがあれば最高なんだけどなぁ、だなんて思いつつ二口目に行くとようやくレオも一口パクリと口に運んだ。
「どう?」
「まぁ……悪くはない」
「無理だったら私が食べるから」
「大丈夫だ」
強がりかな、と少し様子を見てみたけれどしっかりと咀嚼して食べているところを見ると、食べれないこともないみたい。お互いちょこちょこと食べながらどこの店に入ろうかと見渡してみるも、いまいち興味がそそられない。完食したのを見計らって串を受け取り、自分の串と一緒に紙に包むと護衛の人がそっと現れそれを受け取っていった。
「少し見て回ろうか」
「そうね」
お腹に来ているわけでもなさそうだし、取りあえずよかったかなとレオに賛同して二人並んで歩き出す。花屋に目を向けて、この間くれたお花の花言葉を調べてみたと言ってみたら彼はなんと「そんなものがあるのか」と軽く驚いていた。花言葉すらわからないとは、彼の持っている知識はだいぶん偏ってそうだ。
流石に宝石の意味ぐらいはわかるわよねと苦笑しつつ聞いてみると、そっと視線を逸らしたものだからこれはまぁエディが苦労しそうだ。取りあえず意味ぐらいは調べて贈ったほうがいいとアドバイスをあげた。
しばらく色々とお喋りをしながら気ままに歩いていたら、私のことを気遣ってかカフェに入ろうと彼は指差した。シンプルで客層も様々、こういうところは目ざといと思いつつ率先する彼の背中を追いかける。窓際のテーブルに着いてお茶と軽くデザートを注文してふと窓の外に視線を向けた。
「あら」
するとその視線の先には知人が。レオも私の様子に気付いて釣られるように視線を同じように外に向ける。
「君の友人か」
「そうね」
窓の向こうでフリージアがクラークさんと楽しそうに街の中を歩いている。どうやって知人の執事を呼び出したんだろうと思いつつ、フリージアがあまりにも幸せそうな顔をしているからこっちも自然と笑顔になる。
「……隣にいるのはサイラス……では、なさそうだが」
「彼の執事のクラークさんね」
「……ん?」
「フリージアの想い人」
「……ん?! だが、あれだぞ、年齢が」
運ばれてきたお茶を受け取り砂糖を少々入れたあと軽くスプーンでかき混ぜる。ポカンとしているレオに「あら」と肩をすくめた。
「恋に歳の差なんて関係ないわ」
「そういうものなのか……?」
「レオもまだまだね」
それこそ社交界などでは未亡人が若い男の人に目をつけてそのまま結婚、という話もめずらしい話ではないのに。まぁフリージアに関してはそこまでドロドロしたものではなく、どちらかというと甘酸っぱいものだけれど。
「……カトレアは、俺の知らないことばかり知っているな。令嬢が屋台で買い食いなんて、まずしないだろう?」
なぜ買い方を知っていたんだと聞かれてギクリと一瞬固まった。それはもう、前世でよくやっていたからよ。だなんて言えるわけがない。ごめんねフリージア、と心の中で謝りつつフリージアに教えてもらったのだと若干引き攣った笑顔で告げれば彼はそれで納得してくれた。以前と比べて少しは信用してもらえてるのかなとは思うけれど、ちょっとすんなり信じすぎのような気がする。
それから学園の話になり、最近周りに声をかけられることが多くなったと告げるレオに「私も」と思わず頷いてしまった。あの一件があってから、普通に同じクラスの人に話しかけられるようになったのだ。どうやらあの噂のせいで私が怖い人間だと思って話しかけられずにいたそうで。レオも取っつきにくい印象があったようだけれど、最近それも薄れてきたようだ。
軽い食事を終えてさらりと今度はレオが支払ってくれて、再び散策に戻る。今のところお喋りして食べてるだけね、と思いふと視線を上げて足を止めた。すると隣では同じように足を止めてお互い目を合わせた。
「入るか?」
「そうね」
ザッと二人並んで入った先は、ペンや紙などが取り扱われている所謂『文房具屋』。店に入ればインクと紙の香りがふわりと流れてきてお互いきょろきょろとあちこちに視線を彷徨わせる。どうやらご老人一人で経営しているようで、けれどきちんと整理整頓されていて埃もまったく落ちていない。最初自然と足が向かった先は色んな種類が並べられている羽ペンのところだった。
「細々とした細工が施されているな」
「そうね。あ、こっち綺麗」
「書きにくくないか?」
「書きやすさ重視がいいわよね」
王子は無論帝王学を学んでおり学ぶこともたくさんある、私もお父様のお手伝いをするために色々と学んでいる最中のため書き物が多いのだ。普段使っているものが自分のお気に入りとなるとやる気も出てくるというもの。
二人ああでもないこうでもないと言ったあとそれぞれ一つ商品を手に取り、次にインクに移る。インクにも色んな種類があり紙との相性もあるためこちらもまた悩みに悩んでしまう。にじみ具合はどうだろうか、このペンと合うだろうか。そうして吟味したあと選んだインクに少し満足気になっていた。
「カトレア」
そこでふと呼ばれ視線を向け、そして目を丸くする。
「レオ、まさか」
「友人に手紙を書くときに使えるだろう?」
そう、ペンとインク、ここまで来て残るは紙だ。レオが様々な種類がある紙の前に立って私を呼んでいたのだ。誘惑に抗うことができずそのままズルズルとレオの元に向かい、ここでまたしてもああでもないこうでもないと言いながら手触りを確認したりインクとの相性を考えたり。
結局それぞれ一種類ずつ購入することになった私たちはすっかり満足してしまい、吟味していた私たちに店主も満足し笑顔で対応してくれた。支払うためにもぞもぞ動いていた私の視界にスッとレオの手が移り、視線を上げる。
「ここは俺が」
「え? でもこれは私が使う分よ? 自分で」
「今日付き合ってくれた礼だ」
本当に、刺々しさがなくなったと思う。あれだけ私に無関心だったというのに、学園での出来事がこうも彼を変えてしまうとは。でもそれはいい傾向で決して悪いことではない。
ふと笑みを浮かべ、ならばお言葉に甘えてと頷くと彼も満足したかのように頷き会計を済ませる。お互いお気に入りが見つかり、ホクホク顔でお店から出るとなぜか目の前には苦笑を浮かべている護衛していた騎士の顔。そういえば、彼の存在を忘れていた。結構長々と待たせていたことに気付いて慌てて頭を下げた。
「お二人共楽しそうだったので、お声をかけれなかったのです。気にしないでください」
「悪かったな、ドミニク」
「いいえ。さて、そちらのお荷物はお持ち致しましょう」
レオと私それぞれの戦利品を受け取った彼はスッと私たちの後ろに控えた。それから多少見て回ったものの結局私たちは文房具で満足し、また日が暮れてきたことからそろそろ帰ろうということになって再び馬車に乗って帰路に着く。帰りももちろん、レオはしっかりと私を屋敷に送り届けてくれた。
馬車から降りれば後ろから声がかけられ振り返る。レオの表情は今日一日中、ずっと穏やかだった。
「そうだ、一応薬を渡しておくわね」
「ああ、一応受け取っておこう」
「ふふっ」
「カトレア――また明日」
明日はまた授業があり、すぐに会える。けれど彼からこうしてはっきりと明日を約束されたのは初めてだ。
「ええ、また明日。レオ」
手を振り見送る私を見て、彼は一度軽く手を上げそして馬車は走り去る。これが乙女ゲームの攻略対象者である王子と悪役令嬢の今の姿だと、ゲームプレイ当時の私が知ったらきっとびっくりする。「隠しシナリオ?!」って興奮するかもしれない。実際王子と出掛けるとフリージアにそれとなく伝えたら彼女は興奮していた。
命を狙われる心配がない日々って、こんなにものんびりに過ごせるものなのかと。この世界でようやく私は伸び伸びと過ごしているような気がした。
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