小説家志望者は荒野を目指す

芦原瑞祥

第1話 立志~文学学校の門を叩く

 物心付いたときから、小説家になることが夢だった。


 仕事や資格取得の忙しさに流される日々、ふとそのことを思い出した私は、二十代後半(当時)にしてようやく行動を起こしたのであった。


 独学では時間がかかると判断した私は、O文学学校という詩と小説の学校の門を叩いた。ここは、田辺聖子先生をはじめプロ作家を輩出した知る人ぞ知る学校。目指すはプロデビュー! まだ若い私は鼻息を荒くしていた。


 文学学校には昼の部と夜の部がある。十八時半からの夜の部は、ほとんどが会社帰りの二十代三十代だった。一クラス十~二十人。半年につき一人二回の作品提出日があり、クラスの全員に作品コピーを配布、一週間後に「合評」が行われる。

 

 合評とは、提出作品について、ここがいい、ここはよくない、こうしたらもっとよくなるのでは、のような批評をクラスの全員が順番に述べ、最後にチューターが総括し、作者からの一言で締めくくる、初心者にとっては精神的にきつい会だ。泣き出す人も珍しくない。


 入学二年目の専科、三年目以降の研究科だとそれなりに合評の際に「言ってはいけないこと」を把握しているのだが、一年目の本科生は批評の仕方が分かっていない。だから、作品批評ではなく作者攻撃になったり、自分を上に見せるためにわざときつい言葉を使ったり、「こんな鋭い批評のできる俺すごいだろ!」アピールだけが鼻についたりと、なかなかに酷い言葉の殴り合いが繰り広げられた。


 しかし、誰彼なしにきつい批評を浴びせていた者も気づく。

 自分の作品の合評順が回ってきたら、それ相応のお返しをされることを。


 自分の書くものはいずれ芥川賞も取れるようなすごい作品だ。そう思っていたのに、書き上がった作品は頭の中にあったものとは似ても似つかないもので、そのギャップに耐えられない人、自作が他人からケチョンケチョンに批判されることに我慢がならない人、最初の数ヶ月で何人かが脱落していった。


 逆に適応した人達は、締切があるからこそ作品を書き上げられること、読んでくれた仲間に意見をもらえることに喜びややり甲斐を見いだし、安居酒屋で終電の時間まで文学談議に花を咲かせていた。


 私もO文学学校に通っていなかったら、作品を完成させることがなかなかできなかったと思う。やはり締切は偉大だ。そして(直接会ってその場で意見交換できる)誰かに読まれるという意識が、作品をブラッシュアップしてくれる。


 小説にはどうしても作者の人生観が反映される。書いた小説を読み合うというのはある意味で、精神的な裸の付き合いのような側面がある。O文学学校は、私にとって湯治場みたいなところだった。大層居心地がよかったので、その後十年くらい居座ってしまった。


 そんな楽しい文学学校だが、困った人にもたくさん遭遇した。なにせ文学を志す人というのは、何というか癖の強い人が多いんですわ。


 本科の同じクラスに、Aさんというおじさんがいた。どこかの会社の社長らしいが、自分の作品に少しでもケチをつけられると烈火のごとく怒るので、みんな腫れ物に触るようにしていた。


 そのAさんが、占いが趣味だからと、飲み会の席で女性たちの生年月日を聞いて占っていたことがある。

 ちなみに私もその場で占ってもらったのだが、その後自宅に手紙が届いた。

 詳しく占った結果、あなたは~~で~~な傾向があり、先日のあなたの作品もそうだったからとても心配だ。自分なら力になってあげられるから云々みたいな、最終的には口説き文句っぽいことが書かれていた。


 なんか嫌だなー、と思いつつ文学学校に行き、授業終わりに女子トイレで一緒になった仲のいいクラスメイトと話していると、Aおじさんはどうも彼女のところにも同様の手紙を送っていたらしい。


「え! 嘘! 私のところにもおんなじような手紙来たよ。占いにかこつけて」

「マジか!」


 そのとき、トイレの個室のドアが勢いよく開き、中から同じクラスの女性が出てきて一言。


「私もーーー!!」


 どうやらAおじさんは、クラスの女性ほぼ全員に同じ手口で口説きまがいの手紙を送っていたらしい。

 女性陣は全員チベットスナギツネみたいな顔になり、その手紙のことは黙殺したのであった。


 Aおじさんは意趣返しなのか単に意地が悪いのか、クラスの全員が登場するパロディ小説を提出してきた。

 ちなみに私は、「高学歴漫才師として売り出してるけどめっちゃ男の趣味が悪くて意外と歳食ってる、かわいそうな女」として登場した。

 

 中途半端でツッコミづらいわ!!


 そんなこんなで、私の物書きライフが騒々しくスタートしたのであった。

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