392.一年が過ぎていた

 今日も昼ご飯までごちそうになってからまったり帰った。

 そんなに飲んではいないつもりでもけっこうアルコールは分解されないものである。深酒なんかしようものなら翌日いっぱい抜けないのではないだろうか。それでも翌日になったら大丈夫だ~と運転しているおじさんたちはいるのだが、一応飲んだ翌日は午後になってから動くことにしている。

 ただ、お菓子かなんかに入っているアルコールに関しては勘弁してもらいたいと思うのは俺だけだろうか。それでも酔っぱらう人は酔っぱらうのかもしれないけど。最近はお菓子にもアルコールが入っています、と店頭のポップに書かれている場合もあるらしい。あのポップというのはわざわざ店員さんが作っていると聞くからご苦労なことだと思う。商品にはちゃんとアルコール何%と書いてあるのだから客がきちんと確認しなければいけないように思うが、そうしない客からクレームがきたりするのだろうか。世知辛い世の中だなと思った。

 そんな取りとめもないことを考えながら山の上の家に帰りついた。

 帰ったら帰ったでやることは沢山あるんだが、やっぱりほっとする。ニワトリたちを軽トラから下ろし、遊んできてもいいぞと声をかけた。荷物を持って家のガラス戸を開けると底冷えがする。急いでオイルヒーターをつけてボウルに水を汲み、外に出した。そうしておくとニワトリたちが勝手に飲んでくれるのだ。出かけて帰ってきたらまず水だよな、と俺が思っているだけだけど。


「さみー」


 上着を脱げないまま薬缶に水を入れて沸かしている間に洗濯機を回す。水は冬の間ずっと出しっぱなしだから凍結はしない。チョロチョロだと凍る可能性があると言われたので細くではあるが普通に出している。濾過した川の水だし。

 軽く家の中や土間をホウキで掃いて一息ついた。表を見るとポチとタマはおらず、ユマが畑の周りをぽてぽてと歩いていた。

 餌を確認してまた倉庫から取ってくる。そのついでに青菜をユマにあげた。ユマは嬉しそうにバリンバリンととてもニワトリが食べているとは思えない音を立てて青菜を食べた。そのギザギザの歯が怖いっす。


「あ、そうだ」


 思い出して養鶏場の松山さんに電話した。明日、おっちゃんはまた隣山の人たちと山の手入れをするらしい。隣山の手入れだ。多少歩きやすくなったらまた陸奥さんたちに声をかけると言っていた。そんなにたいへんな状況だったのかと、手入れの重要さを痛感した。うちもできるだけ手入れしないとな。


「はい、松山です」

「こんにちは、ご無沙汰しています。佐野です」

「あら、佐野君」


 電話に出たのはおばさんだった。餌を買いに行きたい旨伝えるといつでもいいという。ついでに予防接種のことを聞いたら、4月になる前に木本医師が来てくれることになっているから、その時には連絡をくれると言われた。


「佐野君、またごはんを食べていってちょうだい。お友達も誘ってきてくれると嬉しいわ~」

「いいんですか?」

「よかったらガールフレンドも連れてきてね」


 この場合のガールフレンドは彼女という意味だろう。おばさんには悪いがちょっと古風な言い回しだなと思った。


「女子の友達なら声をかければ来てくれると思いますけど……彼女はいないので」

「佐野君いい男なのにねえ。でもこの村じゃ出会いがないかしら」

「ははは……」


 世話をされても面倒だから桂木さんに彼女役を頼もうかと思ってしまう。でもそんなことをしたら一晩経たないうちに村中に広がってしまうだろうからそれは断念した。世話好きというのも良し悪しである。


「明日、餌を買いに行ってもいいですか。俺一人ですけど」

「もちろん大歓迎よ。昼ごはんの時間に合わせて来てちょうだい」

「わかりました。ありがとうございます。楽しみにしています」


 一人でフットワーク軽く出向いた方がよさそうである。こちらのお嬢さんはどう? なんてお見合い写真など用意されてはたまらない。いや、いくらなんでもお見合い写真はないか。でもなんともいえないしな。電話を切ってから、俺は少し首を傾げた。

 いつのまにかユマが家の中に入ってきていたらしく、俺と同じようにコキャッと首を傾げた。

 なんだよこのニワトリ、かわいいじゃねえか。


「ユマ」


 手招きしてぽてぽてと近づいてきたユマの羽をそっと撫でた。よく毛づくろいしている羽はいつもほとんどごみなどがついていなくてキレイだなと思う。夏の間は砂浴びもしていたが、最近は全然していないようだ。虫がいない証拠なんだろうか。でも気が付くとポチとタマはたまに砂を被っていたりするから個体差があるのかもしれない。


「はー……ユマはかわいいよな」

「カワイイー?」

「うん、ユマはかわいい」

「カワイイー」


 バッサバッサと羽を広げて喜ぶさまが尚かわいい。

 もう俺の嫁はユマでいいや。言わないけど。

 なんで言わないのかと言うとユマは裏表がない子なので口に出してしまうからだ。ユマが自分のことを「サノノヨメー」とか言い出したらポチとタマに冷たい目で見られてしまうに違いない。下手したらタマにドロップキックを食らう危険性もある。だからこのことは俺の心の中に留めておくことにした。

 ペットに気を使わなきゃいけない飼主ってなんだろう。いや、まぁペットっぽくないしな。

 ユマを撫でるだけ撫でてからお茶を淹れて一息ついた。

 冬の間は紅茶がいいらしいですよと相川さんにいただいたものだ。紅茶は身体を温めるものらしい。緑茶は一年中飲んでいるが、緑茶は身体を冷やす働きがあるので冬は向かないと言っていた。それでも温かくして飲めば違うらしいが。

 働いている時はコーヒーばかり飲んでいたが、ここに来てからはお茶を淹れて飲んでいる。最初におばさんから緑茶を分けていただいたからだった。お茶葉の量がわからなくておばさんに教えを乞うたのもいい思い出である。ここに来る前はお茶の淹れ方も満足にできなかった。


「もう一年は過ぎたんだよな……」


 ここに来てから。

 一年過ぎて、俺の心境はどうだろう。大分記憶も薄れてきたが、それでも思い出すとまだ胸が激しく痛む。

 心の傷はまだまだ根深い。

 目に見えて、治療が簡単にできればいいのにと思う。

 顔を上げるとユマが土間でうろうろしている。その姿に癒されるなとしみじみ思った。

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