推し活 -新日本武道館への道-

判家悠久

# If You Let Me Stay

 202✕年晩秋。青森市役所のプレゼンテーションルームでは、進藤市長・西原副市長・猿渡総務部長が、驚天動地の密議が開かれる。


 ある大型施設の誘致。それは地方行政の希望か絶望か。

 見た目ハンサムの40代前半の西原副市長、モニターのプレゼンテーション3ページ目にして、どうしても壮年の猿渡総務部長に寸止めを食らう。


「西原副市長、あなたは正気なのですか。この新日本武道館への道って、何故に日本武道館を青森に作る必要が、何処にあるのですか」

「猿渡総務部長実に良い質問です。長くなると飽きるのでサクッと削りましたが、日本武道館は1964年東京オリンピックに開所され、改修はあれど優に半世紀を超えており、新設は切実なものと聞いております。あの武道館を、また東京の何処かなんて非現実そのもので、青森誘致すべきと私達青森市が手を上げる次第です」

「ご冗談を、誰がそんな事を許すと思っています。東京都いや内閣が、この青森に武道館を移設なんて、あなた、西原副市長、どれだけ敵に回すというのですか。進藤市長、何か言って上げて下さい。」


 同じくハンサムコンビの40代前半の進藤市長、ただ愉快そうに。


「まあまあ、青森市に新日本武道館なんて、実に素敵な事では無いですか。あのコロナ禍で首都圏機能が懐死した状態では、地方こそが唯一の希望ですよ。やっとか、然るべき首都圏機能の分散、大いに結構かと思いますけど、駄目ですかね」

「駄目も何も、団体日本武道館が納得しないでしょう」

「そうですかね。未だ首都圏は入場規制凄まじく、会場費に見当たった公演も出来ない事から、あの武道館は愚かレーベル経営以外のホールは青色吐息ですよ。その後は西原副市長、よろしく」

「宜しいでしょう、進めます。過去首都圏の入場規制は解放雰囲気あったものの、新型コロナの変異止まらずで、やはり3割入場が限界です。ここでプラチナチケットの争奪戦が勃発し、ファンクラブで売り切ってしまいます。ここに消費者庁のメスが入って、入場券販売とファンクラブ入会は、やはりバーター商法との判断が下りました。ここからが実に繊細な問題です。コロナ禍前であっても、首都圏のチケット確保は困難で、確率の低い各地方のホールのチケット争奪戦に移行してます。市場原理なら止む得ないも有りましょうが、私もライブで立会い、MCの挙手アンケートをいざ見たら、現実は地方のホールの入場者の2/3が遠征者でした。地方文化醸成こそがツアーの最大の定義の筈が、とんでもないの結論ですよ。猿渡総務部長、ここ迄で何か感想は有りますか」

「それはコロナ禍前の話であって、今はオンラインライブが盛んの筈ですよ。もはやホール文化再びは二の次で良いと思います」

「かー、甘いな猿渡総務部長は、ホール公演文化が廃れないのは、あの特大PAによる爆音を浴びて、日頃の鬱憤をぶっ飛ばす為ですよ。生演奏による音楽文化はそう簡単に廃れないものです」

「進藤市長のおっしゃる通りです。未だコロナ渦中に於ける地方のホールの入場者はプラチナチケット上等で、現在では4/5が遠征者になります。地方は入場制限が8割と言えど、首都圏の遠征者に対する貸しホールになっている現状を看過出来ますか、まるで出来ません。それならば圧倒的なパイを増やす為に、新日本武道館を建築するのが手っ取り早い迄です」

「まあね、武道館誘致でその汎用性になるけど、青森は雪国だからドームスタジアム作ろうにも、そのスポーツ振興県の熟成は高止まりがあってリスキーだから、そのまま武道館の機能を移設した方が確実だよね」


 余りの非現実展開をどう進めるか閉じるかで、不意に沈黙に沈むプレゼンテーションルーム。西原副市長が淡々と、モニターに映る大文字のコピーのページを捲る中、猿渡総務部長の呆れの一声が漏れる。


「さて、全てがごもっともです。この本州最北の青森市に何が出来るかは、ごもっともなカンフル剤です。ただこの用意周到で大規模な推し活で、H‘zeを推しに推しても日本の唯一無二のロックデュオの地位は揺るぎ無いですよ」


 西原副市長と進藤市長、お互いに顔を見合わせては綻ぶ。


「猿渡総務部長ご心配なく。H‘zeは私達が推さなくても確たる地位です。私達が推すのは、アイドルグループ、TPG事Tokyo Percussion Girlsですから。平成初期の個性抜群の1代目、10年代のタイアップ不遇の2代目、そして現在伸び代有り過ぎる3代目を推さずに誰が推しますか」

「まあTPG全世代通してだけど、首都圏からほぼ出た事無いから、低迷時に首都圏4300万人のごく限られたファンに根気強く頑張ってと言っても限界あるよね。1代目のメンバー水原智香子の三愛誓詞のロッカバラードがダブルミリオンで金字塔を立てたのなら、これを携えて都道府県ツアーに出れば、確実にファン層は広がるというのにね、どうなの。そもそも首都圏大集合なんて、レーベルにとってみれご勝手な運営指針だよ。だからこそ、青森で新日本武道館建築しようなら、行こうよ青森、俺の県も負けずに頑張ろうになるじゃ無い。この大きなエールの輪と絆はこんな時代だから大切だよ。だから、猿渡総務部長には内諾して貰いたいな」

「確かに、カラオケでのつい選んでしまう水原智香子の三愛誓詞のロッカバラードは素晴らしいです。転調毎にシーンを創造出来る水原智香子の素質は、TPGでの育成があればこそです。2代目はまああれのあれが良ければでしたが、3代目で洋楽志向に戻って、Terence Trent D'ArbyのIf You Let Me Stayの日本語カバーは唸るしか有りません。これは日本のソウル史に新たに刻まれる事でしょう」

「流石ですね、猿渡総務部長」

「お見それしました、猿渡総務部長。TPGの一緒のファンとは話が弾みますよね。ねえ」

「平成バブル世代は、洋楽志向がどうして強く、そこに夢の数々が有ります。ただTPGのノーリミット推しは悪ノリし過ぎです。大体ですよ、西原副市長の前置きに有りました、現在の日本武道館の1964年東京オリンピック時点での総工費は18億円です。コロナ禍と第二次冷戦の世相のレートを鑑みると軽く96億円に達します。これは何処から融通するのですか。大手都市銀は渋いのなんの。青森有力銀行も合流の余波から今一つ決断が鈍いです。昨今の流れですと、クラウドファンディングで頭金作り、または仮想通貨で評価を得るかしか有りませんが。どれも非現実です。ですが、プレゼンテーションは大いに楽しめました。進藤市長、西原副市長、ここはどうか諦めましょう」


 進藤市長と西原副市長、顔をみわせては5秒、そしてこくりと頷く。


「いや、原資は無くは無いんですよね。猿渡総務部長」

「猿渡総務部長、青森市の除雪費用ですが、今年度の除雪費はお幾らで計上されています」

「先年の大雪を考慮して40億円です。状況によっては一般会計補正予算案で50億円の大台も止む無しの審議原稿は推敲中です。いやまさか、あなた達は一体何を考えているのです」

「ほぼトレースします。2年分の除雪費を転用出来れば、新日本武道館の短期返済は画期的な事です。それが何か」

「まあ、仮に雪が降ったとしても、気温も上がって雨でも溶けるし、何より春なんて、あっという間です」


 猿渡総務部長、ただ歯を食いしばり拳を握っては、ゆっくり机をゴンと。


「冗談では無い、昨冬季は散々除雪しても、雪、雪、尚も雪で幹線道路も閉鎖しましたし、物流も滞り青森市の経済は疲弊し、いやこれでは好意で青森市の誘致に応じてくれた企業大多数が撤退してしまいます。あなた達は政治のド素人だば!」

「まあまあ、猿渡総務部長、冷静になりましょう。仮に青森市に雪が降らず積雪が0cmでしたら、その除雪費は丸々浮きますよね」

「何を夢を大いに語ります、青森は雪国大国そのものです」

「いえいえ猿渡総務部長、統括部長クラスであれば、日本国のセーフプログラムリストをご存知ですよね」

「まあ、あっても知らぬ振りのギフテッドの名簿一覧、国策で手厚く保護すべきのセーフプログラムリストがここで何を発揮するのですか」

「そうか、ですよね。滅多やたらにセーフプログラムリストは開け無いですものね。そう9月から青森市に転入してきたのですよ、通称シャイン君は」

「バリューネーム:シャイン。その名の通り、天候は何事にも快晴で、古事記で漸く上がるかの、最高レベルのギフテッドがいれば、最低でも青森市は何ら雪を恐れる必要は無さそうです。如何ですか、ここから至って平和的に予算の繰り越し幅は大いに見通せそうですよね」

「ああ、シャインだからって、何ら構えなくて良いですよ。地球温暖化の振り幅で、猛暑は更にの展開はなく、至って穏やかとの事です。青森市、何か運が巡ってきましたよね、本当」

「恐れながら、九分方その運営方針を承るとして、青森は米の最高生産地です。冬に雪が降らなければ、夏の水回りに不具合が生じて、米の品質が問われます」


 進藤市長と西原副市長と猿渡総務部長、ただ思い倦ねながら、不意に盃を上げる仕草が広がる。


「そこの難しいお話は会食で、美味しい地元酒を傾けながら進めましょうか」

「それも久しく良いね。米の品種改良は人類最大のテーマだよ。一つ位増えても、何ら問題無し」

「それならば、コロナ禍で激減して、いまや本町に数件の老舗懐石料理桃園にしましょう。さて、インターネットで漸く予約して、お酒も飲めない時代は、実に切ないものですね」


 三人、盃の仕草を持ってして、青森市に未来に献杯を捧げる。

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