Uターン

あべせい

Uターン



「あんた、あんただよ。ここは公道じゃない。月極めの駐車場だ」

「すいません。すぐに、すませますから」

「すぐ? すぐでも、ダメだ。一度利用したら、『1分に付き、百円申し受けます』って、そこに書いてあるだろうがッ!」

 なるほど、駐車場出入口の左右を囲う金網に、50センチ角ほどの白いプレートが貼りつけてあり、そこに、

「無断で立ち入るべからず。違反した場合は、1分につき百円也を請求致します」

 と、ある。

 なンだ、コレ!?

 乗用車のハンドルを握るドライバーの戸来刃月(ときはづき)は、運転席に近寄ってきた、つなぎ服を着た40がらみの男をしげしげと見た。

 その駐車場は、30台ほどの駐車スペースがあり、全体が緑色の網目状のフェンスで囲まれ、車1台分のスペースがそれぞれ白線で仕切られている。

 出入口はバス通りに向かって1ヶ所あるが、幅が6、7メートルあり、かなり余裕がある。

 刃月は、道を間違え、Uターンしようとしてバックでその駐車場に乗りいれ、来た道と反対方向に出ようとしたところで、つなぎ服の男に呼び止められた。

 刃月は、その男が、それまでどこにいたのか、全く気がつかなかった。いきなり、宙から抜け出てきたような印象を受けた。

「1分百円、って高くないですか。それに、時間はどうやって計っておられ……」

 刃月はそこまで言ってから、男の手に台所で用いるようなタイマーが握られていることに気がついた。

 とりあえず、ここから出よう。そうでないと、どんどん料金が加算されてしまう。

「いま、車を出します」

「逃げても、ナンバーは控えたからな」

 男は手慣れた動作で、刃月の車が駐車場を出た瞬間、タイマーを止め、小さなノートに時間を記入した。

「2分40秒だから、3分3百円だ。釣り銭はあるゾ」

 男はそう言いながら、つなぎのポケットから小銭入れを取り出して、振って見せた。チャラチャラと音がする。

 3百円くらいなら、いいか。しかし……。

「おかしいンじゃないですか」

「何が?」

「1分につき百円なら、2分40秒で200円でしょう。まだ、3分にはなっていないのだから」

「あんた、どこのコイン駐車場だって、『30分2百円』なら、29分だって200円取られるゾ。それが、世の中の常識だ」

「待ってください。その日本語がおかしいンです。それだったら、『30分未満200円。30分以上60分未満400円』と表示すべきでしょう」

「あんた、細かいひとだなァ」

「細かいって、それは取る側の論理です。支払う側にとっては、不都合な話です」

「あんた、仕事は?」

「失礼でしょう。ひとにものを尋ねるのなら、自分のほうから名乗るのが、スジというものです」

 つなぎの服の男は、初めて困った顔になった。

「オレか。オレは、車の修理屋だ」

「車の整備士が、どうして駐車場の管理をなさっているンですか?」

「いろいろ、聞きたがるやつだな」

「それが、私の性分です」

「この駐車場と契約している車が故障したり、車検に出す時期になったら、オレがすべて引き受けて対応する。ここの管理会社とそういう約束になっている」

「なるほど、仕事が途切れないようにしている、ってわけですか。あなた、商売がお上手ですね」

「お上手ですね、と言われたことはないが。そうでもしないと、この時節、車の修理屋はタイヘンなンだ。で、あんたの仕事は?」

「私は、国語の教師です。中学ですが……」

「国語か。国語は苦手だったな。中学校の先生なら……」

 つなぎ服の男は、そこまで言ってから、何か思いついたのか、

「もォ、行っていいよ、あんた。あんたのような生真面目な人間から、3百円くらいもらっても、仕方ない」

 と言い、さっきとは打って変わって、さわやかな表情で、駐車場から去っていく。

「もしもし……」

 刃月は、つなぎの男を呼びとめた。

「失礼ですが、車の修理はどちらでなさっておられるンですか?」

 つなぎの男は振り返って、運転席の刃月を見た。

「その斜め向かい見えるだろう。『上赤塚モータース』って。あれがおれの仕事場だ」

 なるほど、20メートルほど先の民家の壁に、『上赤塚モータース』という看板が見える。あそこから、この駐車場を出入りする車を見ているというわけか。

「じゃ、この車が故障したら、お願いします」

「いいよ。あんたなら、安くしておく」

「失礼ですが、お名前は?」

「オレか。オレは、神城(かみしろ)だ」

「神城さんですね。覚えておきます。私は戸来刃月といいます」

「名前なンか、どうでもいいが、どこの中学だ?」

「ここから車で3分ほどの……」

「そうか。やっばりな。あそこなら……」

 神城は、少し考える顔になった。

「しかし、神城さん。あなたは、見かけによらず……」

 刃月はそう言いかけて、口を閉じた。

「見かけによらず、何だ?」

「いいえ、見かけに寄らず、大らかな方だなァと……」

 本当は、「見掛けによらず、いい方だ」と言おうとしたのだが、「いい方」では神城の見かけが「よくない」と言うようなものだから、慌てて言い方を変えた。

「この駐車場の持ち主がちょっと細かくてな。それで、まァ、片手間にやっているわけだ」

 神城は、そう言って去って行った。

 しかし、2人の関係は、これで終わらなかった。


 中学2年生の神城の娘が、学校から帰るなり、

「お母さん、タイヘン!」

 と言いながら、修理工場兼自宅に駆けこんで来た。

 1階が12畳余りの車の修理作業場になっていて、その脇に自宅玄関用のドアがある。

 そのとき、主の神城久留(かみしろひさとめ)は、車の下に潜って作業していた。

 いつものことなので、娘の伊澄(いすみ)は、車体の下から覗いている父親の両足をチラッと見ただけで、玄関ドアの中に入って行く。

 久留は車体の下でレンチを動かしながら、あいつのタイヘンは本当に大変だったことがないからなァと、ボヤいている。

 一方、奥の台所で夕食を作っている久留の妻・芳未(よしみ)は、包丁の手を休めて、台所に走ってきた娘を振り返った。

「どうしたの? いいカレでも出来たの?」

 芳未は、娘の伊澄が、一方的に恋焦がれている上級生の存在に気がついている。片想いだ。しかし、伊澄はそのことを、まだ親にも言えないようだ。

「そうじゃないの。戸来先生が失恋したの!」

「そォ……」

 芳未は、なんだそんなことか、といった反応をして、再び包丁を使う。

「お母さん。戸来先生って、独身で24才。わたしと10才しか違わないのよ」

「それで、どんなひとにフラれたの?」

「それが、わたしの中学で数学を教えている富良野実寿子(ふらのみすこ)先生。美人だけど、戸来先生より、2つ上の24才よ」

「数学の富良野先生なら、前にうちでお車の修理をさせてもらっているわね。ピンク色の派手な車だったから、よく覚えているわ」

「そう。知らなかった」

「あなたたちがそんなに騒いでいるくらいだから、お2人は学校でも、恋人どうしって、噂になっていたのでしょう?」

「それがそうじゃないの。戸来先生は富良野先生に片想いしていたの。でも、富良野先生には、英語を教えている旭河先生という歴とした恋人がいるの。でも、旭河先生には別居中の奥さんがいて、離婚が進行中……」

「なんだか、ややこしい話ね」

「だから、旭河先生の離婚が成立しそうなので、戸来先生の目がなくなった、って……」

「あなたたち、学校でそんな話、ばかりしているの」

「そうじゃ、ないけど……」

 それまで元気だった伊澄の声がトーンダウンする。

「伊澄、その話は本当か」

 いつの間にか、主の久留が後ろにいて、洗った手を手拭いで拭いている。表情が少し緊張気味だ。

 伊澄は振り返って、

「ホントよ! 間違いないわ」

「戸来先生って、四角い黒縁のメガネを掛けた、一見好男子だろう?」

「お父さん、どうして知っているの?」

「いま、その戸来先生の車を預かって、修理しているところだ」

「ヘェー、うちに修理を出しているの?」

「おかしいか?」

「車検?」

「ドアミラーが壊れて、車体の下から油漏れもしている。どこかでぶつけたらしい」

「おかしいわ。先生は安全運転で有名よ。学校には車通勤しているけれど、いつも、脇を歩いているわたしたちがイライラするくらい、ゆっくり走っている」

「ぶつけられたか?……」

「お父さん、戸来先生の修理代、安くしてあげてね」

「うむ?」

「だって、わたし、戸来先生のこと、大好きなンだもの」

「伊澄ちゃんは、吹奏楽の先輩に憧れていたンじゃなかったの?」

「お母さん。そんなこと、だれから聞いたのよッ」

「あなたのおともだちが、言ってたわよ」

「コマチね。おしゃべりなンだから。でも、あの先輩には、わたしが太刀打ちできない恋人のいることがわかったから、もう諦めたの。いまは戸来先生、一本にしている」

「そういうことなら、実費だけもらっておくか」

 と、久留が言うと、すかさず、妻の芳未が、

「あなた、うちの家計に響くことはやめてください!」

「お母さん、工賃を半額にするくらいだったら、いいじゃない。娘の大切な先生よ!」

 こんどは、娘の伊澄と母の芳未が対立する形になった。

「伊澄、いま言った数学の富良野先生が、英語の旭河先生と不倫しているというのは本当か?」

「どこまでの関係か、よくわからないけれど、2人で校舎の陰で話をしているところを見たことがあるわ」

「そうか……」

「お父さん、気になるの」

「別居中の奥さんがいて、よくやると思ってな」

 久留は苦笑いしながら、そう言った。

 妻の芳未は、その夫の顔を見て、首を傾げた。


「お母さん、タイヘン! 本当にタイヘンなのッ!」

 娘の伊澄が学生鞄を床に放り投げるなり、廊下の拭き掃除をしている母の芳未に叫んだ。

「どうしたの。憧れの先輩のハートが取り戻せたの?」

「もォ、そンなンじゃない。あれは、もう終わりッ」

「じゃ、どうしたの。そこに立っていられると仕事がはかどらないンだけれど……」

「ごめん。お母さん。でも、富良野先生が突然、学校をやめることになったンだもの」

「やめる!?」

「突然じゃ、結婚でもないし、どうして?」

「理由は聞かされていないンだけれど、噂では……」

 と、そこへ、

「英語教師との不倫がパレたンだろう」

 久留が作業衣のまま入ってきて、蛇口の水を飲みながら、そう言った。

「お父さん! そうだと思うの?」

「あなた、3日前、仕事をおっぽりだしてどこかへ行ってたわね」

「それは、その、いつもの部品の仕入れだ」

「お父さん、ウソついてる。わたしにだってわかるわ。いま、小指で鼻の下をかいたもの」

 娘の伊澄が、母の芳未に代わって、父親を責める。久留は、ウソを付くとき、つい指で鼻を隠す癖がある。

「実は、あの富良野という女性教師から呼び出されたンだ。車の調子がおかしいから、みて欲しい、って。そのとき、おまえは、買い物に出かけていたから、話せなかった」

 久留は、言いにくそうに言う。

「それで? まだ、あるでしょ」

 芳未は、追及の手を緩めない。

「それで、って……」

「どこに行ったの。バイクで行ったでしょ」

 芳未は、ある程度の予測はついているようだ。

「その富良野の教師の車が置いてあるマンション……」

「そこで、何があったの?」

 娘の伊澄は、両親の会話を興味津々といった顔つきで聴いている。

「何って、おまえ、誤解しているゾ。おれは、そのマンションの駐車場に行って、彼女の……」

「カノジョだって、富良野先生のこと……」

 娘の伊澄がおどけるように言う。

「伊澄ちゃん、お父さんをからかうものじゃありません」

「はいッ」

「それで、あなた、何をしたの?」

「だから、車のエンジンを掛けて、調子をみた」

「そのとき、そこへ、だれか来たの?」

「おまえ、なんで知っているンだ。いたのか、あのとき、あそこに……」

 久留は、自信ありげに落ち着いている妻の顔を、まるで幽霊に出遭ったように見つめた。

「女のカンよ。いいから、続けて……」

「戸来先生の車が、その駐車場に入って来た……」

「お父さんが修理してあげた車ね。戸来先生は、富良野先生に会いに来た、ってわけ?」

「伊澄、いい加減にしなさい。これ以上、大人の話が聞きたいのなら、黙っていること。いいわね」

「はーい」

 伊澄は、つまらなそうな声を出すと、階段を上って2階の自分の部屋に行った。

「あなた、戸来先生は富良野先生に振られたのじゃなかったの? それとも、ヨリが戻った?」

「それがだな。どうやら、あの富良野という女性教師は、戸来先生と、旭河先生の両方とうまくつきあっていた、ようなンだ」

「二股、ってこと?」

 久留は頷く。

「あの日、富良野先生の車の調子がおかしいから、2人は戸来先生の車で出かける予定だった。あなたは、富良野先生が出かけている間に、車の修理をさせられた、ってことなの……」

「そういうことになるかな」

「あなた、そんなつもりで行ったンじゃなかった、と顔に描いてあるわよ」

 久留は、びっくりしたように妻を見る。

「ウソよ。こんなところで驚かれたら、女房を悲しませるだけよ。それで、2人は戸来先生の車に乗って出かけたのね」

「車はセルモーターのコードの接続が緩んでいただけだから、修理はすぐに終わるとわかったが、戸来先生が助手席にすでに富良野先生を乗せて、駐車場を出ようとしていた。そのとき、もう1台の車が、出入り口を塞ぐようにやってきた」

「旭河先生のポルシェでしょ。あの先生、車道楽だから、困ったものよ。公務員の給料で買えるか、っていうの」

「おまえ、どうしてわかったンだ。また、女のカンか?」

 久留は、妻の鋭さに舌を巻いた。しかし、芳未は、

「そこでひと悶着あった。富良野先生は、二股かけているから、旭河先生のポルシェに乗り換えようとした。戸来先生の車は、国産の……」

「大衆車。それも製造から10年たっている。しかも、1200㏄と小さいから、見栄えが悪い。オンナだったら、そりゃ、ポルシェを選ぶだろう」

「でも、どうして、戸来先生と旭河先生が同じ時間帯に出くわしたの。富良野先生が、わざと同じ時刻を指定したとは思えないけれど。それとも、あの先生、そういう女性?」

「いや、そういうひとじゃない」

「あなた、わかるの?」

「そうじゃなくて、あのとき、あの場のようすをおまえに話したいだけだ」

「どうぞ。ゆっくり聴くから」

 久留は、ダイニングのテーブルに妻と向き合って腰かけた。

「いいか。あのとき、おれは富良野先生の車の点検をしながら、3人の話を黙って聞いていた……。

 戸来先生は、助手席を降りて、旭河先生のポルシェに近寄る富良野先生を呼びとめて言った。

『先生、彼には病気の女房がいるンですよ。これ以上、不倫を続けるおつもりですか?』

『不倫? わたし、不倫はしません。旭河先生、だから誤解されると言ったでしょ、何度も……』

『わかりました。戸来先生、お話します。ぼくの妻は、富良野先生のお姉さんです。いま、妻は胸の病気で実家に戻って静養している、それで、見舞いに行きたいとおっしゃる富良野先生を、定期的に車に乗せてお連れしている。それだけです』

『エッ』

 戸来先生は、それを聞いて唖然とした。そりゃそうだ。オレだって、びっくりした。中学校では、2人は恋人同士だって生徒の間にまで噂が広がっているのだからな。当人は、そのことを耳にしているのだろうから、はっきりと説明すればいいのに、なぜ黙っていたのか。

 すると、戸来先生が言った。

『じゃ、富良野先生、どうして、きょう、ぼくをここにお呼びになったのですか? 旭河先生の車で、お姉さんのお見舞いに行かれるのでしたら、ぼくは必要ないでしょう?』

『刃月さん、あなたってひとは、本当に、女心がわからない方ね』

 『刃月』というのは、戸来先生の下の名前だ。『刃月さん』と言ったから、おれはまたまた驚いた。富良野先生の気持ちのなかで、戸来刃月は、熟成していたンだ。そのことに戸来先生は気がつかなかった。

 しかし、そのときおれには、富良野先生の考えがわかった。それは、病気の姉さんの死期が迫ってきたので、その前に自分の結婚相手を紹介しておきたいと思ったのだ、と」

「なんだか、演歌の世界ね」

 芳未は、まぜっ返すように言う。

「しかし、それが本当だったのだから、仕方ない。富良野先生は、それで戸来先生との交際をあきらめ、学校を去ろうと決心したのだろうが、そうじゃなかった」

「富良野先生って、案外、心持ちの立派な方なのね。あなたが岡惚れするのも、仕方ないか」

「岡惚れってなンだ。おれは、あの先生に、まだ、何もしちゃいない」

「まだ? まだ、って言ったわねッ」

 久留は、シマッタ、という顔になった。

「そういう意味じゃなくて、車の修理を頼まれたが、結局あの日は部品がなくて、そのまま乗って帰ることにした。まだ、何も手を付けちゃいない。部品が手に入るまで、作業場に置いてある」

「まァ、いいわ。それで、3人は、そのあとどうしたの?」

「わからないものだな。旭河先生が、説得した。ポルシェから降りると、富良野先生に近付き、『実寿子さん』と呼び掛けた。実寿子さんというのは、富良野先生の下の名前だ。

『実寿子さん、戸来さんをいじめるものじゃありません。彼は真剣なのだから。あなたのことを心底、思っている。それは彼の目を見ればわかる。ですから、きょう、あなたは彼の車に乗って、予定通り彼とデートしてください。そのあと、ぼくの妻の実家に来て、見舞ってあげてください。ぼくは、一足先に、妻のもとに行きます。彼女は、ポルシェが大好きで、きょうが最後のドライブになるような気がするから……』って」

「あの日、富良野先生は戸来先生とデートしたってわけなの。それで2人は、結ばれた……あなたは愛のキューピッドになった、ってこと?」

「愛のキューピッドは、旭河先生だ。彼は、見かけに寄らず、愛妻家だ。実寿子さんは、妻の妹といっても、あれだけの美人だ。気持ちが動いてもおかしくないが、ちっともそんなそぶりはみせなかった。立派だ。聖職に値する人物だよ」

「あなたは、感服したってわけか。それで、実寿子さんに対する気持ちもふっきれた、ってわけ」

「オレは最初から、そんな邪まな感情なンかない。失敬だゾ」

「怒ったの?」

「当たり前だ。オレは、おまえ一筋だ」

「でも、あなたの仕事ぶりを見ていると、修理の依頼が来ても、女性の車から、それも美人の車から、仕上げていくわよね」

 こいつ、よく観察していやがる、と久留は思ったが、そんなことはオクビにも出さず、

「それは偶然だ。車の修理や整備は、部品の調達や、手間のかかる箇所を考えて、作業の手順を考える。それだけだ」

 そこまで言ったとき、階段から、娘の伊澄がうれしそうに顔だけを覗かせて、

「じゃ、富良野先生は、コトブキ退職になるのね」

「伊澄ッ、いい加減にしなさい!」

 芳未が怒る。しかし、久留は、

「いいじゃないか。これも、大人になるための勉強の一つだ。おまえは大好きな戸来先生を早く諦めることだな」

「心配しないで、もう、代わりが見つかったから」

 娘の伊澄はそう言って、ケラケラと笑った。

                 (了)











 


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Uターン あべせい @abesei

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