389.ニワトリが駆けてくる光景がいつもパニック映画

 待っていると時間が長く感じられるもので、まだ明るいうちではあったが二羽が帰ってきた時はやっとか、という思いだった。

 準備は全て整っていた。持って行く着替えなども全て軽トラに積み込み済である。

 ポチとタマの汚れをざっと取ってやってから軽トラに乗せた。手土産の煎餅は相川さんが用意してくれるというので甘えることにした。

 おっちゃんちに着くと、もう秋本さんたちはシシ肉を運んできてくれたようだった。


「こんにちは~」


 玄関の擦りガラスの戸を開けて中に声をかける。


「いらっしゃ~い。まだ戻ってきてないから適当にしてて~」

「はーい」


 おっちゃんたちはまだ山の方にいるようだ。主催者がまだ戻ってこないのならまったりしていればいいだろう。

 ニワトリたちは畑の方へ向かわせ、おっちゃんたちが戻ってきたら知らせてくれるように頼んだ。庭に顔を出したら縁側で相川さんと結城さんがお茶を飲んでいた。みんな来るのが早いなと思った。


「佐野さん」

「佐野さん、こんにちは」


 先に相川さんが気づいた。


「相川さん、結城さん、こんにちは」

「陸奥さんたちは中にいますよ。さすがにじっとしているにはここは寒いですから」

「ああ、そうですよね」


 陽射しはまだあるので風さえ吹かなければなんてことはないが、ひとたび風が吹くとしばれる気はする。春にはなったがまだまだ寒い。

 そうしているうちにユマが駆けてきた。


「ユマー? おっちゃんたちが帰ってきたのかー?」


 コッ! と肯定するようにユマが鳴く。立ち上がって畑の方を見やれば、おっちゃんともう一人の姿が見えた。おそらく隣の人だろう。遠くてあまりよく見えない。おっちゃんたちの後ろにポチとタマがいる。それはまるで守っているかのように見えた。うちのニワトリたちにとって、おっちゃんたちは庇護の対象なのだろうかと少し不思議に思った。

 おっちゃんたちはゆっくりとした歩みで戻ってきた。


「おかえりなさい」

「おう、昇平か。いや~参った参った~」

「少しは手入れしないとだめだな……」


 二人きりで手入れをするのはたいへんだっただろうと思う。


「お疲れ様です」

「久しぶりに疲れたな。もっちゃん、やっぱ手入れが必要だぞあれは」

「そうだな。すまなかった……」


 もっちゃん? おっちゃんは確かゆもっちゃんって呼ばれてたけど。なんか似たような呼び方で紛らわしい。


「ひとっ風呂浴びてくるわ」


 おっちゃんがそう言って縁側から家の中に入る。隣のおじさんは一度家に帰ってから家族を連れて来ると言っていた。隣の家の人たちも宴会に参加するようだった。


「お隣も一緒なのか……うちのニワトリ見て驚かないかな」

「驚くでしょうね」

「驚かない方がびっくりですよ」


 相川さんと結城さんに言われ、どうしたものかなと頭を掻いた。ちなみに、すでに隣のおばさんとその娘さんは来ていて一緒に料理をしてくれているそうだ。どんな料理が出てくるのか楽しみではある。

 西の空が燃えてきた。ニワトリたちは庭と畑の境辺りで西の方角を見たり、草をつついたりしている。でかいニワトリが三羽そうしていると遠近感が狂いそうだった。

 そろそろ準備をしようと相川さんと結城さんに手伝ってもらってビニールシートを敷いた。そして簡単なテントみたいなものを作る。風除けにはならないかもしれないけどないよりはましだろう程度だ。ようは俺の気持ちの問題なのである。手を洗って縁側から居間に上がった。


「おー、佐野君来てたのか」


 陸奥さん、戸山さん、秋本さんが煎餅と漬物をお茶請けに茶を飲んでいた。珍しくお酒はまだ取ってきていないようだった。


「こんにちは、お酒取ってきますね」


 そう言ってから襖を開けて台所の方へ声をかけた。


「おばさーん、お酒取りますよー!」

「お願いねー!」


 おばさんたちはなかなかに忙しそうだった。縁側から家の外を周り、玄関脇の倉庫に酒を取りに行った。相川さん、結城さんも一緒である。面倒だから籠一個持って行こうかなどと言っている間にいろいろ準備ができたらしい。


「昇ちゃん、ニワトリたちのごはん準備したから持ってって」

「はい、ありがとうございます」


 内臓や肉類の入ったボウルはずっしりと重い。お隣の人たちの顔が見えたので頭を下げた。野菜のボウルは結城さんが持ってくれた。


「すごい量っすね」

「だよね」

「毎回これじゃ破産しませんか?」

「こういう時は食べ溜めに近いかな。普段はニワトリ用の餌に野菜とか肉を追加するぐらいだよ」

「そうなんですか」


 ビニールシートに広げるのは相川さんも手伝ってくれた。お酒は無事届けてくれたそうである。さりげなく女性を避けているのがさすがだなと思った。


「おーい、ポチ、タマ、ユマ、ごはんだぞ~」


 三羽の目はすでにこちらに向いてはいたし、じりじりと近づいてはきていたが一応ビニールシートに乗せ終えるまでは待っていてくれたようだった。当然ながら声をかけたらもう待ってはくれなかった。突撃してくるでっかいニワトリ、やっぱり怖いなーと思った。

 これはいったいなんのパニック映画なんだろう。

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