第6話
久しぶりの登校で真っ先に喜んだのはフリージアだった。校門前で私を待っていたらしく、馬車から降りてきた私の姿を見た途端抱きついてきた。
「よかったぁ! カトレア綺麗な顔に戻ってる!」
「久しぶりね、フリージア」
「ごめんね、本当はお見舞いに行きたかったんだけど……家がわからなくて」
「そういえばそうだった。今度遊びに来て?」
「もちろん!」
私が友達を連れてくるなんて、きっとお父様びっくりするだろうなと苦笑しつつ一緒に校舎に向かう。相変わらず視線は肌に刺さるけれどいつものことだから気にしない。ただ他の生徒がフリージアに挨拶しているのが目立っているような気がする。歩いている最中その理由をフリージアに教えてもらった。そして、どんな噂が広がっていたのかも。
「うぅっ……なんでカトレアが悪者みたいに言われなきゃいけないの……」
「補正でしょうね」
「もう! そんな補正いらない!」
私たちの最大の敵って補正なのかもしれない、と思いつつふと視線をフリージアから外せばこちらに軽く手を上げているサイラスの姿が目に入った。私も笑顔を浮かべつつ軽く手を左右に振る。
「もう頬は大丈夫のようだな」
「ええ、報告をしてくれてありがとう」
「いいや、礼を言われるほどじゃない。すぐに助けに入らなかった俺も悪い」
「本当だよ! カトレアが殴られる前に止めててよね、サイラスくん!」
「わ、悪い」
おやおや? と視線を二人の間に行き来させる。私が休んでいる間にもしかして発展でもあったのだろうか、いやこれは確実にあったな。フリージアに怒られているにも関わらずサイラスは別に嫌な顔をしていないし、もしかしてこの二人がいい感じになるのだろうか。
「と、ところでサイラスくん……君のところの、執事さんの好物って何かな……?」
「……え? クラークのことか?」
「そ、そう!」
気のせいだった。フリージアの好みがそう簡単に変わることはなかったようだ。サイラスもまさか執事のことを聞かれるとは思っていなかったようでどこか戸惑っている。まさかのヒロインがフラグクラッシャーだなんて、一体誰が想像できただろうか。
二人のやり取りを眺めつつ移動しているとあっという間にフリージアの教室の前まで来ていた。ちなみに私たちそれぞれ別のクラスだ。私は貴族たちがいるクラスに割り当てられているし、サイラスも貴族であることには変わりはないけれど剣術に特化しているクラスに。フリージアは平民のため一般クラス。
「また昼休みにいつもの場所でお昼食べましょ」
「そうね! カトレアと同じクラスがよかったんだけどなぁ……ゲーム仕様が……」
「シッ、サイラスに聞こえちゃうから」
ぽろりとこぼれた言葉に指摘しつつ、二人でちらりとサイラスのほうに視線を向けてみれば彼は小首を傾げていた。よしよしどうやら聞こえていなかったようだ。それじゃまたお昼休みに、とフリージアと別れて自分のクラスに向かって歩き出す。
ところが、いつもなら一人で歩く廊下だけれど……なぜかサイラスが一緒についてくる。貴族で男女二人で、と思いはしたものの私の視線に察してか「気にしないでくれ」と先にサイラスが言葉を続けた。
「あの騒動で俺が君を助けたことは他の生徒も知っているから、二人で歩いたところでおかしな噂は流されない」
「そ、そう……でも私はなぜあなたが私についてきているのかわからないのだけれど」
「途中まで同じだろう?」
「そうなんだけどね?」
「気にしないでくれ」
もう一度同じ言葉を言われ、今度は私が首を傾げつつ歩き出す。もしかして、病み上がりの私を気遣っているのだろうか。流石は紳士。それならばお言葉に甘えて教室まで送ってもらおうと軽く会話をしながら歩いていた。会話と言っても頬の腫れは大丈夫だったのか、熱は出ていなかったのか、そしてフリージアはどういう生徒なのかという内容だったけれど。ここでもしっかりヒロイン補正は働いている。
取りあえずフリージアはサイラス……の、執事であるクラークと親交を深めたいため彼女にとっていい方向に向かうような内容を口にする。彼女は自分よりもずっと年上の人に憧れを持っているとか、ナイスミドルについ目を奪われてしまうとか。そこまで口にすればさっきのフリージアとの会話を思い出したのか、とても複雑そうな表情をしていた。
「ありがとう、サイラス」
自分の教室の前で立ち止まり、ここまで送ってくれたサイラスにお礼を言う。確かに彼のクラスとは近いけれど私のクラスのほうが僅かに遠い。となると、彼はやっぱりわざわざ送り届けてくれたのだ。私のお礼に彼は小さく首を横に振り、それではと自分のクラスに戻っていく。
フィリップという攻略対象者に殴られたときは、もしかして他のキャラもそういう感じで私に危害を加えるものかと心配していた。けれどサイラスといいエディといい、好感度がそこまで低くないキャラは余程のことがない限り死亡フラグルートには入らなさそう。今のとろこ、取りあえずは安心しておこうと窓際の一番後ろの自分の席に座る。
まぁでも結局のところ「今のところ」なのだ。やっぱり最も安全な婚約破棄ルート一本に絞ったほうがよさそうだ。
授業中や休み時間に他の生徒からチラチラ見られることはあっても、貶されることもなければ寧ろ「大丈夫ですか?」と声をかけてくれる生徒もいた。今までまったくなかった反応に少し驚いてしまったけれど、笑みを浮かべながら「大丈夫ですわ、ご心配ありがとう」と言うとやや柔らかい笑みを向けられてホッとした。あくどい噂が流れているようだったけれど、みんながみんなそれを信じているわけではなさそうだった。
昼休みになって急いで例の中庭へ向かう。お昼は混雑する食堂を避けるためにシェフにお弁当を作ってもらっている。この世界でお弁当という文化はなかったけれどピクニック等はあるため、その要領で作ってもらった。フリージアも寮暮らしだけれど自分でおにぎりを作って持ってきている。
というかおにぎり?! お米?! この世界お米あったんだ?! とこの世界に生まれ落ちてからずっとパンを主食としていたものだから、最初フリージアが持ってきたおにぎりにすごく驚いた。一応お米のようなものはあるにはあるらしい。ただし庶民の間で安値で出回っているだけで、調理法を知らない貴族はわざわざお米を仕入れたりはしないそうだ。今度フリージアにお願いして市場などを見て回りたいと思っている。
「フリージア、お待たせ」
「カトレア~! 今日のお弁当なに?」
「サンドイッチと……フルーツね。たまごサンドとハムサンドがあるけれどどっち食べる?」
「うーん、たまごサンド久々に食べたいかも! カトレアはどうする? こっちは梅干しで」
「梅干し?! 梅干しまであるの?!」
「あるのあるの! そしてこっちはなんと、おかか!」
「おかかまで?!」
がっつり日本食だ。フリージアが持ってきたおにぎりの具に驚きつつ、いつものように交換しながら食べる。私がおにぎりを食べたくなって、どれかと交換してくれない? と言い出したのが始まりだ。それからこうして交換するのが当たり前になっている。
もしこのことを他の貴族が知ったら卒倒するかもしれない。私もお父様に言われたけれど、貴族は人から貰ったものを口にするなと言われている。中に何を仕込まれているかわからないからだ。自白剤かもしれないし、惚れ薬かもしれないし。でも相手はフリージアだしそんな心配はしていない。
私は久しぶりに食べたい、ということで梅干しのおにぎりとそしてたまごサンドを交換した。梅干しなんて、この世界で初めて食べる。相変わらずふんわりとしたお米は美味しそうだし、巻かれている海苔はいい香りがする。頂きます、と二人で手を合わせたあとパクリと一口頬張った。
「ん~っ! この酸っぱさ久しぶり!」
「このたまごサンドおいし~! たまごが濃厚でふんわりしてる」
お互い口にしたものに満足しつつこの世界ってもしかして貴族たちは洋食、庶民は和食かもしれないと次に手を伸ばす。フリージアが言うにはお米はもちろん、たくわんなど漬物もあるしこの間は納豆も見かけたそうだ。何それ市場楽しそう。
別に洋食が嫌いというわけではないけれど、たまには和食も食べたくなる。今度フリージアの部屋に遊びに行かせてもらおうかしらと思いつつ、私たちのお弁当はあっという間に空になっていった。食後にはそれぞれ持ってきたお茶でホッと一息。するとどこからか足音が聞こえて、他の生徒がたまたま通りかかっただけだろうかと顔を上げてみたらびっくり。
「すまない、食事中だったか」
「あら……サイラス。めずらしいわね」
私たちの目の前に現れたのはサイラス。もしかして何かのイベントだっただろうか。フリージアに視線を向けてみればブンブンと頭を左右に振っていて、どうやらイベントではないようだ。でも隠しイベントたるものも世の中には存在しているわけで。取りあえずどっちのフラグが発生したのかよくよく注意しなければならない。
「いや……二人が昼食を共にすると言っていたから……」
「あっ! カトレアが心配で来てくれたのね?」
「え? あ、ああ、そうだな……」
強引に自分のフラグをへし折ろうとしたわね、フリージア。満面の笑みでそんなことを先に言われてしまえば「違う」とサイラスも言いづらいだろう。これは絶対私の心配、ではなくフリージアに会いに来たに違いない。
「……いつもここで二人で?」
「ええ、そうよ。一緒に食べているの」
「本当に仲がいいんだな」
そう言葉にするほど疑っていたということかしら、サイラス。フリージアの満面の笑みも引き攣って米神に血管が浮き出ているわよ。
余計な一言を言ってしまったがために微妙な空気になりそうなところ、コホンと一つ咳払いをして少しでも和らげるように試みる。「何かご用で?」と笑顔で聞いてみれば、本当にただ様子を見に来ただけなのだと言う。まさか貴族が庶民と一緒に昼食を取っていただなんて、と彼は驚いた様子だ。確かに貴族の常識で考えれば信じられない光景だろう。
「私はただ友達と食べているだけだもの。ね? フリージア」
「そうよ! 私とカトレアは仲いいのよ? あなたよりもずーっとね!」
ギュッと腕にしがみついてくるフリージアに私も身体を寄り添ってにっこりと笑顔を浮かべる。居心地の悪さを感じ取ったのか、彼は小さく謝罪をして頭を下げた。別にそこまでする必要はないと、やんわりと頭を上げるように伝える。
「カトレア、こんなところにいましたか」
そんなやり取りをしていたらまたもや第三者の声が。今日は来客が多いわねと視線を向ければエディがツカツカとこっちに歩いてきていた。彼はサイラスに気付いて軽く頭を下げるとすぐに視線を私に向けた。
「……病み上がりなのにそのような場所に座らないでください。制服が汚れるでしょう?」
「あら、座る前に軽くハンカチで砂を払ったわよ? それに体調も悪くはないし」
「いいから。こちらに来てください」
そう言ってエディが数歩歩いた先には、いつの間にか設置されていたテーブルと椅子。いつの間に、とフリージアと顔を見合わせていたら早く座るようにと視線で訴えられる。渋々、持っていたお弁当を綺麗に片して突如出現したテーブルへと移動し席に着く。手持ち無沙汰だったサイラスはこの場をあとにしようとしていたけれど、エディに「貴方もどうぞ」と呼び止めらた。
そしてこの場には
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