本編

☆プロローグ


 オープニングアクト。

 多くの人々が踊り、舞台を入れ代わり立ち代わり出入りする。

 そこへアミがとぼとぼと登場する。歩きながら傍らの父親(役としては用意しない)に話しかける。


アミ「お父さん……本当に私は、ライと結ばれてはいけないの? 彼と私はこの上なく愛し合っているのに」


アミ「……そんな! 彼はとってもいい人だわ! きっと私を幸せにしてくれる! 少なくとも、あの傲慢ちきで権力にしか興味のないトオリよりはよっぽど!」


 そこへトオリがやってくる。アミを見てこれみよがしに大股で近付く。


トオリ「ご機嫌よう。酷い言われようだな」

アミ「トオリ……」

トオリ「村長……いえ、お義父さんもお変わりないようで。私とアミの婚姻を認めてくださってありがとうございます。これこそ幸せの極みというものです」

アミ「私はこれっぽっちも幸せじゃないわ」


トオリ「……はは、なに、これくらいはまだ可愛いものではないですか。……さて、今日はこのくらいで」


 トオリがはける。

 アミはなおも父親に抗議する。


アミ「どうしても? どうしても、トオリと結ばれなきゃいけないの?」


アミ「……ええ、そのルールについては知っているけれど……それでも――」


 アミが体を縮こませて怯む。そして意気消沈しながら頷く。


アミ「……分かったわ。でも少し時間を頂戴。気持ちの整理をしたいの」


 早歩きで舞台からはける。

 照明暗化。


 夜の街。

 ライが佇んでいる。そこへアミが駆け込んでくる。


アミ「ああ、ライ……お父様はあなたではなくトオリと結婚しろというの。さもなくば、村のルールに従って勘当、と……」

ライ「アミ……そんな……! トオリの方はどう思っているんだ?」

アミ「彼は私との結婚を喜んでた……でも私はあなたがいいの。考える時間なんていらない、考え直すまでもない。あなたと結ばれないなら死んだ方がマシだわ」

ライ「僕もだ、アミ。でも僕は、君が勘当されて遠くへ行ってしまうなんて耐えられない……」


 ライが少し逡巡する。


ライ「親の決めたことには絶対服従、恋にも愛にも自由は許されない……こんな村、間違っている。……アミ。……勘当なんてされる前に、二人で逃げ出さないか? 二人で、街へ……」

アミ「……あなたに付いていくわ」


 ライがアミの手を取ってはける。照明変化。



☆シーン1


 明転。

 明るい昼下がり。

 アミが登場し、そこへレナがやってきて会話を始める。


アミ「レナ!」

レナ「おはよう、アミ。それで、話って何?」

アミ「実はね……私、この村を出ていくの」

レナ「ええっ!? アミ、どういうことなの?」


 レナがわざとらしく大きくリアクションを返す。


アミ「私、トオリじゃなくてライと結婚したいの。だから今晩、森を通って町へ逃げるわ」

レナ「……どうしてあたしに教えてくれたの?」

アミ「だって私たち、友達でしょう? 時々手紙も出すわ」

レナ「そう……元気でね。頑張ってね! 応援してるわ」

アミ「ええ、ありがとう。じゃあ、ね」


 レナはあからさまに明るい声でアミ励ます。その後それぞれ別の方向へ去る。

 アミが去ったのとは違う方からトオリが出てくる。


トオリ「アミ……街へ逃げる、だって? くそっ……どうして俺と結婚したくないだなんて言うんだ」


 トオリはノイローゼのように落ち着き無く動き回る。


トオリ「いつになったらライよりも俺が優れていると理解できるんだ……! ……そうだ。彼女はさっき、森を通ると言っていたな……そこで、ライからアミを取り返す!」


 トオリが決意を固めて走り去る。その様子をレナが見ている。


レナ「今のは……トオリ……またあの女に執着して……! あなたのこと、あたしの方が愛してるのよ! アミなんかには渡さないわ! アハハ……ハハハハッ!」


 レナが高笑いしながら退場する。

 照明変化。



☆シーン2


オーベロン「ティターニア! ティターニア!!」


 明転。

 薄暗い森で妖精二人がコミカルに言い争っている。


オーベロン「ティターニア! どこだ!」

ティターニア「何です騒々しい。あなたはほんっと、いつまで経っても子供みたい」

オーベロン「『また』人間の子を攫ってきて言うのがそれか!?」

ティターニア「攫ってなどいませんわ、取り替えただけ。我々妖精の繁栄の為にも必要なことでしょう?」

オーベロン「その頻度に問題があるんだよ! 一昨日も連れてきてたよねぇ!?」

ティターニア「何の問題があるのです、オーベロン」

オーベロン「その人間の世話してるの私なんだけど!」

ティターニア「ご苦労様ですわ」

オーベロン「言うに事欠いて! もっと別に言うことあるだろ!」

ティターニア「あら、もうこんな時間。人間の子との触れ合いの時間ですわ。それでは」

オーベロン「待て、あの子供たちならもういないぞ!」

ティターニア「……何ですって?」

オーベロン「だから、あの子たちは家族のもとへ戻したと、そう言っているんだ!」


 ティターニアの視線が一気に冷める。

 ティターニアがオーベロンを睨む。オーベロンはたじたじとする。


オーベロン「な、なんだよ」

ティターニア「オーベロン、あなたにはほとほと呆れました。チェンジリングは妖精の栄華に必要不可欠! それを帰すだなんて……信じられません。もっと妖精王としての自覚を持ってはいかがです?」

オーベロン「なっ……それを言うならお前だって! 王妃として、上に立つ者としての自覚はあるのか!?」

ティターニア「あなたはいつもそうやって論点をすり替える! 今はあなたの話をしているのですよオーベロン!」

オーベロン「ああそうかい流石ふしだら王妃様はご立派なことをおっしゃるなぁ!」


 しばらく睨み合う二人。

 ティターニアが愛想を尽かしたように立ち去る。


ティターニア「ふん。もうあなたには付き合っていられませんわ」

オーベロン「そうかそうかどこへでも行けこの尻軽! シッシッ!」


 ティターニアがはける。オーベロンは苛立ちを隠さず佇む。


オーベロン「くそ、ティターニアのやつめ……いつにも増した傍若無人ぶり、今日という今日は許しておけん」


 そう言いながら落ち着き無くうろうろ歩き、やがて何かを思いつく。


オーベロン「そうだ……! パック! おい、パック!」

パック「はーい!」


 パックが舞台裏から返事し、元気いっぱいな様子で飛び出す。

 縦横無尽に駆け回った後客席に向かってポーズを取り、その後オーベロンの前に跪く。


パック「なんでございましょうオーベロンさま! このパック、妖精王さまのためなら例え火の中水の中! 悪いこと以外ならなんでもする所存でございますー!」

オーベロン「元気が良いなパックよ。今日はお前にティターニアを懲らしめてやってほしいのだ」

パック「え、えぇーっ!?」


 パックが大げさに驚いて、それからあけすけに言う。


パック「まーたティターニアさまと喧嘩したんですか?」

オーベロン「うるさい! 今回の件はアレが悪いのだ。どうだ? お前の好きなイタズラを王妃に仕掛けられるんだぞ?」

パック「それは魅力的でございます! でもちょっと可哀想な……」

オーベロン「構わん構わん、やってしまえ! ……む」


 不意に草むらを掻き分ける音がする。妖精二人は咄嗟に身を隠す。

 草むらの中から苛立ちを顕にしたトオリと息の切れたレナが飛び出す。


レナ「はあっ、はあっ……待って、待ってよトオリ! もうアミなんか諦めて、あたしと結ばれましょう?」

トオリ「しつこいな! どうせお前も俺の財産目当てなんだろう。お前とはもう縁を切ったはずだ! 失せろ!」

レナ「そんな、待って、待ってよトオリ!」


 トオリは呼びかけにも応じず一人で先に進む。レナが力なくその場にへたり込む。


レナ「はぁ……あたしは本当にあなたを愛しているのに……」


 暗転、舞台縁にスポット、オーベロンとパックが出てくる。


オーベロン「なんと悲しい話だ。あの男、真実の愛に気付いていないらしい」

パック「オーべロンさまもあの男と似たようなもんですよね、あはは」

オーベロン「パック?」

パック「いえいえ何でもございません!」

オーベロン「まったく……」


 オーベロンがパックから視線を逸らし考え事をする。

 しばらく後に何か閃き、パックに指示を出す。


オーベロン「そうだパック! 確かお前、浮気草を使った薬を持っていたな?」

パック「はい! 寝ている間に目蓋に塗れば、次に見た者に恋をしてしまう、それはそれは恐ろしい惚れ薬でございます!」


 パックが鞄から薬を取り出し自慢げに解説するが、はたと気付いたように尋ねる。


パック「まさか……その薬をティターニアさまに!?」

オーベロン「やってしまえやってしまえ! 眠り薬で眠らせてな。惚れる相手は……まあ適当で良かろう」

パック「そんなそんな! 流石にそれは……」


 オーベロンは渋るパックを説得するように視線を合わせる。


オーベロン「考えてもみろ。あの傲慢なティターニアが、虫や畜生に恋焦がれているところを。なんと滑稽なことか」

パック「それは確かに面白いですけどぉ!」

オーベロン「心配するな、治そうと思えばこの私、オーベロンが魔法で一発よ。それに……」

パック「それに?」


 焦らすオーベロンにパックが食いつく。


オーベロン「さっきの人間、哀れだとは思わないか? あの『トロイ』だか『トンソク』だかいう男に塗って、女の方に惚れさせれば全て円満、だろう?」

パック「なるほど、それは確かに!」

オーベロン「なに、ティターニアへだって気にする必要はない。『トッコショ』だかのついでに塗ってくればいいのだ」

パック「むむむ……確かに。分かりました! このパック、ティターニアさまと人間の男に浮気草の薬を塗ってきます!」

オーベロン「ただし! 人間に姿を見られるなよ? あいつらは珍しいものを見るとすーぐ森を荒らすからな」

パック「分かってますって! それではいざ!」


 快活にパックが飛び出す。

 オーベロンは一人頷いて独りごちる。


オーベロン「ティターニアめ……私の仕事を増やした罰だ。フフフ……アッハッハッハッ!」


 高笑いしながらパックとは別の方向へはける。

 消灯、完全暗転。



☆シーン3


 明転。

 ティターニアが登場し独りごちる。


ティターニア「はぁ……いつになったらあの人は甲斐性というものを持ってくれるのでしょう」


 そこへパックがやってきてティターニアに声をかける。


パック「あ、いたいた! ティターニアさまー!」

ティターニア「パック。こんなところでどうしたのです」

パック「ぜひ見ていただきたいものがあるんです! ささ、こちらへ!」

ティターニア「あら、あら……ふふ、一体何を見せてくれるのでしょうね?」


 パックがティターニアの手を引いて上手側へ捌ける。誰かが倒れる音。

 その後、パックが薬を持って颯爽と登場する。


パック「いやっふー! ティターニアさまへのイタズラ、完了ーっと!」


 しばらく駆け回るが突然はたと気付いたように立ち止まる。


パック「恋しちゃう相手はー……虫でも鳥でもいいけど……もっとヘンテコなのにしたいよね……うーん」


 その場で悩むパック。少しすると足音が聞こえてくる。


パック「やばっ! 隠れなきゃ!」


 舞台横にはける。反対方向から人間の男がやってくる。手には酒瓶、かなり酔っ払っている。


ナイキ「はー……毎日毎日ダメ出しばっかり、オレにゃ芝居の才能ってもんがねぇのかね?」


 中央付近で座り込む。独白を始める。


ナイキ「団長は何もしてねぇクセにちょーっと偉いからってピーチクパーチクうるせぇし! バイトすらオレのことナメてやがるし! あー! 働きたくねーっ! 誰かこのオレ、ナイキさまを養ってくんねーかなーっ! はーっ!」


 酒を煽るように飲む。

 そこへニヤニヤしながらパックが歩み寄る。後ろ手にロバの耳とアイマスクを持っている。


パック「丁度よかった! そこの人間のおにーさん、女王さまがお世話してくれるかもよ?」

ナイキ「はぁー? ジョオーサマって、オレにゃ、ンな趣味ねーぞ……あ? ……コスプレ?」

パック「コスプレ!? そんなんじゃないっての! そんなこと言う奴にはー……こうだ!」


 パックがナイキにむりやりロバの耳をつけさせる。

 ナイキは慌てて外そうとするが外れない。


パック「あはは! 似合ってる似合ってる! やーいロバ人間!」

ナイキ「うわっ、何だこれ! 取れねぇ!」

パック「くっはははは! もいっちょ! おやすみなさーい!」


 アイマスクもむりやりつけさせる。

 ナイキはしばらく抵抗するが次第に眠りに落ちていく。


パック「王妃さまはロバ耳のヘンテコ人間に恋するのでした! うん、いいじゃんいいじゃん! 決まり!」


 暗転。

 全員はける。



☆シーン4


 明転。

 再びパックが舞台袖から飛び出す。


パック「さーてお次は人間の男! 名前はー……ト……トリ? トリテン? ……そもそもどんな見た目だっけ。あれ、さっきのやつじゃなかったよね? 違う……うん違う。あんな飲んだくれみたいなのじゃなかった……はず……?」


 首を傾げて悩むパック。ゆっくり歩いて舞台を通り過ぎる。

 そこへアミとライがやってくる。


ライ「アミ、足元に気を付けて」

アミ「平気よ。ありがとう……私、今とっても清々しい気分だわ……」

ライ「僕もだ……獣道だって拓いていける。君がいるだけで僕は何でもできるよ」

アミ「ライ……」

ライ「アミ……」

アミ「ライ……!」

ライ「アミ……!」


 お互いに見合って二人の世界へ入りかける。そこへ草を揺らす音が聞こえる。

 ライが咄嗟にアミを背に庇って警戒する。


ライ「誰か追いかけてきたのかもしれない……アミ、君は先に進んでくれ。僕が見てくる」

アミ「分かったわ……ライ、気をつけてね」


 アミが一人はける。照明変化。

 舞台縁にサス、パックが現れる。


パック「あれって……人間? よく見えないけど……男だよね! じゃあアレがト……ト……トなんとかかな? うん、多分そうだよね! よーし、パックさまのイタズラが火を吹くよ!」


 パック駆けてはける。明転。

 ライが辺りを見渡して警戒している。

 その背後からパックが近づきアイマスクを掛ける。すると糸が切れたようにその場に眠り伏す。


パック「しめしめ! 後はこの、浮気草の薬を目蓋に塗って、と……」


 パックがしゃがみ込んで薬を塗る。

 そこへトオリが登場し、その現場を目撃する。


トオリ「な……なんだこれは……」

パック「ふんふーん……(立ち上がって後ろを二度見して)げ、人間!? あれ、まだ他にも人間の男がいたの!?」

トオリ「おい、お前は……なんだ? そいつに何をしている?」

パック「何って、えーっと……あ、そ、その前に、あなたの……お名前は?」


 自分の勘違いに気付いて弱々しく尋ねるパック。トオリは訝しげに名乗る。


トオリ「俺は医者の息子、トオリだ」

パック「うあー! い、いやいや、こいつの名前もト何とかだったりしない!?」

トオリ「……そいつはライじゃないか。アミは一緒じゃないのか……?」

パック「あー! やっちまったー! ライって誰!? なんでこいついんの!?」

トオリ「騒々しい奴だな。……それで、お前は何なんだ」


 トオリがパックに大股で詰め寄る。パックは狂乱して口を滑らせる。


パック「ぼ、僕は妖精のパック……あっ」

トオリ「……妖精?」

パック「わーわー! ウソウソ! 嘘だからね! これはそのー……そうそう、コスプレ! コスプレだからねー!」


 あまりにもあからさまなパックを疑うトオリ。羽根を引っ張る。


パック「痛い痛い! それ本物だから引っ張ら……ない、で……」

トオリ「妖精か……実在したんだな。皆こんなにやかましいのか?」

パック「う……わ、忘れろーっ!」


 人慌てふためくパックを尻目にトオリが呟く。パックは無理やりアイマスクを被せてトオリを寝かせる。

 息を切らせながら後ずさるパック。すぐ後ろに眠るライを思い出す。


パック「うわ、そうだった! こいつもいるんだった! どーしよ!? 惚れ薬は妖精王さまじゃないと治せないのに! 人間に身バレもしちゃったし! まーた失敗したって怒られるよもー!」


 照明落としてパックにスポット。パックが独白を始める。


パック「……待てよ? 確かにトなんとかに薬を塗れとは言われたけど、他の奴に塗るなとは言われてないよね……」


 徐々に顔を上げ、じりじりとトオリに歩み寄る。


パック「こいつにさえ薬を塗ればいい、んだよね?」


 明転。パックがトオリにも薬を塗りたくる。


パック「へへへ……おやすみなさーい。いい夢見てねーっと……さ、お仕事終わり! 撤収撤収!」


 スキップしながらパックがはける。

 しばらく後、レナが後を追ってやってくる。


レナ「えっ……ちょ、ちょっと! トオリ! それにライも! こんなところで寝てちゃ危ないわよ!」


 レナがトオリに駆け寄り介抱する。

 体を揺さぶられてトオリが目を覚ます。そして勢い良く起き上がり、レナに迫る。


トオリ「……レナ、ああ、レナ!」

レナ「ひえっ、な、何!?」

トオリ「ああ……俺はなんて馬鹿だったんだ! こんなに可憐で天使のようなレナがいるというのに、アミなんぞに目を奪われるなんて!」

レナ「い、いきなりどうしたのよトオリ!」


 その騒がしさにライが目を覚ます。

 レナを目に入れ、すぐに起き上がり、トオリを押しのけレナに迫る。


ライ「ああレナ! 君はこの世で最も美しい女性、レナじゃないか!」

レナ「ライ!? 何言ってんの、あんたにはアミが……」

ライ「あんな女より! 君の方が美麗で魅力的だ……ずっとな」

トオリ「後から来て私のレナを口説くなライ! 彼女は俺のものだ!」

ライ「お前は一度レナを捨てたんだろう!? ええい、触るんじゃない!」


 しばらく言い合う二人。

 レナは呆れ果てて怒り、わなわなと震えながら告げる。


レナ「あんたたち……まさか、揃いも揃ってあたしをからかってんの!? ひどい! あっきれた! 心配して損したわ!」

ライ「待ってくれ! からかってなんかいない!」

トオリ「そうだ! こいつはどうだか知らないが、俺は本当にあなたを愛している!」

レナ「冗談にしても笑えないわ! トオリを追って森まで来て、こんな惨めな思いをするなんて思いもしなかった! さようなら!」

ライ「ああっ、待て! 待ってくれレナ!」


 走り去るレナを二人して追いかける。

 全員はける。



☆シーン5


 アミが恐る恐る進んでいるところにレナが大股でやってくる。


アミ「レナ!? どうしてここに」

レナ「アミ、どうやらあんた、最っ低な奴らに好かれたみたいね。ほんっと同情するわ」

アミ「一体何を言っているの……?」

レナ「ふん! すぐに分かるわよ!」


 そこへライとトオリが走ってやってくる。レナはそそくさと先に行ってしまうが、二人はアミの前で言い争いを始める。


ライ「ああ、レナ! 君は僕だけの天使だ!」

トオリ「いいや、彼女は私のものだ! (アミを指差し)お前にはこのアミがいるだろ!」

ライ「ふざけるな! こんななんちゃって清純より純粋無垢なレナの方がいいに決まってるだろ!」

アミ「なっ……ちょっと、ライ! あなたどうしちゃったの!? それにトオリまで!」

ライ「悪いがアミ、そこをどいてくれ。君に用はないんだ」

アミ「なんですって!? ちょっと、本当にどうしちゃったのよ?」

ライ「いいから邪魔をするな! この猫かぶりの阿婆擦れ女め!」

アミ「なっ……」


 アミは一瞬言葉を失う。そして怒りに震えながら叫ぶ。


アミ「なんですって……! この、根性なしの玉無し男! タートルネック!」

ライ「黙れおこちゃま体型! 陥没!」

トオリ「あっはっは! お前たち、駄目駄目同士お似合いじゃないか! 婚前交渉なんて不純だが、今回ばかりは見逃してやろう。大人しく二人で乳繰りあっていればいいさ! じゃあな!」

ライ「なっ、待て! 抜け駆けは許さんぞトオリ!」


 トオリが大股ではけ、ライが慌てて追いかける。

 一人残されたアミも怒りを顕にして追いかける。


アミ「ちょっと! 待ちなさいよライ! あんたも、あんたを奪った泥棒猫も、ついでにあのキザ野郎も! 皆! みーんな! 許さないんだからー!」


 全員はけてから照明暗化、舞台縁にサス。

 オーベロンがやってきて何事かと伺う。そこへパックが戻ってくる。


オーベロン「なんだ……? 人間どもが妙に騒がしいな」

パック「たっだいま戻りましたー! 超絶優秀な妖精のパックです!」


 客席にポーズを取るパック。その様子に嫌な予感がして、オーベロンが問う。


オーベロン「お前が自信満々だと嫌な予感がするのだ、パックよ。……お前は今何をしてきた?」

パック「はい、ティターニア様に惚れ薬を塗って、なんかいた人間の男をロバにしたやつにぞっこんにしちゃいました!」

オーベロン「ああ、うむ、それはよい。よくやった。……それで、あの人間の方はどうなったのだ?」

パック「あー……あははー……それが、ですねー……実はぁ……」


 パックがオーベロンに囁く。


オーベロン「何ーっ!? 間違えてもう一人余分に塗ったーっ!?」

パック「ちゃ、ちゃんとトなんとかにも塗りましたよ!? 名前を聞いて本人確認もしました! 間違いないです!」

オーベロン「本人確認ん!? つまりお前は、人間と話し、妖精の存在をバラした上で、さらにここまでややこしくしたのか!?」

パック「あはは……やっぱり駄目でした?」


 気まずそうに言うパックに、オーベロンは拳を振り上げて雷を落とす。


オーベロン「大馬鹿者ーっ! これでは話が拗れに拗れ、恋も愛も分からぬではないか! 私は魔法の準備をする、お前はあの人間たちを集めて落ち着かせろ!」

パック「は、はいぃっ!」


 パックが走ってはける。オーベロンは大きく溜息をついて逆方向にはける。



☆シーン6


 役者が入れ代わり立ち代わり登場、退場する。


レナ「(走りながら)しつこいわね! もう付きまとわないでよ!」

トオリ「レナ! 俺のたった一人の女神!」

ライ「いいや! 俺の一番の輝き!」

アミ「何よそれ! わたしにもそんな気障な台詞言ってみなさいよ!」


トオリ「(ライと組み合って)この、無駄な抵抗をするんじゃない!」

ライ「なんだと!? じゃあ無駄じゃない抵抗をする!」

トオリ「無駄じゃない抵抗もやめろ!」

ライ「(空を指差して)あっ! UFO!」

トオリ「えっどこどこ……あっ待て! こら!」


ライ「(レナに追いついて)やっと捕まえた! 僕の子猫ちゃん……」

レナ「きゃっ……離しなさいよこのストーカー! このっ」

ライ「(殴られて)おっ……ふっ……さ、さすがレナ、ボディブローまで上手なんだね……うぐっ(レナの足に縋り付く)」

アミ「ようやく見つけたわ! この泥棒猫! ライを返しなさいよ!」

レナ「はぁ!? あんたまで何!? (ライを振り払い)返せるもんならとっくに返してるわよ! こんなへなちょこヘタレ男!」

ライ「へなちょこヘタレ男!?」

アミ「ちょっと、どこ行くのよ! 待ちなさい!」


トオリ「くそ、出遅れた……ライ?」

ライ「へなちょこ……へなちょこヘタレ男……(よろめきながら退場)」

トオリ「……何だったんだ?」


(後ろで)

ティターニア「さあ、ナイキさま……こちらです。お足元にお気をつけて」

ナイキ「いや、だから、あんた誰……?」

ティターニア「ああ、辺りを飛ぶ羽虫も、あなたと聞けばオーケストラ……いつもより森が騒がしいのはきっと、わたくしとナイキさまの情事の契りを祝福しているのですね……」

ナイキ「話の通じねぇねーちゃんだなぁ……?」

ティターニア「あなたのこと、わたくしがすべてお世話させていただきますからね……ほら、横になって……」

ナイキ「(無理やり膝枕されて)お、おい! ……で、でも、これはこれでいい生活かも? でへへ……」


レナ「あんたもしつこいわね! あたしを捕まえて何しようってんのよ!」

アミ「言ったでしょ! あなたからライを取り戻すの!」

レナ「あたしだってあいつに迷惑かけられてんのよ! ライに直接言いなさいよ! ライもライならあんたもあんたね! この意気地なしのヘタレ女!」

アミ「きーっ! 何ですって!?」

トオリ「(アミを押しのけて)レナ! もう邪魔なライはいない。さあ、俺たちの愛を囁き合う時間だ……」

レナ「キモい! ウザい! 引っ込んでなさい!」

トオリ「キモっ……!?」

レナ「(トオイを押しのけて)とにかく! あたしは関係ないの! じゃあね!」

アミ「(レナの腕を引っ張り)待ちなさいよ! 逃さないわ!」

レナ「ちょっと! 痛い! 離しなさいよ!」


パック「(ライを引っ張りながら)ほーらー! 君もこっち来て!」

ライ「へなちょこヘタレ……」

パック「なんだかよく分かんないけど、生きてりゃいいことあるって! ほら、こっち!」

トオリ「キモい……ウザい……」

パック「うわ、なんかこっちにも似たのがいる……」

レナ「フラットチェスト!」

アミ「カクタスレッグ!」

パック「ひぇっ怖っ……オーベロンさまー! 全員集めましたー! 早く来てー!」

オーベロン「よくやったぞ、パック。……さぁ、この大騒ぎを終わらせよう」


 オーベロンの登場と共に、時間が止まったかのように全員の動きが止まる。

 オーベロンが舞台中央で指を鳴らす。それぞれへたり込み、倒れ込む。

 舞台に立っているのはオーベロンだけとなる。他の面々と同じように寝込んでいるパックを見て、叩き起こす。


オーベロン「こら、パック! 起きよパック!」

パック「はっ! はい何でしょうオーべロンさま!」

オーベロン「何でしょうではない! いいか、今度こそ失敗は許さんぞ。こいつ『だけ』に薬を塗って、愛とはいかに素晴らしいかを伝えるのだ。あとお前は塗り過ぎるのだ! 少しでいいのだ少しで!」

パック「は、はい! ……あれ、結局薬は使っちゃうんですか? それってまともな恋愛じゃないんじゃ……」

オーベロン「構わん構わん。この薬はな、少なからず好いておる相手にしか効果がないのだ。こっちの小娘を追いかけたのは、こやつが元より好いておったということ。いくら忘れようと、本心は誤魔化せんよ」

パック「へぇー……ん? じゃあ、ティターニアさまはホントにロバ人間が好きだったってこと……?」

オーベロン「む……そういうことだな」

パック「うひー……ロリコンでショタコンでゲテモノ食いかよー……」


 パックが寝込むティターニアを覗き込む。

 オーベロンが咳払いして話す。


オーベロン「兎も角! これで大団円! 夜が明ける前に我々は撤収するぞ」

パック「はいはーい!」


 二人がティターニアに近付くところで暗転。



☆シーン7


 明転。朝。

 ナイキはそのままに、ライとアミが、そしてトオリとレナが、仲良く肩を寄り添って眠っている。

 まずトオリが目を覚まし、隣で眠っているレナを見る。じっと見つめていたかと思えば、愛おしそうにその髪を整えてやる。その感覚でレナも目を覚ます。


レナ「トオリ……? あれ、ここは……あたし、なんでここにいるんだっけ……?」

トオリ「俺も目が覚めたらここにいたんだが……何か、夢を見ていた気がする」

レナ「夢……」


 次いでライとアミも目を覚ます。


アミ「ん……ここは……森? 私たち寝ちゃってたの……?」

ライ「何か……まだ夢の中にいるような気分だ……」


 四人とも呆然として顔を合わせる。

 しばらくしてライが夢うつつのままアミに謝る。


ライ「アミ……悪かった!」

アミ「え、ど、どうしたの、ライ?」

ライ「いや……分からない、けど……夢の中で君に酷いことを言った、気がするんだ」

アミ「そう……ううん、大丈夫よ。あなたと一緒にいられるなら、それでいいもの」

ライ「アミ……」

アミ「ライ……」

ライ「アミ……!」

アミ「ライ……!」


 ライとアミが二人の世界に浸る傍ら、トオリとレナも見つめ合う。


トオリ「レナ……俺は今、目が冷めたような気分だ」

レナ「トオリ……」

トオリ「こんなことを言うのは烏滸がましいが……もう一度、俺とやり直してくれないか」

レナ「……ええ。あたしで良ければ」


 トオリとレナも見つめ合い、はにかむ。

 小鳥の囀りが収まったところでライが立ち上がり、トオリたちに言う。


ライ「俺たちはこのまま街の方へ行こうと思ってるんだが……」

トオリ「そうか……レナ、どうする?」

レナ「あの村には戻りたくないわ。戻ったら堂々と付き合えないじゃない」

トオリ「まあ、村長たちは納得しないだろうな。……なら」

レナ「ええ……あたしたちも街に行くわ」

アミ「そう……じゃあ、途中まで一緒に行く?」

トオリ「いや、先立つものが無いからな。金くらいは取りに戻りたい。レナはライたちと先に行ってくれるか?」

レナ「……早く追いついてよね」

トオリ「勿論。……ライ。俺のレナに手は出すなよ?」

ライ「抜かせ。さあ、もう行こう」

アミ「待って。ここって森のどの辺りなのかしら」


 アミの言葉に全員立ち上がり、辺りを見渡すが判然としない。


ライ「どうすっかな……ん?」


 ライが離れた所に倒れるナイキにようやく気付く。

 全員で顔を見合わせ、トオリが女性陣を庇うように立ち、ライが一人で話しかける。


ライ「おい、あんた」

ナイキ「女王様……でへへ……」

ライ「……はぁ?」


 幸せそうな寝言にライが困惑し、トオリが痺れを切らして近寄り、蹴り起こす。


トオリ「おい、お前」

ナイキ「いってぇ! な、なんだよあんたら!」

トオリ「それはこちらの台詞だ。お前は誰だ?」

ナイキ「誰って……俺は役者のナイキっつーんだけど」

ライ「役者?」

ナイキ「ああ、街の方で結婚式があるっつってんで、そこで一本やるんだよ……で、あんたらは?」


 一行が顔を見合わせ、トオリがにやりと笑って頷く。


トオリ「ナイキと言ったな」

ナイキ「ああ、んで、あんたらは――」

トオリ「道は分かるか?」

ナイキ「あん? そりゃ毎晩来てっから街までは帰れるけどよ……だからあんたらは一体」

トオリ「教えろ。街はどっちだ?」

ナイキ「……あっち、だけどさ」

トオリ「そうか。……ならば村はこっちだな。じゃあ行ってくる」


 トオリがナイキの質問を無視して一人捌ける。

 呆気にとられるナイキにライが話しかける。


ライ「いや、さ。俺たち街の方に向かってたんだけど、道が分かんなくなってさ。もしよかったら連れてってほしいんだけど……」

ナイキ「や、そりゃいいけど……結局あんたらは何なの?」

ライ「俺はライ、こっちがアミとレナ。……あ、先約済みだから手は出さないでくれよな」

ナイキ「ああそうかい。羨ましいこって……え、もしかしてあの高慢ちきと?」

レナ「そこがあの人の魅力的なところなのよ。変わらないあの人も素敵だわ……」


 レナが惚気け、ライがアミの手を取る。

 ナイキは気まずく居辛そうに身を縮こませる。所在無さげに視線を巡らせ、困ったように客席の方を仰ぎ見る。

 暗転。



☆エピローグ


 明転。

 オーベロンとティターニアが対面して話し合っている。


オーベロン「済まなかった……お前の言い分も聞くべきだったな」

ティターニア「いえ、わたくしの堪え性が無いのが悪いのです……まさか怒りに我を忘れて森で倒れているなど……」


 パックが何か言いたげにそわそわするのをオーベロンが隠しながら抑える。

 ふいにオーベロンが何かに気付いたように顔を上げる。


オーベロン「おや……あの人間ども、森を出たようだな」

ティターニア「人間……?」

オーベロン「昨夜から森におった奴らよ。愛し合う人間ほど美しいものもあるまい」

ティターニア「……愛し合うのは人間だけではありませんわ」

オーベロン「おっと……これは一本取られたな」


 照れたようなオーベロンが反応に詰まると、パックがそれを揶揄って頬を突く。

 オーベロンはその手は払うものの、満更でもない様子で笑い、言う。


オーベロン「……さて、わたしは森の様子でも見てこよう。お前は楽にしているといい」

ティターニア「そうさせていただきますわ。行っていらっしゃい、あなた」

オーベロン「ああ」


 軽く抱擁し合ってからオーベロンが捌ける。

 それを見送ってからパックがティターニアに問いかける。


パック「ね、ね、ティターニアさま。オーベロンさまのどこが好きなんですか?」

ティターニア「そうですね……あの人は立派な方でしょう?」

パック「や、でもいつものオーベロンさまはポンコツっていうか、駄目旦那って感じじゃないですか」

ティターニア「そうですね。そういうみっともなくてだらしない所はあの人の短所ですが……そう言うのが好きな妖精も、どこかにはいるものなのですよ」

パック「ふーん……あ、んじゃあティターニアさまがあのロバ耳にぞっこんだったのは、見た目じゃなくて中身がオーべロンさまに似てたからかぁ。なるほどなぁ」


 パックが納得した様子で呟く。

 それを聞いたティターニアが笑顔を湛えたまま冷たい声で呼びかける。


ティターニア「……パック?」

パック「……あ」


 自らの失言を悟り顔が引き攣るパック。

 ティターニアはパックの両肩を掴み引き寄せて問いただす。


ティターニア「ロバ耳に、ぞっこんとは、何のことですか?」

パック「や、えっと、えーっと、それ、は、ですねぇ……」

ティターニア「それは?」

パック「そ、そりぇはぁ……」

ティターニア「それは?」

パック「あ、あは、あはは……へへ……へ……」

ティターニア「…………」

パック「……うぅ」


 暗転。

 しばらくしてからティターニアの怒声が響く。


ティターニア「……オーベローンっ!」


 そのままドタドタとティターニアが捌ける。

 舞台中央にスポットライト、取り残されたパックが客席に向かい肩をすくめて言う。


パック「……痴話喧嘩は妖精も喰わない、ってことで」


 暗転。閉幕。

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【脚本版】真夏の夜の情事の事情 水無月ふに男 @junio

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