死を彷徨う 田原

@haradasouzirou

1.魔王との対話

 ガクガクギガギガ。私の頭の中は壊れてしまったんじゃないか。真っ白な天井をみながらそう思った。


 水着を着た美人な人と高尚な議論を交わすことに意味はあるのか。それは、水着を着ていることが重要なわけで、高尚な議論はあくまでとってつけたようなことでしかない。


 朽ち果てる己の体を実感しながら考えていた。


「田原さん。今日は、天気がいいですよ」


 総理大臣が、暗殺されたというニュースが速報で流れた。戦後日本で、そんな事は聞いたことがない。

 原敬以来の暗殺事件ではないだろうか。実行した人物はだれなのか。私は、日本もまだまだ捨てたもんじゃないと思った。でも、決して口にすることはなかった。


 ロックバンドのボーカリストに憧れる人間は、ごまんといる。だが、ロックバンドのボーカリストに、なり損ねた人間に憧れるひとはいない。

 勝ったものは、一握りで負けた人間のほうが多い。憧れるのは勝者だ。私は、勝者よりも負けたものに興味がある。いまの私は果たしてどっちなのだろうか。


 のどに向かって何かが、流れてくる。これで私は生きているようだ。錆びついたネジへ、油を早く供給しろ。


「田原さん。娘さんがお孫さんと一緒に来てくれましたよ」


 ピコピコピコ。


「私は、この世の中を破壊するために生まれてきた」


 黒いマントをみにつけ、頭に角を生やした緑色の人間がそう言った。


 ジャーナリズムという血液が流れて暴れ始める。


「あなたは、破壊すると言ったが、破壊して一体何が残る?」


「何が残るとかじゃない。ただただ破壊したい。そして、民衆に俺様の力を見せつけたいんだ」緑色の男が言った。


「民衆に見せつけたところで、誰もあなたに従わない。そのあとは、立ち上がった民衆に殺されるんじゃないか」緑色の男は笑っていた。


「なにがおかしいんだ。そうやって、嘲笑ってると仲間にだって見限られるぞ」


 緑色の男は、ぎょろりとした目で私を見た。


「お前なんか、一握りで殺すことが出来るんだ。この世界じゃ、力があるものだけが生き残る。力なきものは、力あるものに従うしかない」


「力なきものは、力あるものに従う?そうやって、力でねじ伏せればそこに歪が生まれる。そしてその歪みからやがて崩壊する。つまりお前を恨んでるやつに、お前は殺される」私は、力を込めて言った。


「そんなやつは、すべて殺せばいい。私に従うものだけいればいいんだよ」


 緑色の男が私の首を掴んだ。私の体は、宙に浮いた。だが、私は恐れない。いつ死んでもいいと思っている。


「殺せ。私を殺したら、民衆が立ち上がる。いいきっかけだ」


 緑色の男が私の首を絞めた。苦しかったが、いい死に方だと思った。首を絞められて死ぬことを体験できるのだから。薄れゆく記憶の中でそんなことを思っていた。


「こんなところまで来てゲームなんかしないの」


 娘が子どものゲームを取り上げた。


「ねぇ、お母さん。おじいちゃんなんだか笑ってるみたい」




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