魔法のキスはいらない

ふわふわの夢から覚めて目にしたのは、薄暗い光の差した天井。


「さっきまでいたあのひとはどこ?」


わからないよ。本当にさっきいたっけ?寝てたのに?

夢の中の彼は現実には居ないんだよ。


頭に響くこの声の主は、目の前にいるでも電話越しというわけでもない。

ましてや、自身の心の中が発しているだけの救援信号に、少女自身が気づくことはあるのだろうか。


「そっか、ゆめから覚めたのがいけないんだ」


もう一度眠りにつこうとしても、遅い。

鮮明に覚えていたはずの彼の顔と声は、少女の脳内からはすっかり消え去っていた。



「やだ!やだやだ!わたしをたすけてくれるひとはどこなのよ!」


空気の澄み渡った部屋中に少女の声が充満すれば、満足できずに涙を流す。それすらも済んでしまえば、やがて叫声へと成り果てた。


「あぁ!ああぁぁあああ、ああぁあ!あぁ、ああぁぁあぁあ!」


鎖に繋がれた手首を存分に動かし、頭を掻き毟る。じたばたとベッドを蹴り振動を起こせば、気づいた研究員が慌てて部屋の扉を開ける。


「あぁもう!またお前かよ、叫びてえのはこっちなんだからな、失敗作め」


言葉を紡ぎながらも手早い動きで取り出された小さな注射器を、衣服を纏わぬ少女の二の腕に突き刺せば、少女はしんと静かになる。


「即効性のある強力な麻酔と幻覚作用の含んだ試作品の薬。実験体はお前な」


瞼を上下に開閉しながら動きの鈍くなっていく少女を横目で見ながら注射器を仕舞った研究員の男は、またもや慌ただしい雰囲気で部屋を出て行く。静けさの戻ってしまった部屋には、息をしない少女がひとり。



「おうじさまだったのね!わたしの、うんめいのひと!」


彼女の瞳が現実世界で彩られることは、金輪際あってはならない。

なぜなら、嫉妬に狂い人間を捻り潰した少女の過去を繰り返してしまうだけなのだから。

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