その2.宝物

 翠が死んでから、早いもので数ヶ月。



「ぱぱ! あれみて!」



 肩車をせがんできた優を肩の上に乗せ、さらにどうしても外に行きたいと優がぐずったので近くの河原を歩いていた時、とつぜん優が俺の髪を引っ張り引き止めた。



(いてぇ……)



 優さんや、パパの頭には残念ながら急ブレーキ用のレバーは搭載されてないんだよ。

 禿げるかと思ったぞ、優さんや。



「どうした?」

「あれみて! あれ!」

「あー……今日は満月か」

「あのおほしさまはね、ゆうのなんだよー!」

「んー? 誰がそんなこと言ったんだー?」



 さっきの仕返しにと優の脇をくすぐってやれば、きゃっきゃと笑い声を出しつつ身をよじって暴れる。当然、肩車のままなので優が暴れるたび俺の顔に小さな足がダイレクトアタックを炸裂してくるわけだが……可愛い可愛い優の足だ、痛くもかゆくもねぇ。



「あのね。ずっとまえに、ままがいったの」



『ママはね、体が悪いから長く生きられないかもしれないの。でも、大丈夫……優、あのお星様を優にあげる。ママがいなくなって寂しくなったら、あのお星様に願い事をしてごらん? ママ、キラッと光って合図してからすぐに会いに行くからね』



「……って!」

「……ははっ、そうだったのか」



 月と星の違いもわからねぇ奴だったのか、あいつは……まあ、そんなところも愛していたわけだが。

 確かに月も『星』ではあるが、その『星』とあの『星』は違うだろ……なんて、細かいことはどうでもいいな。



「あのおほしさまは、ゆうのたからものなの!」

「ふっ……そうか、よかったな」

「ぱぱにも、おほしさまあげようか?」

「んー……パパもあの星がいいなー……」

「だめ! あれはゆうがままにもらったの! だから、ぱぱにはぜったいあげない!」

「……」



 内心、めちゃくちゃ傷ついた。そりゃあもう、頭から尻まで地面にめり込むくらいに。

 だが、『優』という概念の可愛さに免じて許すしかない。

 などと――帰り道、優が作ったらしい『パパの歌』とやらを聞きながら思うのだった。



「ぱーぱはね、しんちゃんってゆーんだほーんとはね。ほーんとかな? ぱぱは、ぱぱっ! きょーもだいすきな、ゆうのぱぱっ!」

(ホント可愛いな絶対ぇ嫁にはやらねーぞ)

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