栄光を。

がしゃり、鎖が鳴った。



暗い暗い視界の中で、唯一見えるのは何かの光だけ。

灰色と黄色と白と、赤を混ぜ合わせたような光の正体とは既に悟られていた。


昨日までは、少なくとも正確に見えていた目の状態なぞ、今の私が知り得る事の可能な環境ではない。

ましてや元の生活に戻る事が出来ないのは、過去の自分が存じていた話である。




『此処は、どこ?』


声を発してから、そういえば声帯は潰されていなかったと思い出した。

忌々しい国の長がもつ趣味嗜好なんて、他人からすればはた迷惑な問題である。なんだよ、大音量で悲鳴聞きたいだなんて。隣に立てなくなった夫人の、汚れきったドレスの空気音で我慢しとけ。



生まれ育った森のような、自然界の匂いがする。

木々の擦れ合ったような、聴き慣れた音がする。


「故郷に帰れて満足か?」



男性、な気がした。甲冑に覆われくぐもった声から性別の判断は易々と出来るものではないし、現に今の私が成すべき行動──というより、思考ではない。


『嬉しいよ、たとえこれが、人工物であったとしても』



壇上に上がらされると、目前の群衆の中から子供の声がする。自身に子供は居ないから、単に近所で見知っていそうな、名も知らぬ子供だ。

彼から私に浴びせる罵言は、他の何よりか細くとも、他の何より強みのある。まあ、事実に変わりはないのだが。


「魔女の処刑なんて、とっととやっちまえ!」




腕が横で固定されたにも関わらず、苦しさはちっとも感じられない。学問の種類は分からないが、それほど発達していたのだろう。



手に繋がれた鎖を引く相手の先から、なにやら熱気を感じた。まだ逃げていないという事は、少なくとも絶対的な敵ではない。


物寂しい女に人間が一人ついてくるだけで、果たしてどれほど愛情表現と捉えられたのか。普通なら大したものでもない。

独り者には、ただ優しさが刺さっただけなのだ。



『名も知らぬ、青年よ。ご好意に感謝しよう』

「ははっ、助けてくれたのは貴女でしょうに」


先程の、満足か問うてきた人物だった。甲冑は脱がされたのか、声はより鮮明に聞こえた。それでも同一に思えたのは、私が老けた証明か。

何年か前に腹痛を訴えられ、症状に対する効果の確証もないが薬を渡した少女。幾分か大人っぽくなった彼女は、涙を零して笑った。


「貴女に、神のご加護が、あらんことを」


『宗派が異なる、無理じゃろうな』


炎に包まれた最期でも、苦痛も何もない。

焼け跡と共に残るのは、哀しき愛情のみだろう。

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