767.そろそろ観念するしかなさそうです
土曜日である。
午後、陸奥さんたちが来るという。うちの風呂場を改めて見るというだけなので、ニワトリたちは遊びに行かせた。
今日は珍しくポチユマメイが出かけて行った。そんなわけでタマと二人である。
ここで「タマも出かけていいんだぞ」とか言うとつつかれるのでもう何も言わない。
どうせなので畑を見たり、川を見に行ったりした。この寒いのに、タマは川の中に足を突っ込んだ。
「冷たくないか?」
「ツメターイ」
「早く上がれよー」
水がとても冷たそうなので心配になってしまう。タマは川の中に何度か嘴を突っ込んだ。
「多分ザリガニはもう冬眠してると思うぞー」
「イナーイ」
タマは不満そうに川から上がり、ぶるぶるとその身を震わせた。
「わわっ!」
濡れるっつーの。
すぐそばでぶるぶるされたわけではないのでびしょ濡れにはならなかったが、多少は濡れた。念の為バスタオルを持ってきておいてよかったと思った。
「こーら、タマ。拭くぞー」
足場がある程度安定している場所まで誘導して、バスタオルでわしゃわしゃと拭く。
普段触れられるのを嫌がるタマだけど、拭く時だけはおとなしくしててくれるんだよな。こんなところがかわいいと思う。
「よし、これで大丈夫だろ」
拭き終えると、タマは下流の方へ向かった。それを追っていく。川沿いということもあってか、タマの歩みは俺に合わせたものだ。
そんな気遣いがありがたい。
時折タマは振り向いて、俺が付いてきているかどうか確認する。なんだかんだいって、タマも俺のことを気にかけてくれているんだなと再認識して嬉しくなった。
特に枯草が大量に溜まっているような場所も、木が倒れているようなところもなかった。タマは定期的に川に足を踏み入れては、川の中をつついた。その度にバスタオルで拭いてやる。ニワトリの羽ってのは思ったより水気を含まないからできることだ。でも何枚か持ってくればよかったなと思った。
「タマ、今日のところは戻ろう」
さすがにバスタオルが濡れてきた。
タマが俺に振り向いた途端、ぷしっとくしゃみをした。
かわいい。
「寒いからさ、帰ろうよ」
俺がそう言ってわざとぶるぶる震えている様子を見せると、タマもしょうがないわねとばかりに元来た道を戻り始めた。タマはなんだかんだいって優しいんだよなー。
家に戻り、服をつついてもらってから一旦中に入ってもらった。
「ちょっと待ってろよー」
使ったバスタオルの汚れを軽く落として洗濯機へ。そして新しいバスタオルを出して土間にいるタマを改めて拭いた。もちろん声はかけてから。
「フクー?」
「うん、俺が心配だから拭かせてくれ」
わしゃわしゃとタマを拭き、羽を軽く整えさせてもらった。タマは表に出てからバサバサッと羽を動かした。
「ごはん用意するなー」
そんなことをしている間に昼になったので、タマと俺のごはんを用意した。タマには養鶏場から買ってきた餌とシカ肉のスライスを付けた。今回はシカ肉をそれなりにもらってきたのであげることができている。だから狩りに行かなくても不満がそれほど溜まっているかんじではない。
ん? ってことは狩りがしたいというより、肉を食わせろってことなのか?
まぁ、うちのニワトリたちは規格外にでかいしな。肉を食べないと身体の維持ができないのかもしれない。もう少しタンパク質を意識するか。人間だっていろんな物を食べないとだめだもんな。
お昼ご飯を食べ終えて、土間の掃除などをしていたら陸奥さんたちがやってきた。
「今日はタマちゃんがいるのか。珍しいな」
陸奥さんがタマを見て相好を崩した。戸山さん、おっちゃん、相川さんだけでなく、畑野さんと川中さんも来た。
狩猟チーム全員集合で、タマはコキャッと首を傾げた。俺もタマと同じように首を傾げそうになった。
「今日は風呂桶を受け取ったんだけどよ。まだ設置しねえから、家に置いてきた。風呂場の周り、もう一度測らせてもらっていいか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
戸山さんがタマに近づく。
「ごめんね、タマちゃん。今日は狩りに来たんじゃないんだよ。家のお風呂を広くするから、どうやって作ろうか考えてるんだ」
タマは諭すように言われて、ココッと鳴いた。
「今日明日でやるのは現実的じゃないな」
「でも今日明日を逃すと十二月入っちゃいますよ~」
畑野さんと川中さんが壁を見ながら話している。
「あのー、聴き忘れたんですけどリフォームってどれぐらい期間かかります?」
「最短で三日だな、ここだと」
おっちゃんがさらりと答えた。
「そうですか」
「その間は昼にうちで風呂入ってけ」
「ははは……」
「えー? 佐野君て毎日お風呂入らないといられない人?」
川中さんに聞かれてしまった。
「まぁ、できれば毎日入りたいですね」
「ガス代たいへんじゃない?」
「佐野さん、この際ですから薪と灯油兼用の風呂釜にしましょう」
相川さんがにこにこしながら言う。そういえばそんなこと言われてたんだよな。
「薪、そんなにないですよ」
「落ちてる枝とかでもいいんです。間伐も捗りますよ」
それは確かに、と思う。なんだかんだいって、炭焼き小屋の側では間伐は自己流でやってたからそれなりに貯めた枝とかはあるんだけどさ。
「僕も手伝いますから、ね?」
「じゃあ、お言葉に甘えます……」
なんつーか、うちはおじさんたちの工作の場になってしまっているみたいだ。俺も恩恵を受けてるからいいけどさ。
タマは我関せずで、少し離れたところで草をつついていたのだった。
次の更新は、11/1(金)です。よろしくー
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